11 現実逃避で眠れない
マリアに大問題発生です。
時間的には早朝、食事が終わり入浴も済ませた被救助者たちは、皆よく眠っている。
睡眠は本来必要のない私たちだが、私とカーラはそれを趣味としている。
アリスは人間だったときの習慣から、定期的に休息を取っている。
エマは……みんなが寝ているので、ひとりで起きていてもつまらないから寝る、だそうだ。
むしろ1日のうち、18時間程度は寝ていて貰っても全く構わないのだが。
そんな訳で皆寝静まってしまった早朝の海中、私はカーラ試製の魔力炉のいくつかと共に、潜水艇を走らせている。
本来ならば私も惰眠を貪りたい所だが、とある事情からさっさと目的の港に到着してしまいたいのだ。
例のクロヌサント王国の工作兵、ヒューゴの本来の目的はともかく、私自身を狙っているという話を聞いた時は耳を疑った。
ちなみに、彼の本当の目的が何なのかは、流石にモニタ越しに判るものではない。
カーラにしては出来の良い冗談だと笑い飛ばそうと思ったのだが、カーラの周囲でエマとアリスがとても同情的な目を私に向けていると気付いて、笑って済む話ではなさそうだと思い直した。
「どうする? ……いっそ消すか? 対外的な理由はまあ、なんとでもなるだろうし」
比較的常識的というか、いつもは穏当な意見を主に主張する筈のカーラが極端な提案をしてきた。
しかし私は、即座の否定も出来ず考え込んでしまう。
別に悩む理由も無い、なんなら気に入らないから、そんな程度であっても、殺戮人形には充分な理由になる。
そう考えれば悪くもない、そんな風にも思うのだが、何かが引っ掛かる。
「いやいや待て待て、同情するし理解も出来るけど、そもそもの目的を忘れるなよ? なるべく平穏に大陸入りしたいんだろ? 気分で殺しました、なんて理由で殺してちゃ、それも無理になるぞ? 目撃者と言うか、証言者はわんさか居るんだから。それ全部殺したら、今度は私達乗っていた船が沈んだって話を信じて貰うのが難しくなる」
そんな私に、アリスが溜息混じりに言葉を寄越した。
「……既にエマが、その『気分』で2名ほど殺していますが……確かにその通りですね。まあ、その2名に関しては放っておけば救助した他の女性が危険に晒される可能性があった、とか言い訳しましょう。同じ言い訳で、ヒューゴも処理してしまえば……」
アリスの言う通りなのだが、エマの件は置いても、単純な生理的な嫌悪感から、私は極端な選択肢を選びたくて仕方がない。
この世界に来てから、男の好色な視線に晒されたことは幾度も有るが、秘めた好意――と言うか、下心に劣情を乗せた上機嫌な独り言――を音声にされたのは初めての経験だった。
まさか、あんなにもおぞましいものだとは。
この「霊廟」内ではプライバシーなど無いに等しいので、今後のお泊りを希望されている方には是非ご留意頂きたい。
「いや、エマちゃんが殺っちゃったのはまあ、判り易いレベルの馬鹿だったからまだそれで通じるだろうけどさ……。あの阿呆は、周囲ともぶつかってないし、むしろまあ、それなりに溶け込んでる。それに、ありゃあ……一応は純粋な好意だろう? 周囲の誰かに話したかも知れないし……そうなるとさ」
アリスの台詞が再び私の背筋を粟立たせ、うそ寒くなった私はほぼ無意識で両腕を掻き抱く。
「傍から見たら、好意を寄せたら殺された、と……見える訳で」
続く言葉に、私の顔色はきっと悪いのだろう。
エマの貴重な同情顔を見れたが、嬉しくもなんともない。
「エマちゃんの殺しより、よっぽど性質が悪いと受け取られかねないぞ? それに、その……」
「……まだ有るのですか?」
言い淀むアリスに嫌な予感を覚え、口を開いた私の声は上擦る。
「……人間ってのは、無責任なゴシップが大好物だろう?」
ぼかしてなんとか伝えようとするアリスの気遣いだろうが、私は生憎と、頭が上手く回る状態では無かった。
何を言いたいのかハッキリとさせたいが、しかし聞くのが恐ろしい。
そんな私の内心を知ってか知らずか、無言の私を眺めていたアリスは、ついにその悪すぎる予感を口に出した。
「……お前さんは、コトの最中にオトコを殺す趣味が有る、とか、そんな噂の的になるんじゃないかな……って」
私は卒倒しそうになった。
嫌そうに語るアリスだが、そんな話、私のほうがイヤだ。
殺すとかはどうでも良いのだが、そもそもの前提として、私がヒューゴとコトを致している場面を想像してしまい、気持ち悪くなってしまったのだ。
いや、気持ち悪いでは済まない。
こんなにも他者の想像が不快だった事は無いが、アリスの予感が的外れとも言い難い。
盗ちょ……監視システムを起動して本格運用したのは食事の前後くらいだったか、それから使い方をカーラが模索している中で対象が発する音声を拾えることを発見したのはもっと後。
ちょうど、私が客人たちを各部屋に案内し終え、最後の客――ヒューゴの部屋に到着した頃だった。
それまでに奴が誰とどんな会話を重ねたかは不明だが、少なくとも監視中、彼は他の人間と幾度か接触していた。
会話が無かった筈は無いし、その段階で私に対して少しでも好意があったなら……話題に出ていてもおかしくはない。
そんな状況でヒューゴが死んだら……ヒューゴと接触した人間の中に、アリスと同じ発想をする者が居ないとは言い切れないのだ。
「……なんとか事故に見せ掛ければ或いは……」
「『霊廟』でなんの事故が起こるんだよ。死因が何であれ、『霊廟』で死んだ時点で、知ってるヤツは邪推するし、その死因だって素直に信じちゃくれないさ」
なんとか崖っぷちにしがみついて藻掻く私の思考の指先を、アリスが踏み事ってどん底に叩き落す。
「仮にヒューゴとやらがマリアに好意を抱いていると誰も知らなくとも、死んだ時点で、なあ。港で誰かが衛兵に漏らせば、私達は晴れて、新大陸でも悪逆非道な殺戮人形として認知される訳だ。……エマが既に殺している訳だし、どうあっても事故という言い訳は通らんと思うぞ」
どん底で這いつくばる私に、カーラが更に言葉の棘玉を投げてきた。
「まあ、人形とは言え女なのだし、あれほど熱烈に想われて悪い気もしないのではないのか? ……羨ましいとは決して言わんが」
幽鬼のような顔色の私が視線を上げれば、楽しくもなさそうなカーラが心底嫌そうに、への字に口を結んでいる。
「それにしても、相手は選びます。よりにもよって、あんな……」
漏れ出しそうになった言葉を飲み込んで、私の目付きはきっと恨みがましかっただろう。
まず、私は見た目というか、この身体が女性を正確に模した人形というだけであって、中身は異なる。
たしか、異なった筈だ。
そして、プライベート(に見える)空間だからと言って、好意を寄せている対象とどういう行為を行うのか、具体的に声に出して勝手に悶絶するようなモノなど相手に、控えめに言って気持ち悪いとしか感想の言いようもない。
また性質の悪い事に、それを知ったのが盗ちょ……モニタリングによるものだから、嫌悪感をハッキリと態度に出してしまう訳にも行かない。
痴漢行為でもされたのならばまだ周囲の同情も惹けようが、かの男はご丁寧にもコトを為すまではキチンと段階を踏む心積もりであるようだ。
そうであるなら性急な真似は控えるだろうし、そんな行為を引き出すために私から接近するような気色の悪いマネは、死んでも御免だ。
結局は、あの阿呆が私たちの気分を害した、周囲にそう思われる程露骨に「霊廟」を嗅ぎ回るか、私に具体的なアプローチを掛けてくるまでは、こちらから下手な手出しは出来ない。
当面の方針としてそう結論付ける他無く、私の溜息は絶望の色に染まったのだ。
半透明の障壁越しに見上げる海面は登りゆく太陽の光に照らされ、一時、私の心を癒やした。
「ヘンなの。気に要らないなら、殺しちゃえば良いのにぃ」
私達の会話を聞いて尚、平然と言い切ったエマの精神性を、私は初めて羨ましいと思った。
周囲の状況を探知で探りながら急ぎ北上を続ける私は、もう何度目か、それはそれは重い溜息を漏らすのだった。
マリアの名誉と私の精神の安寧の為に、当該事項の詳細な描写は避けます。