26 新しい旅
フィリアに着いた頃には、ミーニアムでの一連の騒動に関しての処罰が決定されていた。
コーリース家とフローレンス家は、家名すら無くなる。第一王子暗殺に関して関わりがあった者は極刑になる。アンドリュー王子は幽閉されるそうだ。
「まぁ、でも、幽閉と言う名の処刑だよ。シュリオンの時よりもっと確実なね」
「え……」
「悪い者は魔物に殺される。我が国で言われていることだ。幽閉には、飢えた魔物と共に閉じ込めることがある。檻に閉じ込められているとはいえ、同じ部屋の中に殺意むき出しの魔物とともに暮らしていくことなど出来ない。精神も体も、病んでいく」
「……処刑」
リオ様が追放された時は冤罪だった。けれど今回は違う。罪に対しての本物の処罰が下されるのだ。
「恐ろしいか、エミリア」
「いいえ、いいえ、リオ様……」
私自身が望んだのだ。陥れられたバートン領の真実を暴くのだと。罪が表沙汰になった今、その結果から目を背けるわけにいかない。
「一つ違えば、俺は彼のようになっていた。だが俺には、母と、エミリアと、イシュハルがいた……」
「ええ、お側におります。リオ様」
環境が違えば、私だってきっと……。
「サファイア嬢は、偽証をしただけみたいだね。修道院送り……でもここも厳しいところみたいだけど」
サファイア様の美しい微笑が忘れられない。私と彼女の何が違ったというのだろうか。
「うーん、シュリオンには帰国次第王太子としての発表、エミリアにはまずは魔法使いとしての爵位を授与したいって言ってるけど……どうする?」
「え、私も?」
「新種の魔法を生み出した、って既に噂が盛り上がってるらしいよ。聖女様って呼ばれているらしい」
「……え?」
「そう来たのか。わざと噂を流したのだろうな」
「僕もそう思う。王太子と、その婚約者として、良い印象を付けたかったんだろうね」
「待って、聖女?」
「エミリアは聖女だろう」
「断言するシュリオンぶれないなー」
「まぁ、婚姻について次第だな」
「それがねー、帰国後話し合いのあと、婚約からならって」
「……なるほど。まぁ妥当か。エミリアも構わないか?」
「は、はい。でも聖女……?」
「そうだ。聖女で婚約者だ。だがこの国では別だ。君はもう、俺の妻だ」
リオ様は当たり前のように、大きな胸に私を抱きしめた。聖女?
披露宴を行った。
アリューシャ様と魔法研究所の皆が用意してくれていた。
フィリアの民族衣装で着飾られた。ご馳走と、たくさんのお祝いの言葉。
きっとこの国に居られる時間はもう長くない。皆分かっていた。
「え、ええ!?ミーニアムの王子様と結婚?」
「ご貴族様だったの!?」
「え、そこにいらっしゃるのもイシュハル様……?」
アイシャさんと魔法課の元同僚たちは目を丸くして驚いていた。
「幸せならいいわ」
「連絡してくださいね」
「あなたなら大丈夫よ!」
本当に皆さん良い人たちだった。
アリューシャ様は涙を浮かべて言った。
「大好きなお姉さま。きっとまたすぐにお会いしましょうね。どうかお幸せに」
「私も大好きです、アリューシャ様……」
「僕もみんな大好きだよ~」
イシュハル様も交ざって来て、泣き笑いしてしまう。
何も持って居なかった私に、沢山のものを与えてくれた、大国フィリア。
多民族国家であり、懐の広さで私にまで生きる機会をくれた国。
私はこの国で過ごした時間を、決して忘れないだろうと思う。
ミーニアムへ帰国し、王都に行く途中で、バートン領のあった地へ立ち寄った。
父母の墓参りをして、リオ様との結婚の報告するためだ。
晴れた空の下、花が咲き誇っていた。
明るい、美しい光景に、私は胸がいっぱいになって泣きそうになってしまう。
私の生まれ育った場所は、今も、まるで何も変わらないようにここにある――。
お墓の前で長い話をした。学園を卒業出来たこと、長い旅をしたこと、フィリアで就職したこと、リオ様と出逢ったこと、真実を暴いたこと、望まれて国へ帰ってきたこと。
話しても話しても、尽きない。
涙がこぼれ落ちて止まらない私の肩をリオ様はずっと抱いていた。そうして彼は最後に言った。
「ずっと、彼女の笑顔を守ります」
真っすぐ前を向いてそういうリオ様は、太陽みたいな人だ。
この人の隣でなら、私はいつでも花のように笑える。
泣き笑いする私を見つめたリオ様は「あなたたちの娘さんは驚くほど美しい」そう言って私の頭を撫でた。
「お父様。お母様。この人が私の愛する人です」
私は幸せなのだと、どうか伝わりますように。
もう二人はいない。だけど、この美しい景色は続いていく。想いが、空気に溶けますようにと願う。喜びも悲しみも、大地に染みこみ、いつしか花となって芽吹けば良い。
最後に、二人で花の祝福のお守りを墓に掛けた。
ミーニアムに帰国した後は慌ただしい日々が続き、あっという間に時が過ぎて行った。
帰国したときには全てが終わっていた。表立ってリオ様を敵視するような人はもういない。少しずつ、リオ様を中心に新しい国を作っていくことに未来への希望を見出しているようだった。
私たちはただ、これからの新しい生活に追われた。
フランさんやエリックさんはじめ、多くの魔法使い達がリオ様に付いてきてくれた。新しい生活に、彼らは意欲的だった。
リオ様の帰国を祝う式典が開かれた。
卒業から二年が経っているけれど、学園の同級生たちもちらほら姿が見えた。あの日、彼の追放を見送った人たち。居心地が悪そうにしている。それはそうだろう。彼らにとっては分の悪い治世がやってくる。一部の人たちは式典で睨むように私を見つめていた。リオ様が目ざとく彼らを見つけてしまう。ああ、笑顔が怖い。リオ様は寛大だけど、尊大なの……。魔法学校の教師たちが一掃されたことを彼らは知らないのだろうか。フィリアから帰国した魔法使いたちは、リオ様の片腕のようになりながらも、魔法学校の立て直しにも力を貸してくれた。次第にオーランドも王都で見かけなくなっていった。
半年の婚約期間を経て、国民に祝福されながら、盛大な結婚式を挙げた。
私は聖女として歓迎されていた。
賢く、才能に溢れ、民の為に守護の魔法を生み出してくれた、優しい王太子妃であると。
不思議だった。こんなにも尊ばれる『私』がいるなんて。
そんな声が嬉しくて、泣きそうになりながら……でも、そこまでの存在だろうかと考えると違うと思って。
やっぱりそれは、いろいろな私の一つでしかきっとないんだろう。望まれている私にもいつかなれればいいのにと願う。
「愛してる、エミリア」
「私もです。リオ様」
私はもう二十歳を越えていた。貴族子女としては遅い結婚だ。それでも、愛する人と、民に望まれながら正式に結婚することが出来た。そんな日が来るなんて思わなかった。
「夢みたいです」
「現実だよ。俺たちが、人々の助力を得ながら……自らの手で、掴んだのだ」
きっとリオ様がいなければ、私一人ではなにも手に入れられなかった。名誉の回復も。真実の追及も。私の太陽。世界で一番愛している人。
「あの日森に入って良かったですね」
「そうだ。君が俺を拾ったんだよ」
「拾……?」
「君は困ってる人が放って置けないだけだったがな」
「そんなことはありませんよ」
「俺が望んでなったのだ。旅の伴侶に。人生の伴侶に」
「まぁ、なんて素敵なものが落ちているんでしょうか」
憂うものがなくなって。心から笑い合って。
この夜、私は愛する人と、初めて結ばれた。
リオ様が即位したのはその翌年だった。病気で弱っていた王が亡くなったのだ。
若く立派な、待望の新王に、人々は歓喜した。
子供が出来たときにはリオ様は言った。「闘技場の無い国にしなくてはな」と。この国に闘技場などないけれど……それでも彼がそういった想いを考えると切なかった。
イシュハル様は子供が出来る度にお祝いに来てくれて、イシュハル様にも子供が出来たのは八年後だった。子供同士も仲良くなった。
「君たちのおかげで、魔法国家との密な連携取れるようになって、僕の立場もよくなってるんだよね~。ふふ、いつもありがとうね!」
アリューシャ様とはとてもお幸せそうだ。
私は時々、リオ様の言葉を思い出す。
「俺の望みは、君と、ずっと旅をすることだ。旅をするように生きることだ」と。
リオ様は少しずつ、魔法国家ミーニアムの魔法情報を諸外国へ提供しだした。
もちろん外交手段として。けれど、得るものは大きく、そして彼は言った。
「人を幸福にできる手段を共有することは、いずれ国を越え皆の生活を豊かにする。俺たちが亡くなった後でもな」
王家のプライベートビーチが存在した。
ついにリオ様に泳ぎを教わる日が来て……。
「エミリア、魔法を忘れろ。人の体は、浮き上がるんだ。顔から沈んでいこうとするんじゃない」
「無理ですリオ様……」
クズ魔石を再び民の間に流通させた。
王妃様のお守りとして流行した。すると父母の墓には、領民たちから、沢山のお守りが捧げられるようになった。父母の死を悼む者が尽きない。愛されていたのだと知る。
守護の護符を付けられる民はいなかった。けれど、それは魔法を学びたいという意欲を生み出した。平民の間にも魔法を学べる学校を作りたい、それは私の夢になった。
そうして父母の墓の近くには、復興と鎮魂の想いを込めた公園を作った。
完成の式典の時に、婿入りした伯爵家の代理としてオーランドが現れた。久しぶりに見た彼は、少し痩せ、顎のラインがシャープになっていた。
その日の立食のパーティーで顔を合わせ、挨拶を交わした。
「お変わりないですか?」
「はい……いえ、少し変わりました」
「え?」
「子供が出来て、大人になり……。子供時代の自分をやっと考えられるようになりました。取り返しも付かないけれど……どうか、悲劇が繰り返されないようにと、祈りを捧げます」
彼はかつて私が上げたお守り石のいくつかを捧げて帰っていった。まだ持っていたことに驚いた。
リオ様のとてもいい笑顔に少し怯えているようだった。
「大好評だったよぉ~!魔法で虹色に輝くドレス!」
「あれは七つの魔石を複合的に組み合わせて光らせてるんです」
「いつの間にそんなもの作っていたんだ、エミリア……」
アリューシャ様のために用意した魔法ドレスは各国の話題を集め、技術提供した我が国と友好国であるフィリアは注目を集めた。
フィリアの技術も取り入れ、魔法と組み合わせ、災害対策を刷新した。
そしてその技術を、また諸外国へ提供する。助力を惜しまぬその姿に、彼の治世は、国を越えて愛されていく。
「ゾウの上です。リオ様……」
「ついに乗れたな」
リオ様は記憶力が良い。いつかの旅で私が乗りたがっていたのを覚えていた。
他国でも歓迎される。リオ様が太陽みたいな人だと世界中に知られていく。私はそれが嬉しかった。
フィリアからの魔法使い、フランさんを始めとする人たちが、魔物に付いての研究を進めてくれた。生息地、生態、今まで分からなかったものも見えていく。ミーニアムだけでは得られなかった情報も、諸外国から寄せられた。それは、リオ様の治世により、ミーニアムに協力的な国が増えたから可能になったことでもあった。各国と共同で魔物対策を行えるように連携を深めて行った。
「お母様は僕がお守りします」
「何を言っているんだ。兄の僕がお守りする」
「男たちの手は借りないわ。私で充分よ」
「僕も入れて!僕も守る!」
「……俺が思っていたのと違う争いが起きている」
学校を増やし、平民にも魔法教育を普及させた。
「今までは高度な教育を受けた者だけが魔法を使えた。近い未来に、恵まれていただけだとその驕りに気付く者どもがいるのだろうな」
「良いことも悪いこともあるのでしょうね」
「善悪の教育も、法の整備も、意識や仕組みの改革も、やることは多くある」
時間を掛けて、平民から役人を採用する制度も採り入れた。そうして、学校を出た子たちが実際に役人になり、顔を合わせるようになると感慨深い思いがした。
「不思議ね。自分や子供たちのことだけじゃなくて……知っている人もそうじゃない人も……誰かが笑って居ることが今は嬉しいの。少しでも良くなっているのかしら」
「これだけの感謝の声が聞こえていないとは、言わせないよ」
子供に玉座を譲ってから、彼は言った。
「久しぶりに旅をしようか」
「いいのですか?」
「君が、望むなら」
「まだまだ行ってみたいところが沢山あります」
「ああ、俺もだよ」
旅の終わりは、私たちはバートン領に建てられた離宮で暮らした。花が咲き誇るその地を、リオ様は若い頃と変わらないように瞳を輝かせ見つめた。「美しいな」と言いながら。
いつかした旅の日みたいに。
毎日愛しい人たちと、心と言葉を交わし合う。失敗して反省して、そして少しの思いやりだけでも誰かに通じたら嬉しい。役に立つことが出来て、笑顔が一つでも増えるなら、それだけでいい。そんな日々が過ぎていって。
長い年月が経って。孫も出来て。老いて。きっとあと少しの命だろう、そう思う時がやって来て。
「たくさんの旅をしましたね」
「ああ、楽しかったな」
「私にも何か出来たでしょうか」
「私たちの旅はきっと少しだけ世界を変えたよ」
「私は幸せでした。賢王と呼ばれた方のお隣で」
「俺は慈愛の才女の隣で幸せだったよ」
「そんな呼ばれ方していましたの?」
「いくらでもあるさ。歴代最高の魔法使いというのもある」
「それは両親のおかげでしたの」
「感謝しないとな。俺の称号も妻のおかげだよ」
「まぁ素晴らしい奥様がいらっしゃるのかしら」
「そうだ。世界で一番可愛らしく、美しく、綺麗なんだ」
「やめてくださいませ。私が悪かったですわ」
「悪くないさ。いくらでも伝えられる。愛してるよ」
「わ、私も……」
「泣くな」
「先に、逝きます……あなた」
「大丈夫だ。新しい旅に出るだけだよ」
「新しい旅?」
「そうだ。まだ行ってない地に二人で行くんだ」
「まだ行ってない地……」
「ああ、人として生きてる間には見られなかった場所に、一緒にだ」
「一緒に……」
「待っていろ、エミリア」
もうすぐ私が失われる。
私の感じる私。あなたの愛した私。
何もかも無くなった世界で、きっとまた旅をする。
無限に広がるその場所で、どこに辿り着くのかも分からない世界を彷徨うのだ。
大丈夫。私は知っている。
失われても、もう一度形作ればいい。またあなたを探せばいい。
そうすればいずれきっと、いつしかたくさんのものを手にしていくのだから。
きっと、楽しい旅になる。
だから……今はこの手は離れるけれど。
寂しさも哀しみも愛しさも全て飲み込んだその先で。
私は、あなたと旅を出来る瞬間を、待っている。
END
お付き合いありがとうございました。
感想や評価など教えてください。
時間を空けますが番外編書くつもりです。