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13 人間と人形の日常

愛されていて結構ですね、とは、今回ばかりは笑えません。

 この不思議な、というか無闇に広い魔法空間に閉じ込められて……いや、救助されている身なのだ、保護されてと言い直そう。

 とにかく此処に保護されて既に5日が過ぎた。


 客間として充てがわれた部屋には窓があり、これはどうやら各部屋そうらしいのだが、そこから何かが見えることはない。

 部屋同士で隣接している筈の部分に窓が有るのだから当然向こうの部屋が見えて然るべきなのだが、向こうの部屋どころか窓の向こうはぼうと光る空間がどこまでも広がっているのみで、空間として認識はできるのだがその広さも、高さも深さも計り知れない。


 窓を開けることが出来るかは試していないが、開けた所で得体の知れない空間に足を踏み出した挙げ句、死ぬまで落ち続けるだけ、等と言う目に遭いたくなど無い。

 秘密を探るには危険を冒さねばならないが、ただ危険なだけの罠に足を踏み入れるのは違う。


「はあ、どうやら言う事をちゃんと聞いていれば、本当に俺達は安全らしい。ヒマだっ()ったらこうしてトレーニングルームみたいなトコも貸してくれるし、なんなら結構愛想いいんだよな、アイツら」


 トレーニングルームで適当に汗を流しながら、隣室のグレッグナーがしみじみと言う。

 彼の言いたい事が判りすぎて、僕は溜息を苦労して飲み込む。


 まさかとは思うが、この男――。


「ザガン人形とは言っても、アレだぁな? 言うほど非道な連中でも無いのかもな?」


 僕が危惧した台詞を、グレッグナーはあっさりと口から放り出した。

「さて、どうでしょうね? 此処に我々を招き入れたのが特例、と言うような態度でしたからね。彼女達もまた、普段とは勝手が違うのかも知れませんよ? いずれにせよ、油断はしないほうが良いでしょうね」

 僕は両腕から肩に掛かる荷重を背筋で受け止めながら、グレッグナーに言葉を返す。

 少なくとも、文献にまで載る程の存在だ。

 多少の誇張は有るだろうが、その本質的な部分――人に仇成し殺害する人形である、という事に変わりは無いだろう。


 実際に、あのエマと名乗った人形は、ある程度の距離が有ったにも関わらず、僕の目でも追えない動きで2名を惨殺して見せた。


 とても油断出来る気がしない。

 グレッグナーもあの現場は見ていた筈だが、どうしてこうも呑気に構えていられるのか。

 ザガン人形でエマという名は確かに聞き覚えが有るし、他にもアリスという名の人形と、カーラと名乗った人形が居た。

 アリスの方は名前を聞いても制作者の名を聞いてもピンと来なかったが、カーラを作ったのはフリードマン師だと言う。

 本当で有れば、性格的な意味でザガン人形よりはマシなのだが……共に行動している時点でやはり油断など出来ない。


 マリアさんもまたザガン人形らしいのだが、彼女だけは別格だ。

 いや、彼女に関しては天使と称して良い。


 言い方にちょっとだけ棘が混ざったりするが、そんなものは人間でだって良く有る話だ。

 可憐で優しく、良い匂いがする。

 彼女が僕達の救助を提案し、この魔法空間に招いてくれたのだと、アリスが言っていた。


 なんという慈悲。

 天使と呼んで差し支え有るまい。

 良い匂いがするし。


 ともあれ、凶悪な人形に囲まれているという事実は変わらない。

 だから、油断だけはするべきではないのだ。

 マリアさん以外には。


 まだ目的地には遠そうだし、早めにこの空間内の秘密の部屋を見つけ出さなければならない。

 僕はグレッグナーとトレーニングで汗を流しながら、その思いを強くした。

 それは、国からの命令では無い。

 純然たる僕自身の意志、決断だ。


 僕は必ず見つけ出して見せる。

 この広い空間の何処かに必ず有る、洗濯部屋……マリアさんの下着を。




 不意に襲われた悪寒に身体(からだ)を震わせると、テーブルを挟んで向かいに座っているアリスが顔を上げた。

 彼女は港町ティアナで買ったらしいクロスワードパズルに興じていたらしいが、私はこの世界のクロスワードパズルに対応できる自信があまり無い。

「どした? 風邪……は無いか、色んな意味で。なんか悪いもんでも食ったか?」

 金色の髪を掻き上げて、蒼い目で真っ直ぐにこちらを見据え、口から溢れるのは失礼かつ無意味な雑言である。

「色々と失礼な言い草ですね。単に悪寒を感じただけです。見たくも有りませんが、ヒューゴが何か言い出したのかも知れません」

 アリスに答えながら、私は視線をカーラへと転じる。

 目が合ったカーラは、判り易く私の視線を避け、あらぬ方へと顔を向けている。


 馬鹿め、そっちは何も無い、ただの壁だ。


「……カーラ。ヒューゴのログの確認を」

「イヤだ!」

 私の台詞を最後まで言わせない、そんな覚悟でカーラは声を上げ、顔をこちらに向ける。

 その決意は声量に現れ、エマが驚いて思わずカーラへその顔を向ける程だ。

「大体、なんなのだ、あの男は! お前らに言われて各記録を確認してみれば、なんと悍ましい……! 初日も気持ち悪かったが、日に日にエスカレートするではないか! 好かれているのはマリアなのだから、マリアが確認すれば良かろう! なんで私が……!」

「私は気持ち悪いので御免です。他人事なら笑って済ませられるでしょう?」

 いっそ泣き出しそうなカーラの悲鳴を、今度は私が断ち切る。

 一度はそれで止まったカーラだったが、その固く引き結んだ口は、案外すぐに開かれた。

 思った以上に嫌悪感を持ってしまったらしい。


「あんな! マリアに対する好意と言うか情欲(まみ)れな台詞を延々聞かされた挙げ句! 具体的にどのようにするのか事細かに口にして、挙げ句あんな……! ああもう、映像ログなぞ見なければ良かった!」


 防衛班長などと(おだ)てられたカーラは、張り切って要注意事物の監視記録を確認した。

 してしまったのだ、包み隠さず全てを。

 そこに何が記録されていたのか、それは想像にお任せする。


 私からは一言、実際に私にあんな事を言ってきたならザガン人形の本分を全うする、とだけ。

 ――私は墓守人形だから、殺戮命令は受けていないが……まあ、墓所の掃除の範囲内であろう。


「ホントに、何があったのぉ?」


 この件に関しては蚊帳の外のエマが、不思議そうに私達を見回した。

 言えない。


 言ってしまいたいが、言えばエマは即行動を起こすだろう。

 エマは初めて愉悦でも怒りでもなく、気持ち悪さで人を殺すことになってしまう。

 そこに差はないのかも知れないが、なんだかそれをさせるのは忍びない。


 それに、他の人間にもひと目で理解(わか)る程度の落ち度が無くては、殺した後に問題が出てくる。

 腹芸どころか湧いた殺意を抑える事が出来るのか不安なエマに、余計な火種を渡したくはない。

「……後で、港について全員を解放した後にでも、お教えします。今は、私の心の整理が付きませんので」

 結局、適当にも程がある台詞で誤魔化し、やり過ごす他無い。

「……ふぅん? まあ、良いけどぉ?」

 当然エマは納得など出来た風ではないが、それ以上踏み込んでくる事も無かった。


「でも、困った事が有ったら言ってよねぇ? マリアちゃんが困ってるなら、私、全員殺してあげるからぁ」


 私とアリスは顔を見合わせ、小さく頷き合う。

 絶対に話してはいけない。


 エマの機嫌を取るために私とアリスは修練室へと誘い、嫌がるカーラにエマの相手かヒューゴの行動確認の2択を迫り、結果私はエマとアリスを引き連れて廊下を歩いた。

 途中でばったり出会ったヒューゴとその連れが見学と称して付いてくるのに辟易しつつ、修練室に到着した私達は2対1の変則的な模擬戦を開始する。


 観客2名が青ざめ表情が引き攣る程度の模擬戦は、やはりエマの圧勝で終わった。


 私達の格闘戦を見て、妙な下心が鎮火してくれないかと祈る私は、修練室の床に大の字に転がりながらも呑気だった。

……あまり危険人物の前で満身創痍になった姿を見せるのは感心しませんが……。

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