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好き避けして、幸せになれると思ってるんですか?

作者: megane-san

 世の中には「好き避け」という厄介な癖があります。


好きな相手に素直に好意を伝えられず、無意識に避けたり冷たく接してしまう。幼い頃なら、好きな子にいたずらしてしまうような微笑ましさもありますが(まあ、すぐに嫌われてしまいますが)、大人になってからもこの癖を引きずる人は少なくありません。


素直になれず好意を伝えられないまま、すれ違い、縁が離れてしまう人達。好き避けの結末は、果たしてハッピーエンドになるれるのか?


そんな好き避けする男性とすれ違いの末に何度も生まれ変わることになった、とある女性のお話をしましょう。



【転生0回目】


私は25歳、ゲームアプリ制作会社に勤めるごく普通のOL。とは言っても、勤務先はかなりのブラック企業。終電帰りは当たり前。それでも頑張れているのは――職場に“推し”がいるから。


「史乃、週末なのに今日も残業?」


職場の同期の友人が、これから飲み会に行くのだろうと思われるちょっとお洒落な装いで声をかけてきた。


「定時で帰れたのは入社して最初の1か月だけよ。でも大丈夫、今日は早めに終わらせるつもりだから」


「無理しないようにね。じゃあ、お先に~」


「お疲れ様~」


同僚を見送った後、私はふと奥の席に視線をやると、そこには真剣な顔でキーボードを叩く柊さんの姿があった。


(柊さん……今日も残業。あなたがいるから、私も頑張れるのよ。……よし、コーヒーでも差し入れしよう!)


彼の好みのブラックコーヒーと、自分用のカフェオレを自販機で買って、そっと彼の机のそばへ。


「柊さん、お疲れ様です。コーヒーどうぞ」


彼は画面から目を離すことなく、「ありがとうございます」と一言。それっきりで、後はキーボードの音だけが響くだけだった。


仕事の邪魔にならないよう、私は彼の横顔を名残惜しそうに眺めてから自分の席へ戻った。


柊さんは社内で誰に対しても優しく丁寧に接しているけど、なぜか私には冷たい。目も合わせてくれない。――そんな彼が、女子社員と楽しそうに笑っているのを見ると、胸の奥にチクリとした痛みが走る。


(それでも……。こうして遠くから見ていられるだけで、私は満足……なんて、思い込もうとしてるだけかも)


時計を見ると、すでに22時を過ぎていた。


「……今日はもう帰ろう」


バッグを手に立ち上がると、なんと、柊さんと目が合った。


(えっ!? 目が合った!?)


「柊さん、お先に失礼します」


「あ……お疲れ様でした」


彼はすぐに視線を外し、再びキーボードを叩き始めた。


(目が合っただけで嬉しいなんて……でも、やっぱりちょっと悲しい)


ぼんやりと彼のことを考えながら信号待ちをしていた、そのとき――


猛スピードで蛇行する車が、私の方へと突っ込んできた。


「えっ……」


そして、私の人生はあっけなく幕を閉じた。




【転生1回目】


伯爵令嬢として生まれ変わった私は、王立学院を優秀な成績で卒業すると文官として王宮の財務省に勤務することになった。


「財務省税務課に配属になったシイナ・シルバーズです」


税務課に配属になった私は、緊張しながら皆の前で挨拶をして顔を上げると、後ろの方に立っていた男性と目が合った。その男性は大きく目を見開き、私をじっと見つめていた。


その瞬間、私は前世の記憶を思い出した。柊さんに片思いをしたまま告白も出来ずに終わってしまった前世の記憶。


「どうしたんだロバート。まさかシルバーズ君に一目ぼれか?」


上司が揶揄うように言うと「すみません。知人に似ていたので……。失礼しました」とすぐに目を逸らし俯いてしまった。


「シルバーズ君、彼は君の2年先輩なんだ。仕事もきっちりしているし他の課からもスカウトがかかるぐらい優秀でな。そうだ!ロバート、君がシルバーズ君の教育係をしてくれ」


「えっ!……わかりました」


新人の挨拶も終わり、ロバートに案内され新人用に準備された机に座ると、もう一人一緒に配属になった男性と一緒に財務省と税務課の仕事について説明を受けることになった。


税務課は非常に忙しく、与えられた仕事をこなしていくだけで毎日が瞬く間に過ぎて行った。


税務課に配属になって半年ほど過ぎると、課内の様子を眺めるぐらいの余裕が出てきた。チラッとロバートの方を見ると黙々と魔道具の計算機を打っていた。


(前世も今世も、ブラックな職場で出会うのね。ちょっと可笑しくなっちゃうわね)


フフフっと、1人で笑っていると隣の机にいた同期のジョンが「なに笑ってんだ?なんか良いことでもあったのか?」と話しかけてきた。


「なんでもないわ。ただの思い出し笑いよ」と2人で小声で話していると視線を感じて視線の方向に顔を向けた。するとロバートが睨んでいるような顔でこちらを見ていた。


(えっ!睨んでる?私うるさかったかしら?)


私は、パッと俯くと目の前の書類の計算のために計算機を打ち始めた。



仕事が終わり文官用の女性用宿舎に向かって歩いていると、後ろから誰かが走ってきた。振り返るとロバート先輩が息を切らしながら私に声をかけてきた。


「ロバート先輩?」


「シルバーズ君、お疲れ様。仕事には慣れました?」


「あっ、はい。だいぶ慣れてきました。ロバート先輩、どうされたんですか?今日は残業は無いんですか?」


「あっ、あぁ。今は休憩中なんだ。あっ、聞きたいことがあって……。君とジョン君はお付き合いしているのか?仲が良さそうだが……」


「えっ?いえ、全くそんなことはありませんが」


「……そうか、それならいいんだ。同じ課内でそういったことがあると面倒なことになるからね。一応の確認だ。それじゃ、気を付けて帰りなさい」


「……はい、お先に失礼します」


(はぁ~。推しの彼に誤解されてしまうところだったわ。前世では遠くから見てるだけで終わってしまったけど、今世では告白してみようかな……)



「おはようございます」


いつものように早めに職場に到着し、朝一番に出勤しているロバートに挨拶するのを日課としていたシイナだったが、今日はロバートは休みを取っているらしく、部屋には誰もいなかった。少しガッカリした私は、誰もいない部屋で大きくため息をついた。


上司が出勤してくると、「今日はロバートは休みか!あっ、そういえばお見合いするっていってたな」とワッハッハと笑いながら机に座り目の前の書類の仕分けを始めた。


(えっ~!ロバート先輩、お見合いなの!私、何もしないまま今世でも失恋ですか……)



翌日、「おはようございます」と職場に入ると、ロバートが机に座りすでに仕事を始めていた。


「おはようございます」ロバートは顔も上げずに挨拶を返した。


(はぁ~。今日も顔も上げずに挨拶だけか。新人教育が終わってから、ほとんど会話することもないし、朝の挨拶だけが唯一のコミュニケーションなんだけどな……)


少し寂しい気持ちになりながら、自分の机に座ると税務課のドアをノックする音が聞こえた。すぐにドアを開けると、「こちらにロバート様はいらっしゃいますでしょうか」と可憐な女性がドアの前に立っていた。


「ロバート先輩、お客様です」


「えっ?シェリル様。どうしてこんなところへ?」


「お仕事が始まる前に差し入れをお渡ししたくて」


「わざわざありがとうございます。まだ始業まで時間がありますから、中庭に行きましょう」


女性は少し顔を赤らめると、小さくうなずいてロバート先輩のエスコートで中庭に向かって行った。


(彼女がお見合い相手のシェリル様なのね……。私以外の女性には本当に対応が優しいわね……)


ロバートはその後すぐに職場に戻ってきたが、その日のシイナはずっとブルーな気持ちだった。


宿舎に帰ると管理人がシイナ宛の手紙を渡してくれた。


(あら?お母様からだわ。いつもはお父様からなのにどうしたのかしら?)


シイナは部屋に入ると急いで封筒を開けた。手紙の内容は父が野盗に襲われ怪我をしたと書かれており、父に顔を見せに来てほしいという内容だった。


「お父様が怪我!」


おっとりしている穏やかな父だが、私が文官になりたいといった時は母や兄弟の反対を押さえて、私を笑顔で送り出してくれた。そんな父が怪我をしたと聞いたら、帰らないわけにはいかない。上司にすぐに伝書を送り、明日の朝に出発しようと決めたシイナはすぐに荷造りを始めた。


シイナは朝早くに職場に入り、前日に残っていた仕事を出発前に終わらせようと黙々と仕事を捌いていた。


ガラガラっとドアが開く音が聞こえてシイナが顔を上げるとロバートがドアを開けて入ってきた。


「あっ、おはようございます」


「えっ、おはようございます……」


シイナが挨拶すると、ロバートはびっくりしたように顔を上げてシイナを見た。


「今日は早いですね……」


「あっ、急遽、領地に戻らなくてはならなくなったので……、1週間ほどお休みさせていただくことになりました」


「そうですか。気を付けて」


そういうとロバートは机に座り書類の仕分けを始めたが、シイナは無言の間が耐えられず、ロバートに声をかけた。


「そういえば、ロバート先輩、ご婚約おめでとうございます」


「俺、婚約してないから」ロバートは被せるように即答した。


「あっ、そうですか……。失礼しました」


(うわぁ、私、余計なこと言っちゃったわ)


「シルバーズ君は、なんで急に領地に……」


ロバートがシイナに話しかけようとした時、ジョンが勢いよくドアを開けて職場に入ってきた。


「おはようございます!えっ、なんでシイナ嬢が職場来てんの?早く出発しないと、今日中に領地に着かないだろ。残ってる仕事は俺がやっとくから、早く行きなよ」


「えっ、何で私が領地に帰るって知ってるの」


「さっき課長に会った時に言ってたよ。ほら、急いで!」


「わかったわ、ありがとう。ロバート先輩すみません、失礼します」


そしてそれが彼との最後の会話になった。シイナは領地に帰る山道で落石事故に遭い、馬車が崖から落ちてそのまま今世を終えた。



【転生2回目】


「シエラ、スフィア侯爵家から婚約の打診がきているぞ」


「えっ、スフィア侯爵家……?ダニエル様から!」


今世では、私はエトニア侯爵家の長女として転生していた。転生したと分かったのは王立学院の図書館でダニエルに出会った時だった。



「シエラ、今日は授業が終わったら新しくできたカフェに行かない?フルーツタルトが凄く美味しいって評判なのよ!」


親友のマリエラが教室に入ってきてシエラを見つけると、駆け寄ってシエラに話しかけた。


「ごめんなさい。今日はどうしても図書館で調べたいものがあるの。期末試験前だしね」


「そうだったわ!期末試験があるのよね。すっかり忘れてたわ~。入学して初めての試験だものね。よし、試験が終わったら一緒にいきましょ」


「そうね!楽しみにしてるわ」


シエラは授業が終わるとすぐに図書館に向かった。試験前ということで図書館は混雑していたが、シエラがいつも座っている席は空いていたので、ホッとして席に座ると視線を感じて顔を上げた。


「えっ……」


斜め前に座っていた黒髪の男子生徒と目が合った瞬間、シエラは前世の記憶を思い出した。


(柊さんで、ロバート先輩?)


男子生徒の容姿は前世の柊ともロバートとも違っていたが、何故だか彼が前世で出会った自分の推しだとわかる。


シエラはすぐに目を逸らして本を開いたが、ドキドキして集中出来ないため、本を探しに行くフリをして席を立った。


(どういうことなの!?私の前世の記憶って……。あまり詳しくは思い出せないけど、柊さんとロバート先輩のことは、はっきり思い出した……。なんなの?これって運命ってこと?そういうことだったら、ちょっと嬉しいけど……)


それからシエラは、たびたび図書館で黒髪の男子生徒を見かけるようになった。


「ねぇ、シエラ。あの黒髪の男子生徒がシエラをチラチラ見てるけど知り合い?」


「いいえ、知らない人よ。よく図書館で会うけど」


「そうなの?シエラ、もしかしたら彼に好意を持たれてるんじゃない?彼、赤い校章をつけてるから2年生ね。お兄様にちょっと聞いてみるわね。シエラはまだ婚約者もいないし、応援するわよ!」


「マリエラ、恥ずかしいからやめてよ~」


「だって、シエラはこんなにいい子なのに、まだ婚約者がいないなんて。私は家の事情で政略的に婚約者が決まっちゃったけど、今はラブラブでお付き合い出来て楽しいのよ。恋愛って、意外に日常を楽しくしてくれる要素よ。シエラにも恋愛して楽しんでほしいわ~」



翌日、シエラが教室に入るとすぐにマリエラが側に来て、シエラの耳元で小さな声で囁いた。


「お兄様から情報を得たわ!お昼休みに中庭でランチしながら話すわね!」


マリエラがウィンクしながら席に戻るとすぐに担任が教室に入ってきた。



昼休みにマリエラから聞いた話によると、彼はスフィア侯爵家の長男で、父親はこの国の宰相。そして侯爵夫人がアクセサリーデザイナーとして領地の鉱山から採れる宝石を加工販売しており領地経営も潤っているらしい。


(スフィア侯爵家の領地って、うちの領地の隣だったわね……)



「シエラ様、旦那様がおよびでございます」


侍女がシエラ呼びに来て父の執務室に入ると、父は笑顔でシエラを迎え入れた。


「シエラ、スフィア侯爵家から婚約の打診がきているぞ」


「えっ、スフィア侯爵家……?ダニエル様から!」


「先日、スフィア侯爵家と共同で事業を始める契約をしたんだが、スフィア侯爵家にシエラと同じ年頃の息子がいるから婚約させたいと侯爵から打診があったんだ。無理に受けなくてもいい話なんだが、シエラの意見を聞いてから返答しようと思ってな」


「ダニエル様ですか……。時々、図書館でお見かけすることはありますが、学院内でお話したことはありませんね。我が家のためになる縁談であれば断る理由はありませんが、お話を受ける前に一度ダニエル様とお会いする機会をいただけますでしょうか?」


「もちろんだ。よし、早速スフィア侯爵家に伝書を送ろう」


(ダニエル様と婚約できるなんて……!ようやく今世で好きですって告白できるのね!)


それからシエラとダニエルの婚約はとんとん拍子に進み、シエラが学院を卒業したらすぐに婚姻することになった。


婚約後すぐにダニエルは飛び級して学院を卒業し、宰相補佐官として王宮で勤務し始めた。しかし、激務といわれる宰相室の仕事は休みなど取れることもなく、婚約後シエラはほとんどダニエルと会うこともなく婚姻式を迎えた。


「シエラ綺麗よ。ダニエル君も喜ぶと思うわ」


シエラの両親は、婚約期間中にダニエルとシエラが、ほとんど交流が取れていないことを心配していたが、シエラは両親を安心させるために笑顔でうなづいた。


父とバージンロードを歩き、ダニエル様の手を取ろうとして顔を上げるとダニエルは目を瞠ってシエラを見ていたが、フッと目を逸らし神官に向き直ってそこから目が合うことはなかった。


「誓いのキスを」


神官がダニエルにベールを上げるように促すと、ダニエルは目も合わせないまま頬に軽くキスをした。


(えっ?)


そして披露宴パーティが終わり、初夜の準備をして夫婦の寝室でシエラはドキドキしながらダニエルを待っていたが、ダニエルは緊急の仕事で王宮に行ってしまったと執事が青い顔で謝りにきた。


(はぁ?)


それから1か月、ダニエルは侯爵邸に帰宅することは無かった。


執事がダニエルの着替えを持って王宮に行くというので、差し入れを持って一緒に行くことになった。


王宮へ到着し、門の近くにある待合室でダニエルを待っていると目の下に隈を作ったダニエルが入ってきた。


「なぜ君が……?」


「お着替えをお持ちしました。それと職場の皆様に差し入れを……」


「執事に持たせればいい。君がここに来る必要はない」ダニエルはシエラをちらっと見て紅い顔をしていたが、目も合わせずに、すぐに部屋を出て行った。


(はぁ?この結婚は形だけで、私はお飾りの妻ってこと?今後のために話し合いをしたいけどお時間は取れなさそうね……。でもダニエル様のお顔、紅くなってなかった?)



ダニエルは、待合室のドアを閉めると紅くなった顔を冷ますために近くの中庭のベンチに座った。


(俺は何をしてるんだ!婚約時代から素っ気なくして、初夜もせず、家にも帰らず、せっかく王宮まで来てくれたシエラに冷たい言葉しかかけれなかった。前世で出来なかった告白を今世では絶対にすると決心したのに……)


実はダニエルもシエラに図書館で会った時に、前世の記憶を思い出していたのであった。



シエラは、ダニエルのことを親友のマリエラに相談してみようと思い立ち、すぐにお茶会の招待状を送った。


「シエラ、どうしたの!新婚さんがしている顔じゃないわよ」


「実はね……」シエラは今までのダニエルとのことを洗いざらいマリエラに話した。


「はぁ~!?私の親友のシエラに何てことしてくれてんの!学生の頃の彼は、どう見てもシエラに気があるようだったのに……」


マリエラは、顎に手を当てながら考えていたが、何か答えを見つけたように顔をあげた。


「もしかしたら『好き避け』ってやつじゃない。好き避けされてる方は、好きな相手から冷たくされて拷問されてるような気持ちになるのよ。恥ずかしいからって、そういう態度をするのは子供のすることよ。相手を思いやる気持ちがあったら、そんなことできないもの」


(そうよね~。仮にも結婚している相手に対して、あの態度は無いわね。思いやりの無い人なのかしら……。でも私以外の人には丁寧に接していたわね。前世と同じね……)


「シエラ、1年間白い結婚だったら、すぐに離縁できるはずよ。1年間このままだったら、離縁を考えてもいいと思うわ。シエラ、貴方が幸せになる道を選択してね」


シエラはこれからどうしようかと日々思案していたが、ダニエルと話し合うこともなく、結婚して半年後に風邪をこじらして肺炎になり、またもや短い人生を終えてしまった。


【転生3回目】


シルビアはブラウン辺境伯夫妻の長女として転生した。そして今回は生まれた時から前世の記憶を持っていた。


「お父様、お母様、おはようございます」


「シルビア、今日も騎士団の訓練に参加するのか?少しは淑女教育でも受けた方が良いんじゃないのか?そろそろ婚約者もだな……」


「お父様、私は結婚するつもりはありません。一生この辺境伯騎士団でお兄様の補佐をしていくつもりです」


「しかし、シルビアもいい年頃だしなぁ」


「あなた、いいじゃありませんか。ご縁があったら結婚するかもしれませんし、こういうことは本人にまかせましょ」


辺境伯の両親は、若い頃2人とも冒険者として活躍していたらしく、恋愛結婚が一番だといって、政略を目的にした釣書はすべて先方に送り返していた。


辺境伯夫人は、あっ!と思い出したようにシルビアを見ると、眉を上げてニッコリと微笑んだ。


「そういえば、今回の隣国の辺境伯領との合同魔獣討伐は、長男のガルフ君が来るらしいわよ。コーナー辺境伯がぎっくり腰で来れないから代理らしいわ」


「ガルフが来るんですか!久しぶりだわ、何年ぶりだろ!」


「ガルフ君はシルビアの2歳年上だったから、19歳だったかしら?」


「えっ、ガルフが来るの!」シルビアの兄のダンが朝の鍛錬を終えて食堂に入ってきた。


「あっ、お兄様おはようございます」


ダンはシルビアの頭をポンポンと撫でると、席に付いて侍女の淹れたコーヒーを一口啜った。


「小さい頃は、俺の後ろをシルビアとガルフで追いかけて来てよく遊んだよな。シルビアとはよくケンカしてたしな」


ブレンデリ王国のブラウン辺境伯領と接するハンベルグ王国のコーナー辺境伯領は、昔からの同盟で諍いもなく年に数回合同で魔獣討伐をするぐらい穏やかな関係を築いていた。


2週間後、ブラウン辺境伯騎士団とコーナー辺境伯騎士団は、今回の魔獣討伐となるヒラデル山の麓にテントを張り討伐に出る準備をしていた。


「よぉ、シルビア久しぶりだな!」


昼食の準備をしていたシルビアは後ろに立っている大柄な男性を見上げた。


「えっ、ガルフ?」


「何年振りだろうな?シルビア綺麗になったな!」


「うわぁ!ガルフ大きくなったね!2人でケンカしてた頃はまだ同じぐらいの身長だったのに」


「シルビアのお転婆ぶりは、こっちの領まで噂が流れて来てるぞ。この前ビッグバローを1人で殺ったって聞いたが?」


「あはは……、恥ずかしい」


「今回の討伐にはシルビアも参加するのか?」


「そうなの。でも後方で皆の支援部隊として参加する予定よ。光魔法も結構上達したから、後方から皆に回復魔法をかけまくるつもり」


「そうか無理するなよ。何かあったら俺に言えよ」


ガルフはそう言うと、シルビアの頭をポンポンと撫でて、呼びに来た部下と一緒に向こう側のテントに歩いて行った。


(ガルフ、大きくなって男らしくなったわね。何だかちょっとドキッとしちゃったわ)



次の日、両騎士団はヒラデル山の山中へ入り魔獣討伐を順調に進めていた。


「ふう~。もうそろそろ今日のノルマは終了して下山かしらね」


シルビアが、ふと山の麓を眺めていると前方から「バッファロウバウの群れだぁ!」と叫び声が上がり、シルビアが振り返ると一頭のバッファロウバウが怒り狂ったようにシルビアに突進してきていた。


(うわっ、間に合わない!)


剣を抜くのが遅れたシルビアは、避けることも出来ずに思わず目を瞑った。


「えっ?」


何の衝撃も来ないことに、えっ?と顔を上げると、ガルフがシルビアの前に立ち一太刀でバッファロウバウを倒していた。


「シルビア大丈夫か?」


「ガルフ、ありがとう。私は大丈夫よ。討伐中なのに、気を抜いてしまっていたわ。迷惑をかけてごめんなさい」


「迷惑なんかじゃねぇぞ。一日中、皆に回復魔法と防御魔法掛けてたから集中力が切れたんだろ。ありがとうな」


そういうと騎士達に下山の指示を出し、全員が怪我もなく笑顔で麓まで戻って行った。


5日間に及ぶ魔獣討伐も終わり両辺境伯騎士団は各領地へ戻って行ったが、ガルフはブラウン辺境伯に話があるということで、シルビア達と一緒にブラウン辺境伯城へ向かった。


ガルフはブラウン辺境伯と執務室で話し合いをした後、シルビアを幼い頃に遊んでいた綺麗な花の咲いている丘に連れて来た。


「シルビア、俺の嫁さんにならないか?」


「えっ……」


「小さい頃から俺はシルビアと結婚するって決めててさ。でもシルビアは結婚はしないってずっと言ってただろ。もし結婚するとしても、自分を大事にしてくれて守ってくれる人じゃなきゃって言ってたから、俺はシルビアを守れるぐらい強くなるって頑張ってきたんだ。……すぐには返事出来ないと思うから、次の合同討伐の時までに考えてくれるか?」


シルビアに告白したガルフは、真っ赤な顔でニカッと笑った。


(ガルフに告白された!すごいなガルフ。こんなに正直にぶつかってこれるなんて……。ガルフは心も強いなぁ)



合同討伐から数日後、ブラウン辺境伯に王立騎士団から今年の合同演習の連絡が届いた。合同演習といっても実際の内容は、辺境伯騎士団が兵揃いで騎士の実力のレベルが違いすぎるため、毎年、王立騎士団から選ばれた者達が辺境伯に稽古をつけてもらいに来るというものであった。


「今年はどんな子たちが来るのかしら?楽しみね~」


辺境伯夫人は、現役で魔獣討伐に参加する水魔法使いの魔術師であり、そしてかなりの剣術使いでもあった。


「お母様、あんまり王立騎士団の方達をいじめないでくださいよ。また苦情がきますよ」


「あら、シルビア。そういう貴方も気を付けなさいよ~。去年は何人の騎士を地面に叩きつけたの~?今年は少し手を抜いてあげなさいよ~」


「……父上、うちの女性陣に何とか言ってください。いつも苦情係は俺なんで……」


「まぁ、訓練もほどほどにしてあげなさい。あっ、今年は王立騎士団の副団長が来るらしいぞ。今の騎士団長がそろそろ引退だから、その前に副団長を鍛え直してくれと手紙が添えてあった」


(王立騎士団の副団長……。嫌な予感がする。私が前世の記憶を持ってここにいるということは、今世でも彼に会う可能性があるということよね。私は今回は絶対に彼に会いたくないから学院も飛び級して、文官にもならずに辺境伯領に閉じこもっているのに……)


それから1か月後、王立騎士団はブラウン辺境伯城にやってきた。


「ブラウン辺境伯、今年もお世話になります。今年は私を含めて20名の参加になります。遠慮なく厳しく訓練お願いいたします」


「副団長、今年の訓練生はいい顔しているな。シゴキ甲斐がありそうだ」


辺境伯の側に立っていたシルビアは、副団長のレイリーを見上げてすぐに目を逸らした。


(やはり副団長が、柊さんで、ロバート先輩で、ダニエル様だったわ。でも今回は私、彼を見ても何も感じない。推したいとも思わない……)


「おっ、そうだ。儂の娘のシルビアだ。今回の騎士団の訓練にも一緒に参加する予定だ」


「王立騎士団副団長をしておりますレイリーです……」


レイリーも今世では生まれた時から前世の記憶を持っていた。レイリーは過去の後悔を繰り返さないと決意し、この同じ世界に転生しているだろう彼女を探していた。そして、レイリーは辺境伯城に到着してすぐに、シルビアを見つけた。


(ようやく見つけた!今世でも文官になったと思っていたが、辺境伯領にいたのか……。俺は今回こそ彼女にきちんと思いを伝えようと、精神を鍛えるために騎士団に入ったんだが、本人を前にすると思ったように話せない……)



 

シルビアは王立騎士団との訓練に一緒に参加る予定だったが、体調が悪いから救護担当をすると言って救護室に籠っていた。そして、レイリーに会わないようにコソコソと隠れて行動していた。


シルビアが救護室で一人ぼーっとしていると、コンコンとノックがあった。


「どうぞ、お入りください」


「失礼します」と言って入ってきたのは副団長のレイリーだった。


「あっ……。どうかされましたか?」


「シルビアさんにお話があってきました」


(えっ、何の話?)


「シルビアさん、王立騎士団がここに到着してから俺のことずっとを避けていますよね。そして、昨日、俺が話しかけた時は、俺の事をダニエルと言いかけてた」


「……」(バレてる!)


「シルビアさん、君はもしかしたら前世の記憶があるんじゃないですか?俺は君と出会った過去3回の記憶を持ってる……」


「……はい。私も貴方にお会いした過去3回の前世の記憶があります……」


私がそう答えると、レイリーは深く頭を下げた。


「俺は、今までの前世のことを君に謝りたかった。そして君に俺がずっと君を好きだったことを伝えたかった。今世では、必ず君を幸せにする。まだ今世では出会ったばかりだけど、君に婚約の申し込みをしたい……。受けてくれるだろうか?」


「柊さん、ロバート先輩、ダニエル様、そしてレイリー様。申し訳ありませんが、婚約のお申し出はお断りさせていただきます。前回お会いして無視され続けた時に、私の貴方への恋心は消えてしまいました。過去3回の人生で、貴方は私を少しでも大事にしてくれたことはありましたか?私より、自分のプライドを守ったのではないですか?私はそんなプライドとかカッコいいところしか見せない貴方を好きにはなれないと今世でようやく気が付きました。今までは貴方の上辺だけを好きになっていたんだと思います。今世のこの辺境伯領で、私は今まで知らなかったことを学びました。そして一生懸命な姿が一番カッコよく、人間らしくて大好きだなと思うようになりました。レイリー様、もう今世限りでお会いすることは無いような気がします。今までありがとうございました……」


レイリーは、俯いてシルビアの話を聞いていたが、顔を上げるとシルビアの目を見てから頭をさげた。

 

「……そうか。今まですまなかった」



 

王立騎士団が王都へ帰った後、シルビアは今までの自分とこれからのことを考えながら自室に籠っていた。


「お父様、お母様、お話があります」

 


シルビアは、愛馬と共にコーナー辺境伯領に向かっていた。国境を超えたところで馬を休ませていると、向こうからものすごい勢いで馬を駆けてくるガルフが見えた。


「シルビア!」


「ガルフ!どうしたの?」


「ブラウン辺境伯から、シルビアが俺に会いにコーナー辺境伯領に向かってるって伝書が入ったから、急いで迎えにきた」


ガルフは息を切らしながら馬を降りると、ベンチに腰掛けていたシルビアの隣に座った。

 

「私ね、あの時の返事をしようと思って……」


「うん」


「私、ストレートで正直で心も強いガルフが好きだなって。それでガルフにも、私のことをもっと知って欲しいって思ったの。だから、ガルフとの婚約を決める前に、たくさん話をしようと思って……、それでガルフに会いに来た」


ガルフは優しい目で、愛おしそうにシルビアを見て頷いた。


「シルビア、いっぱい話をしよう。そして、ケンカもして、いっぱい仲直りもしよう。ぶつかることを怖がらない関係になろう」


シルビアは「うん」と頷くと、ガルフに手を伸ばした。


「おいで……」


ガルフはシルビアの手を引くとぎゅっとハグした。


「シルビア……、ありがとう」



♦ ♦ ♦


いかがでしたか?


この女の子は、「好き避け」していた彼との恋を通して、自分が本当に求めている恋愛のかたちに気づくことができました。


「ぶつかることを恐れない関係」


人生を共に歩むパートナーは、無理をせず自然体でいられる相手のほうが、きっと心地いいのかもしれませんね。


自分の気持ちに正直になって行動すれば、たとえ結果がどうであっても、後悔は少なくて済むものです。

「好き避け」なんてせずに、あなた自身も、そして相手も幸せになれるように、少しだけ行動を変えてみてください。きっと、毎日がもっと楽しくなるはずですよ。


それでは、Have a nice day!


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