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番外編『イシュハルの質問』

 ある日の放課後、本を持って図書室を訪れると、君は言った。


「イシュハル様、良かったらこちらをどうぞ……」


 彼女が差し出したのは、押し花の栞だった。

 赤い可愛らしい花を綺麗に押し花にしてある。


「えっと……」


 え?貰っていいの?

 僕が戸惑っていると、彼女は頬を染めて視線を落とした。


「明日は建国の日で……この国には、大切な人に贈り物を渡す風習があるんです。明日はお休みで会えませんから、少し早いんですけど」


 え!大切な人への贈り物!?僕が貰っていいの?


「いいの?すごく嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。大事にする。一生使う!」

「そんな……!大層なものではありません!」


 死ぬほど嬉しくてにこにこと眺めている僕を見て、彼女はほっとしたように笑った。


「本当は渡すつもりはなかったんですが……」

「ん?」

「クッキーも作ってあって。昔、この日だけは、屋敷のみんなのために調理人たちと一緒に作らせてもらってたんです」

「え!作ったの?食べたい!寮で作れるの?」

「寮にもメイドたちが使えるキッチンがあってそこで……」


 彼女がおそるおそる机の上に取り出したのは、素朴でおいしそうなクッキーだった。


「食べたい!すごく食べたい……いい?」

「ふふ。では私が毒見をしますね」


 彼女はクッキーを綺麗な指でつまむと、上品に口に入れた。食べ終わってにっこり笑った。


「どうぞ」

「やった~~」


 まぁ、本当は、こんなところで食べ物を口にしていい身分じゃないんだけど。僕は知ってる。彼女は大丈夫。


「おいし~~~~!」

「ふふふ」


 彼女が幸せそうに笑った。こんな笑顔が見れることは滅多になくて。僕は嬉しくなって、彼女のクッキーを褒めたたえ続けた。すると彼女は言った。


「良かったら、残りは持って帰ってください」

「いいの!?」

「はい」


 いいのかな~でも欲しいから貰っておこう。それに彼女は、きっと僕が貰った方が喜ぶと思う。


「僕なんにも用意出来なかったけど、良かったらこの本貰ってくれる?」

「え?」

「君に紹介したくて持ってきたの。フィリアの流行りの恋愛小説。すごく面白かったから」

「いいんですか?嬉しいです!読むのが楽しみです」


 わ〜めちゃくちゃ喜んでくれてる。嬉しいな〜。


「ねぇねぇ、大切な人って、恋人も含まれるの?」

「はい」

「君の好みのタイプってどんな人?」

「え……」


 僕の質問に彼女は呆けたような表情をした後に、暗い表情で視線を伏せた。え、なにか思い出した?


「私……のタイプは……」

「は、はい」

「見目は麗しくなくていいです。髪も金色でなくていいです。友達も多くなくていいです」

「なんか、否定から入るね……具体的な……」

「人の言葉に惑わされずに、私のことを見てくれるような人……ふふ、何を言ってるんでしょうか。私は」

「……」


 彼女に以前婚約者がいたと聞いたことがある。学園にいるあいつ。人の目を気にして生きているようなやつ。


「僕は君のことちゃんと見てるし、友人として好きだよ~?」

「……私もです。イシュ……私も友人として大好きです」


 そうして彼女にも好みのタイプを聞かれた。僕は「信頼出来る人かな~?」と答えた。






「今日は大切な人と贈り物をし合う日だって知ってる~?」


 建国の日だっていうのに、学園の修練場にいるシュリオンに僕は話しかけた。

 彼は不機嫌そうだ。だって第二王子なのに、国の行事に呼ばれてないしね。酷いね。


「噂には聞いたことがある」

「噂って……」


 え、そんなに贈り物貰ったことないの?不憫すぎる……。


「そんな君に良いものをあげよう」

「なんだ?」

「とってもいい子から貰った手作りクッキーだよ」

「……」

「おいし~な~幸せだな~シュリオンも食べる~?」


 おおげさに食べて見せる僕をシュリオンは訝し気に見つめた。


「なんだ?珍しいな。お前が、生徒の作ったものを食べることなんてあるか?」

「と・く・べ・つな子からだから」

「特別?」

「損得とか何にもなしに、僕が大切な友人だからってくれたの。素敵でしょ?」


 僕の言葉に、シュリオンは一瞬目を瞠ってから、笑った。


「相変わらずだな、お前は。くれ。食べてみたい」

「どーぞ」


 シュリオンは一口食べてから言った。


「美味いな」

「でしょ~」

「王宮のものより美味い」

「え~?」

「甘さが丁度いい」

「確かに。僕たちは甘いもの食べなれているもんね」


 珍しく素直な様子のシュリオンに僕は言った。


「この子気になったなら、紹介するよ?」

「……いい」

「ん~シュリオンの好みのタイプってどんな子?」

「タイプなど言ってられないだろう」

「言うとしたらだよ~」


 僕の質問に考えるようにしたシュリオンは、暗い表情で視線を伏せた。ん?なんか似たような反応見たばかりだぞ。


「俺の……タイプは……」

「は、はい」

「俺を観察するように見たり、見下すように笑わない……人だ……」

「ごめん、僕、心の傷に踏み込んだ?」

「俺に女は分からん……」

「なんかごめん。でもほら、逆に!素直にニコニコ笑ってくれる人だったら?尊敬してくれる人だったら?」

「会ったこともない……」


 ないのかよ~悲しいな……。


 なんか益々、図書室の君とシュリオンは合いそうな気がするんだけどな。

 まぁ、この身分差でどうこうも言えないけど、友達になれると思うんだけどな。

 何より僕が、三人で遊べたら楽しいと思うんだけどな。





 ――15年後。


「……懐かしい味のクッキーだ」

「子供たちと、建国祭の祝いに作った残りなんです。イシュは食べたいんじゃないかと思って」

「うん!うん!嬉しい。僕の……大切な思い出だから」


 三人で食べるどころか、彼らの子供たちとも一緒に食べられるようになるなんて。

 未来って分からないものだなぁ。

 そう思いながら、僕は口の中で幸せの味を噛みしめるのだった。



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