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7 旅の途中(噴水)

 目覚めたらまだ魔法学校の中なのではないかと混乱してしまう。宿屋だと気付くと、ほっと息が吸える気持ちになる。


 そうして一日の始まりを感じると、少しだけ楽しい気持ちになる。

 リオ様はまっすぐに私を見つめてくれて、その瞳には、少しだけ敬意を感じていた。ただ当たり前に私を見つめてくれるその眼差しは、なぜだか私の心を落ち着かせるのだ。






 行き先を追跡されないように、偽の情報が紛れるように注意を払って行動した。

 馬車の行き先を探られないように他の場所を目指す動きをしたり、途中遠回りしたり、似た背格好の夫婦と入れ替わるように行動したり、色々頑張った。

 乗合馬車の中ではあまり話さない。まわりに聞かれていたら何がヒントになっていくか分からないし、私も顔を隠すように気を付けた。


 だけどそれ以外の部分では、リオ様とは少しずつ打ち解けつつあるのかも。

 彼は嫌な行動を取る人ではないし、私も彼を怒らせるようなことはしない。2人でいると基本的に会話は穏やかだ。

 やっと知り合いになったくらいの距離間だけど、少しずつ気負わず隣に居られるような関係を築いて行っていると思う。





 食事を毎食一緒にとるようになった。

 当初は最低限の栄養しか摂っていないように見えたリオ様が勧めるものを口にしてくれるようになる。


「甘いものならもう少し入りますか?おいしいですよ」

「ああ、今まではあまり好んではいなかったがな」

「お好きではないですか?」

「そうではない。出されたものを食べるだけだったのだ。好みなど言っていると面倒なことになる。だが王宮では過度に砂糖を使った菓子が良く用意された……それはあまり好まなかったな。これは美味いな」


 意外とリオ様は庶民の味を好まれるのね、とか、まぁ男性ならそうかも、とか、過度に砂糖を使った菓子って一体、などなど、私はどうでもいいことを考える。


「お前の勧めるものなら食べてみたい。食事を選んでくれるか?」

「え?あ、はい!おまかせを」


 なぜか食事担当になってしまった。とはいえリオ様も共に並んで物珍しいものを見るようにしながら買うものを考えてくれる。もしかしたら平民の生活を学ばれているだけなのかもしれないけれど。


 実は内心は少しひやひやしていた。私自身がそれほど市井の暮らしに詳しくない。多少知ったかぶりをしている。けれど至れり尽くせりの生活をしていただろうリオ様はそんな私には気が付かない。


「リオ様!名産フルーツのパイですよ!買いましょう!」

「いいだろう」

「シナモンと蜂蜜を選べません……」

「両方買って分ければいいだろう」

「……いいんですか?」

「合理的だ」


 二人で分け合って食べた。両方食べて好みを教えてくれる。そんなおしゃべりをしながら食事をすることが楽しくて、それを伝えたらリオ様も「そうだな」と肯定してくれた。嫌じゃないようだ。


 ここから、行く先々で食べ物を分けて味比べしていく生活が始まっていく。そんなこと、家族の間くらいでしかしたことなんてなかったのに。


 肉も魚も、名産フルーツも、各地の郷土料理も。

 私もリオ様も好き嫌いが全然ないから、なんでも食べてみた。お互いに知らない料理を食べてみるのは楽しかった。小さなことで世界が広がるみたい。それを共有出来る人がいる。お友達がいたらこんな感じだったのかしら、と少しだけ思った。そんなこと思うだけでも恐れ多いことだけど。たくさん食べるリオ様と食事をするのは本当に楽しかった。






 辛かった国を出て、気が抜けきて……私は少し注意力が散漫になっていたのかもしれない。

 リオ様と過ごすのは楽しいし、気持ちがほわほわとしてしまうのだ。


「……へ?リオ様その抑えつけている人は?」

「スリだ。財布を奪われていた。気を付けろ」

「あ、ありがとうございます」


 ひぇぇ~!スリ!

 混雑している街中で、突然リオ様が男性を押し倒したのだ。びっくりした。そしてリオ様の強さに驚いた。片手でひとひねり。警備団の人に引き渡していた。

 私のお礼にリオ様は口角を上げて笑う。


「こんなことにしか俺は役に立てないからな」

「そんなことありませんよ」

「しかし、お前は少し隙があるな。旅慣れているというのは本当なのか?」

「え、え……馬車には良く乗ってましたよ……?」

「どこを行き来していたのだ」


 私は駄目だな。話せば話すほど墓穴を掘りそうになる。余計なことを言わないように気を付けないと。


「首都と田舎町ですよ。それよりリオ様お強いですね!素敵です!カッコいいです!」

「……」

「魔法国家では力強さは好まれなかったかもしれませんが、南の大国では違いますよ。楽しみですね。リオ様ならモテモテですよ!」

「……どこまで本気で言っているのか分からんやつだな」


 ちょっと誤魔化そうとしたけど、リオ様は誤魔化されなかった。


 カッコいいと思うのは本当ですよ、と心の中で思う。

 美しいお顔立ちに、深く物事を考える聡明さ、そして鍛えられた強い身体。何よりその鋭い眼光に射貫かれるように感じてしまう。一度視界に入れたら目を離せなくなるような人なのだ。


 学園時代私は近寄ったこともないから知らないけれど、彼を支持する人たちがいたみたいに、こっそりリオ様に恋い焦がれていた人だっていたんじゃないのかな。剣術の訓練を隠れて覗いたりね。そんな学園生活だけでしか出来なかったようなこと、私がしたかったなって、楽しそうだなぁ、と少し残念に思うけれど。


「……エミリアの方が人気があるだろう」

「へ?」

「何度可愛いお嬢ちゃん、と呼ばれていたか分からないだろう」

「そんなの買い物中の、ただのお世辞ですよ!平民の!」

「エミリアの笑顔に頬を染めている者もいるぞ」

「いませんよ。何を言ってるんですか」


 リオ様は世間知らずだから、社交辞令を真に受けているようだ。びっくり。


「俺が言うのもなんだが……同行して良かったと思っている。お前は一人では危ない」

「感謝してます」

「……少しだけ、気を付けた方が良い。お前は隠すようにしているが、容姿が良い。時折目で追う者がいるのに、まるで気が付いていないようだ」

「え……」

「まぁ、俺がいる限りは問題ない」

「あ、ありがとうございます……」


 容姿が、良い……そんなこと言われたこともなかった。学校では、みっともないとか、そんなことばかりで。近寄るな、とか……あれは婚約者だったけれど。あ、ゴミを見つめるような視線を思い出した。辛い。憂鬱になってきた。


「きっと大切に育てられてきたんだろうな。自然な笑みが人を和ませる。綺麗な笑顔に美しい容姿、それはご両親がお前が育て守り、得られたものなのだろう。大事にした方がいい」

「はい……」


 両親は私を守ってくれた。愛してくれていた。それを私は誰よりも知っている。

 唐突なリオ様の言葉に、私は泣きそうになってしまう。

 リオ様が慌てるように言った。


「すまぬ。責めているのではない」

「いえ、ありがとうございます。自慢の両親なんです!嬉しいです」

「……そうか」


 元婚約者とは全然違った。

 リオ様は、私を美しいと言う。会ったこともない両親のおかげだと。どうしてそんなこと。


 リオ様を見つめた。漆黒に輝く、綺麗な瞳がまっすぐに私を見つめている。この瞳から見える私はどんな姿をしているんだろう。


 私は、リオ様の瞳に映る私を見てみたいなって、ちょっと思う。この人の目を通したら、私だけじゃなくて、もしかしたら世界が綺麗なのかもしれない。


 ああ、リオ様の考え方が、私は……綺麗だと思うんだな。当たり前に民を敬い、なんでもない町娘を美しいと言える人。こんな人の前で、綺麗な自分でいられたらいいのにな。


 そうしてこの後リオ様は、度々街中で危ない目に合いそうになる私を助けてくれた。

 数人がかりで囲まれた時は怖かった。リオ様は的確に一瞬で敵を倒してしまう。この人は一体どれだけ鍛えてきたんだろう。私とは全然違う男の人。大きな体の、強くて、戦える人。


 そして私は少しだけ、人の目を引く自分自身を意識するようになった。痩せっぽちで、みっともないとも言われていた容姿だったけれど。子供の頃は、可愛い可愛い、美人に育つね、そんなことばかり言われていたことを思い出す。両親が願ってくれたように、少しでもそう育っていたらいいのに。





 



「水の都ですよ!噴水がありますよ」

「この国の素晴らしいところは、水路の発達技術を、同盟国にも提供しているところだろうな」


 広場の中心の噴水では、太陽の日差しを浴びて、水しぶきがキラキラと光を反射させている。

 花壇が噴水を囲っている。美しい街並みと、人々の笑い声が生み出す平和な空気が、染み渡るようにすうっと心の中に入り込んでいく。


「綺麗ですね、リオ様」

「ああ、良い街のある国だ」


 私の瞳にも美しく映る街並みを、リオ様と見つめられていることがなんだか嬉しい。


「私この街、好きです」


 リオ様は不思議そうに私を見下ろした。

 なにかを思い出す気持ちになっていた。いつかどこかで、こんな景色を見ていた気がする……。遠い昔。思い出すのも苦しい記憶の向こう側で、小さな私が幸せだったころに。


「懐かしいです」

「懐かしい?」

「子供の頃こんな気持ちだった気がします」

「……」

「綺麗な景色の中で当たり前に笑っているんです。それがどれだけ掛け替えのないものだったかなんて気が付くこともなく」

「……ああ。それは俺にも分かる気がするな」


 唐突に言い出した訳の分からない私の台詞を、あっさりと理解しようとするリオ様に驚いてしまう。共感力も高い人なんだなぁ……。


「心の中の核となっているような、美しい記憶や情景のことだろう?」


 リオ様の漆黒の瞳は穏やかに水の都を映している。だけど、きっと見ているのは、もっと違うものだろう。遠い昔のどこかの情景。


 幼い頃。何を考えずとも与えられていた愛情と、過不足ない生活と、安全な暮らし。失うまで、私はそれに気が付く事もなかった。当たり前のものなんかじゃなかったのに。大事さにちっとも気が付かず、ただ無邪気に笑っていた。


 私はリオ様の言葉を心の中に落とし込んでいく。心の中の核。ああ、そうだ。確かに、私の心の中にも沈んでいる。私自身の中心にあるそれは、暗い闇に囲まれているけれど、わずかな光を残して、絶えず私を照らそうとしてくれている。


 体の内側から何か強い感情が溢れ出そうになって、一瞬泣きそうになる。


「……リオ様にもありますか?」

「ある」


 それは一体どんな記憶なんだろう。そしてその光はどれだけ残されているのだろう。私の中からも何度も消えていきそうになったもの。追い込まれたリオ様の中に残されているもの。


「綺麗なものだったんでしょうね」


 声が、心が震える。どうして震えているのか分からない。


「ああ」


 リオ様もそう言うと、二人で暫く噴水を見つめた。

 目の前にあるのは、人々が幸せそうに行き交う街並み……それだけだけど。


 私は、ただなんとなく、子供の頃のリオ様が無邪気に笑っている姿を想像して、リオ様の心から綺麗な光が消えませんように……と小さく願う。


 この人の煌めく瞳が、綺麗なまま世界を映していますように。


 そうして、とてもリオ様には伝えられないようなことを考えてしまう。

 王太子争いから脱落したこの元王子様が、もしも王様になっていたのなら、どんな国を造っていたのだろうなと。

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