20 とかなくても良い誤解もある
サラは、魔族が暮らす大陸で何をしていたのでしょうか。
Za204、「剣舞」サラ。
エマまでの初期シリーズの1体で、つまりエマより後に調整されてロールアウトした人形だ。
サイモン氏の資料やエマの記憶では割と一般的な両刃の片手剣を扱う近接戦闘仕様の人形で、カーツくんやテイラー氏の話を聞いても、得物が変わった程度で大筋では変わっていない。
どこで片刃で反りの有る片手剣なんて手に入れたのだろう。
その上それの扱いを習熟するとは……いや、考えてみれば練習相手兼試し斬り素材には事欠かなかったのか。
「まあ、人殺しっちゃあ間違いないんだが。やってることが盗賊退治とか、悪党じみた奴らを殲滅してるっていう、まあ、うん、法には触れるし怖がってる連中も居るっちゃ居るんだが、有り難がってるのも居てなあ」
口調の割には楽しそうなカーツくんを横目に、テイラー氏は溜息と肩を落とす。
「官憲や衛兵、軍の人間には手傷は負わせるものの、殺しはせずに立ち去るのです。……数百人に囲まれて無傷で逃げ延びる時点で相当異常だと言えますが、それを置いても、善良な一般人には決して危害を加えないと言うのもあって、民衆には腰の重い公権力よりも人気な有り様でして。活躍の話どころか、ここ10年程度は姿も見せていないのに、物語として書物や劇になっていて人気は衰えません」
私はテイラー氏の溜息に同調する他無い。
海を渡ってやってきた殺戮人形が、今では物語の主人公と来たか。
なんの冗談なのだろうか。
善良とは言え一般人には手を出さないと言うのも信じ難いが、エマ……はともかく、メアリを思い出すと意外とそういう物かと思ってしまう。
だが、良く考えずともアレが特殊なのだ。
なにせ、サイモン氏ことザガンの人形と言えば……。
「……ザガン人形は、ほぼ共通して課せられた命令が有るのですが……それはご存知ですか?」
楽しそうなカーツくんとその仲間たち、それを見て頭が痛い様子のテイラー氏。
彼らに共通して見られる危機感の薄さに感じた危惧から、私の口から言葉が溢れる。
それに対する反応から、私は自分の感じた違和感に確信を持つのだった。
人間を殺しなさい、そして旅を楽しみなさい。
エマが出立間際に言われたという、サイモン氏からの最後の言葉。
その真意は、「人間」種……所謂ヒューマンを殺せと言う意味で、それはサイモン氏の過去に起因している。
有り体に言ってしまえば恨みという、ただそれだけのモノだ。
そう言う意味でなら、人間以外の大多数の人類種には害は無い。
……と、言い切るには無理が有るだろう。
積極的に仕掛ける事はしなくとも、目の前に立ち塞がるならば私であっても容赦はしない。
乱戦の只中にあっては、獲物を選ぶ暇もない。
余裕が有っても選り好みはしない。
どちらにせよ、人間にとっての劇物である事に変わりはないのだが、他種族にとって良薬になるような存在とは、とても言えない……筈なのだが。
ちなみに、サイモン氏が人間を憎む原因となった都市は、ロールアウト直後のエマが灰にしたらしい。
「だって特にやることも思いつかなかったしぃ。マスターが憎んだ街だったしぃ、残しておく理由も無かったしぃ?」
いつもよりバカっぽ……軽く聞こえるエマの台詞だが、造られた人形にとって、行動原理はその程度なのだろう。
エマはその後、適当に暴れて幾つかの街を瓦礫や灰に変えつつ、気ままに山を超えたのだという。
残った国内の街については遅れてロールアウトした、後の聖女こと「死覚」リズやら「血爪」ソフィアに件のサラ、「骸裂」キャロルなどが大暴れし、今ではとても人口の少ない国になってしまった。
だからといって周辺国も下手に国土を切り取ってザガン人形を呼び込むような真似をしたくないからと、絶賛放置されているのだとか。
仲良く大暴れしたような印象を受けるし、実際にあの大陸ではそのような話も広がっているが、実態はそれぞれがバラバラに暴れただけだ。
あまつさえ、ソフィアは後にエマに破壊されているらしい。
ともあれ、私の説明とエマの回顧でザガン人形の真実を知ってしまっては、さしものオーガ軍団もドン引きである。
「ええ……人間を殺す命令って……」
「なんで人形同士で殺りあってんだよ……」
「ってか、ええ? ザガンってそんなヤベえ奴だったのか?」
「サラって、そんな奴だったのか? 確かに敵には容赦しないって聞いたけどさ……」
「どんな恨みが有れば、そんな人形造れるんだよ……」
ただの力比べで死傷者が出るオーガに引かれるのは心外ではあるが、一方で気持ちが理解らなくは無い。
一部ザガン……サイモン氏に対する意見に対してはエマがムッとしていたが、暴れだすような真似はしなかった。
落ち着きが出てきたのか、それとも、いつぞやのメアリの言葉に、エマも思う所があったのか。
「そういう理由も有るので、サラを捜索するのは結構ですが、必要以上に接触しないほうが良いと思います。ザガン人形と言うのは、誰のお子様のプレゼントにも向かないモノですから」
自分で考え、自分を律するエマを横目に、私は適当に締めの言葉を口にする。
私たちに対する必要以上の接触もまた同様なのだと匂わせた心算だが、オーガ軍団はこの様子では気付いてはくれていないだろう。
テイラー氏は表情を特に変えないが、こちらには通じていると願うばかりだ。
「なるほど、同じザガン人形からの貴重な意見として、留意させて頂きます。それでは雑談を切り上げて、そろそろ仕事をしたいのですが。宜しいですか?」
どうやら通じてくれたらしい。
組んだ指を解き、背筋を伸ばしたテイラー氏は真っ直ぐに私を見ていた。
「はい。そちらも調書など雑事も御座いますでしょう。ご協力出来る事でしたら、私ごときの微々たる力も尽くさせて頂きます」
協力を請われて、大仰な台詞で返す場合と言うのは、大体において最低限の協力しかしないよ、と言う意思表示だ。
むろんそうで無く、純粋に言葉通りに誠実に行動する者も居る事は知っているが、こと業務と言う物が絡むと、ヒトと言うものは考えている事と言葉が一致するほうが少ない。
そして私は、ついつい忘れがちだが、元々ヒトだったのだ。
調書取り程度は協力出来るけど、船が沈んだ現場に居合わせただけの私は、なんであの客船がクラーケンに狙われたのかとか、そんな事はなにも知らないし想像もつかない。
そんな私が事故原因の究明とか、ましてや再発防止に何か役立てる事は無いよ、と、はっきり言ってしまうとちょっと情けない事を、少し格好をつけて言っただけである。
「事故としか言いようの無い出来事ですし、先程から他の乗客から聞いた話が一部上がってきていますが、貴女たちの話と特に矛盾は有りません。調書に起こす為に、失礼ですが同じ質問を繰り返させて頂くだけです。ですから、そんなに緊張して頂かなくとも結構ですよ?」
先程までは硬い表情だったテイラー氏が、その整った顔を和らげ、微笑んで見せる。
ははあ、これはきっと、街の娘たちは彼を放っては置くまい。
「畏まりました。お気遣い有難う御座います」
だが、そんな微笑みひとつで騙されてやる心算は毛頭無い。
私もまた涼やかに微笑みを返し、短く答える。
これから始まる調書作成の中で、私たちの目的を把握し、行動を監視する為に、出来る限り情報を引き出そうとするだろう事は想像に難くない。
腹に痛むものを抱えては居ないが、いちいち行動に監視が付くのも面倒なものだし、どうしてもアルバレインでの事を思い出して不快になる。
騙す様な真似をする気は無いが、余計な事を言って警戒心を刺激する事の無いように、せいぜい気を引き締めるとしよう。
「……似たような口調で話してるのに、誠実かどうかってのは、はっきりと出るモンなんだな……」
呟いたアリスを反射的に睨んでしまったのは、不用意な発言を戒める為でしか無い。
私が不誠実だと言いたいのか、とか、そんな言い掛かりを付ける目的では無いと言う事は、ここに明言しておく。
もう少し自分を客観視したほうが良いと思います。