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4 旅の始まり

 隣国に着くまでの馬車の中、彼はあまり話さなかった。

 時々眠りに落ちていて、そんなときは苦しそうに魘されていた。顔色も悪い気がする。だけどどうしようもない。


 私はフィリア語の復習に語学書を読んで過ごしていた。人のことどころではないので、今後のことを考えておかないと。彼は目を覚ますと、ちらりと私の様子を窺っていた。本に目を留めて、けれど何も言わなかった。きっと王子であった彼は語学も堪能なんだろう。


 起きているときは難しい顔をしている。これからのことでも考えているのだろう。


「私はいつも旅の間途中の村で水を分けてもらってます。大きな村には井戸がありますから」


 そんな話題を振ってみる。リオ様はずっと飲まず食わず。あまりに体に悪そうだ。自分から水を調達したら飲んでもらえないだろうか?リオ様は途中で自分から休憩を申し出てくれて、村人に交渉していた。丁寧な口調でちょっと驚いた。これならもう心配いらないかも。街に着けば食べ物も自分で買えるだろうし。


 安心したら私も眠くなってしまった。

 隣国まで少し眠ってしまった。

 目の前に良く知らない男の人がいるのに。リオ様はあまりしゃべらなくて何を考えているのかも分からないけれど、悪意は向けられていなくて、不思議とさほど緊張しない。馬車の振動で体を揺らしながら、なぜだか暖かな馬車の中を心地良く感じていた。






 隣国に着いた。馬車の御者さんにお礼を言って別れる。訳ありそうな同行者が増えていたためか、気を付けて、と心配してくれていた。


 ここで一晩泊ってから、乗合馬車でフィリアを目指すつもりだったけれど……リオ様を連れて乗合馬車に乗るわけにもいかないし、どうしようかと思い相談すると、それでいいと言われた。リオ様は庶民に紛れるつもりのようだ。


「換金は出来るのか?」


 宿屋に行く前にリオ様が言った。


「換金、ですか?」

「金銭を持っていないのだ」

「……え?」

「宝飾品ならいくつか身につけている。こう言ったものが街では売れると聞いたことがあるが」


 嘘でしょう、と、思わずリオ様の顔を見上げてしまう。

 リオ様は感情の分からない瞳で私を見下ろしていた。少しやつれた、だけど、威厳を感じる端正な王族のお顔立ち。そんな人が、本当に追放などではなく、死刑のつもりで置き去りにされたんだと伝わってくる。


「聞いてみましょう」


 親切にしてくれた食べ物屋のおじさんに聞くと教えてくれた。

 換金場所に行くと、それなりの値段で買い取ってくれた。買い叩かれていない様子なのは、彼の威圧感ある容姿に気圧されているのかもしれない。


「わぁ、いいお値段で買い取ってくれましたね。それだけでもフィリアに着いてから暫く暮らせるほどありますよ。残りはフィリアで換金してくださいね。貨幣が変わりますから」


 金銭だけでも余裕があるなら、ゆとりが生まれるだろう。逃げる途中で稼ぐのは難しいのだろうし。

 そう言うと、彼はマジマジと私を見つめた。初めて私に興味を持ったような態度だ。


「お前はずいぶんと世慣れている娘だな。旅に慣れているのか?学校は出ているのか?」


 ぎくぎく。


「平民も行ける学校ですよ」

「フィリア語など学べるところがあるのか?」

「え、えーとぉ」

「どのような学校を出ていればお前のような娘が育つのだ」

「あのぉ」


 そうこう言っていると、御者のおじさんが換金所に入っていくのが見えた。きっと私が渡した指輪を売るのだろう。そう思っていると、リオ様も目で追いながら言った。


「待て……お前はどうやって馬車を雇ったのだ?何か渡したのじゃないのか?」

「え……あ、はい」


 そんなこと言われると思っていなくて驚いていると、リオ様は一瞬表情を厳しくさせてから私を置いて店の中に入っていく。

 馬車を雇ったのは、そもそも山奥の学校からは馬車を手配しないと街までも行けなかったからなのだ。指輪を渡したのは予定外だったけれど。


 呆然としていると、リオ様が私を見据えながら戻ってくる。


「世話料だ。受け取るがいい」


 そう言って、私の手に、ポトン、と母の形見の指輪を落としてくれた。


「わっ」

「道中の金は俺が出そう。これは長く手入れがされてきたものだ。大事なものだったのではないか?手放すことなど必要なかろう」

「……母の形見です」

「……は?」


 ぎゅっと握り締めて、笑顔を向けて言う。


「ありがとうございます!とても嬉しいです!」

「なんだお前は。そんなもの手放すのではない」


 呆れられるようにそんなことを言われた。

 そうしてリオ様は、もう一度マジマジと私の顔を見つめた。珍獣を見つめるような眼差しの気がしたけれど、気にしない。


 私は感動していた。


 お母様の指輪の宝石が、手の上できらりと光る。その煌めきが私の心に光を差していく。鼓動が早まる。心地の良い速さで。

 嬉しいんだと思う。誰かにこんな風に優しさを分けて貰えたのは何年ぶりだろう。


 なんだろう……これ。

 私のこともろくに興味がないようだったのに、とても自然に……守るべき者のように接してくれた。まるで民を守る王子様のように。いや王子様だったのだけど。平民の私を蔑んでなんかいない。世話になるのだと、心を尽くしてくれているようだ。


 第三王子は、徒党を組んで誰かの悪口を言うような集団だった。そこに元婚約者も入っていたから本当に辛かった。リオ様だって、多少横柄な口調な気はするけど、でも全然違う。


 ……思っていたような王子様じゃない。


 行いにどこか清らかさを感じる。人に対する誠実な情のようなものを感じる。それはとても好ましい。


 本当にどうしようもなく嬉しい。こんな気持ちに……嬉しくて泣きそうになる日がまた来るなんて。


 リオ様を見上げると、彼は少し不思議そうに、戸惑うように私を見つめ返した。

 どうして私が泣きそうになっているのかまるで分ってないみたい。たぶんきっと、自分がしたことに他意なんてないから。見返りを求めていないような、そんなところも、いいな、と思う。


 王子たちには欠片も興味がなかったけれど……私はたぶん、この時初めて、リオ様に強い興味を持ったのだと思う。







 宿屋で二部屋取ってからハタと気が付いてしまった。リオ様はお金をたくさん持っている。宿だって一人で取れるのだ。


「俺は先に休む。すまぬが、朝起こしてくれ」


 リオ様は顔色を悪くしていて言葉少なに部屋に入って行こうとしたのだけど、慌てて引き止めて聞いてみた。


「あの……リオ様、資金が潤沢なのですから、もう私がご一緒してなくてよろしいんじゃないんですか?おひとりの方が楽に過ごせませんか?」


 私の言葉に彼は振り返り、少し考えていた。


「そうなのかもしれぬが、迷惑でなければ同行させてもらいたいと思う」


 なぜだろう。


「身を隠して旅をしたいのだ。女性との旅の方が怪しまれないだろう。夫婦の旅は目立たぬと聞いたことがある。お前には迷惑を掛けるかもしれないが」


 ふ、夫婦。思ってなかったワードが出て来て吹き出しそうになる。

 リオ様はずっとローブのフードを頭からかぶったままだ。目立つ容姿を隠そうとしている。


「俺は女性に無体なことはしない。同行中最大限お前の身を守ることを誓おう。俺自身が世間を知らないのもあるが……お前を一人にするのも気がひけるのだ。女の一人旅は危ないのだろう?」


 それはそうだけど、リオ様と一緒に居る方が危険かも……とも思う。

 リオ様が生きていると分かれば、きっと狙われる。だから本当は安全な旅のためなら別れるべき……なのだけど。でも。


「確かにそうですね……では!旅のお供をお願いします」

「宜しく頼む」


 私の中にはもう、指輪を返してくれたリオ様を心配する気持ちが芽生えてしまっている。ここで別れたら、また心残りが出来てしまいそうだ。


 あと、少しだけ興味がある。

 この人には人の上に立つのに向いている気質のようなものを感じる。きっとそんな人にはもう出逢うこともないだろうから、今だけでもおそばで見ていたいなって、ちょっとした好奇心だ。

 旅の間だけでいいから……見ていたい。この人がどんな人なのか。

 王になるかもしれなかった人。何を考えていて、どんなことをするのか。目が離せないような気持ちになってしまっている。


 リオ様は私の気持ちなんて気が付いていなくて、疲れた様子で、また明日、と部屋の中に消えて行った。


 きっと彼は今とても弱っている。聞いても教えてくれないだろうけれど、怪我はしているんだろうか。

 国を追い出されてどんなことを悩んで苦しんでいるんだろう。


 良く休めますように。

 せめてもう少しだけでも、心を開いてもらえるようになれれば私にも何か出来るのだけど。




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