10 だましあいチークダンス
プロの料理人が「霊廟」の厨房を使う日が来るとは、思っていませんでした。
料理のプロが手掛ければ、サラダですら味というか深みというか、正直、食を通して見える色彩が変わるということを初めて体感させられた気がする。
ここまでの旅路でそれなりに旨い料理は口にしてきたと思っていたし、これまでで出会った最も腕の良い料理人は、今となっては懐かしい、あの双子のお抱え料理人だった。
その記憶が塗り替えられたのは素直に驚きである。
何気なく口にしたサラダでこの感動なら、並んだ皿に手を伸ばすのが逆に怖くもなる。
いつも騒がしい私の仲間たちも、今回ばかりは会話よりも食事に集中している様でなによりである。
その余波で私も静かに食事に集中出来るというのは素晴らしく、また、幸せな事だ。
「マリアちゃん、お肉食べないのぉ?」
幸せに浸る私の耳に、不穏な声が侵入してくる。
さり気なく自分の目の前の皿の安全を確認し、更に監視を強めてから、私は声の方へと顔を向けた。
「これからゆっくりと頂くのです。エマは……」
頂いたのですか、そう口にし掛けて、彼女の前に並ぶ空の皿々に視線が止まる。
この小娘、もう食べ尽くしているとか。
目で楽しむとか、味に感動するとか、そういった情動はどうした。
エマ越しには、私と同じくサラダで感動しているカーラと、見たこともないほど嬉しそうに肉を頬張るアリスが見える。
「……私の分も、カーラの分も取っては駄目ですよ? おかわりでしたら、エリスかニナに聞いてみて下さい」
一瞬だけ浮かんだ不満げな色を見なかったフリで流し、きちんと私の提案を聞き届けたエマは元気に席を立ち、エリスの方へと走っていく。
うん、とっても行儀が宜しく無い。
そんな背中を目で追う私の視線が、幸せそうに野菜を食すカーラのそれと交差する。
お互いに間抜けに緩んでいた視線がすうと引き締まり、一瞬、ほんの一瞬の交差を産んだ。
私もカーラも目を向けることはしないが、件の男の行動には目を光らせている。
光らせているのだが、当の監視対象はそのいささか人相の悪い……鋭い目付きのままで食事を楽しんでいる。
料理人ちゃんことエリスの提案と、私自身が面倒なので今回の食事はコース式ではなく、わかり易く言うなら定食スタイルなのだが、特に気にした様子も無い。
むしろ、周囲との会話をややおざなりにしつつ食事に集中している様子だ。
……コイツ、もしかして凄腕のエージェント風なのは見た目だけで、中身はポンコツなのではなかろうか。
エリスから肉増量で渡された皿を嬉しそうに持ってきたエマを挟んで、私とカーラの間に微妙な空気が漂う。
「私もおかわり貰おうかな。……何が違えばこんなに旨いモンが出来るんだろうな……」
カーラの隣のアリスが空いた皿を持って立ち上がる。
恐らく彼女も警戒しては居たのだろうが、やはりバカバカしくなってきたのだろう。
まあ、気持ちは理解出来るが、これほど人目が有っては堂々と行動も出来ないのかも知れない。
そんな事を思いアリスの姿を追う視線の端で、監視対象が動いた。
空いた皿を片手に。
……料理がお気に召した様で、結構な事である。
大変美味しかったのだが、とある事情で食事に集中しきれなかった。
それでも時間というものは経過する。
食事の時間は終わり、希望者には風呂場の使い方を教えると言えば、見事に全員が希望してきた。
……まあ、当然といえば当然なのだろうが。
流石に人数が多いので説明役もこちらは私とアリス、カーラの3体で手分けして行い、件の監視対象者には私が応対した。
「素晴らしい。しかし、水源が気になりますね。何処から引いているのですか?」
不穏な雰囲気は見事に押し隠し、しかし相変わらず鋭い眼差しで、男は私の説明に疑問の声を向けて来た。
「水生成の魔石を使用し、各部屋に供給しています。温度調節は各部屋で行っておりますが、水源はこのフロアの一角に御座います。飲んでも問題は御座いませんが、自然の水に比べて味は劣りますので、その点はご承知おき下さい」
様子を見る限りは敵意が無い様子で、純粋な好奇心からの質問が口を突いて出たらしい。
適当に答えながら観察するが、玄関ホールで見掛けた様子とは違い、何処かリラックスした様にも見える。
……のだが、敵意はともかく、何かを企んでいる様子が、「霊廟」の監視モニタなど見ずとも伝わってくる。
身内に今まで使おうと思わなかったし、そもそもきちんと起動したのが初なので私も驚いたのだが、この監視システムは人の「害意」やそれに類したものに反応し、その対象をマークする。
実はこの男以外にも数名、しかも男限定で不穏な気配を抱えるものが居るのだが、そちらはある意味で判り易い。
私に向けているのか、それとも他の誰かに向けたものかまでは不明だが……まあ、要するに劣情を抱えているらしい。
素直に気持ち悪いが、そちらはまあ、一般的なオトコであれば有るだろうな、という感想である。
手荒な手段に訴えてくるならば相応の手段で迎えるだけだが、真っ当に口説いてくるようなら……私なら断るが、他の誰かに対してのモノなら、頑張れと言うしか無い。
まかり間違ってエマにその劣情をぶつけるような猛者が居た場合……私は後片付けの心配だけをすれば良いのだろうか。
お掃除魔法が有るとは言え、あまり「霊廟」内で血肉を撒き散らして欲しくないのが本音だ。
「ふむ。食事の時には、特に気にならなかったな……素晴らしい魔法技術です」
私のどうでも良い考えなど気付く筈もない男は、顎に手を添えて感嘆している。
もうこうなると、この男が何を企んでいるのか見届けたい気持ちにもなってくる。
「恐縮で御座います。他にご不便が有れば、その都度お声掛け頂ければ対応致します。それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
私なりでは有るが、見た目だけ最上位の礼を尽くして見せれば、男は満足気に頷いた。
「いや、一度は死を覚悟したのです、これほどの扱いを受けて文句を言っては私の度量が疑われてしまいます。感謝いたします、ええと、マリアさんとお呼びしても?」
笑顔を貼り付けているが、その目は笑っていない。
隠しているのか、誤魔化しているのか、取り繕っているのか。
どれであっても胡散臭いが、私自身が悪名高い人形師の作品だと考えれば、多少はその警戒感も納得出来る。
「私はヒューゴ。市井の出で家名など無い、ただの観光気分の新聞記者です。この命を救われた恩には必ず報いようと思っています。それとはまた別に、マリアさんとは是非、個人的に特別な関係になりたいとも願っていますよ」
流れるように軽口を叩き、その目付きには不釣り合いな不器用なウインクまで寄越して来た。
それで自然な挨拶の心算なら、色々と間違っている。
態度も不審なら発言も気持ち悪い。
そもそも、名前は既に知っている……とは、言えないのだが。
「有難う御座います、お上手ですね、ヒューゴ様。それでは、この『館』の管理も御座いますので、失礼させて頂きます」
適当な文言は、適当な言い訳で流すに限る。
笑顔が苦手なのは私も同じなので、向こうにも不信感というか、むしろ失礼に思われているかも知れない。
だがそんな事は一切気にせずもう一度頭を下げ、私は不審者ことヒューゴの部屋を辞した。
直接対面しているのだからとモニタの監視も怠り、特に探査や調査等の魔法も使っていなかった私は知らなかった。
まさか、ヒューゴが割りと本気で私を口説こうとしていたのだとか、私の返答や笑顔に勝手に妙な脈を感じ取って舞い上がっている等とは。
そんな想いを、私が立ち去った室内でくるくると下手なダンスをひとり踊りながら、楽しげに口にしていたなんて事も。
談話室に戻った私を出迎えたカーラのバカバカしげな視線に不審を感じた私が、彼女から説明を受けて背筋を粟立たせるのは、この後すぐのことだった。
見た目だけは麗しいですから、仕方が有りませんね。




