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25 エミリア・バートン

 妻だと?ご結婚されているのか?囁かれる様々な声の中、リオ様が続ける。


「彼女とは、フィリアで婚姻を結んだ。私の最愛の妻である」


 人々の視線を受けても、私の足は震えない。リオ様が私の肩を抱きしめている。遠くからオーランドがこちらを睨んでいる。あれはどういう視線なんだろう。


「彼女の生まれから話さなくてはならない。彼女の祖父は、ジョルジュ・バートン。魔道具制作の歴史に貢献した偉大な魔法使いだ。彼女は幼い頃から祖父の英才教育を受けている、稀有な魔法の才の持ち主だ」


 おじいさまが有名な方だなんてしらなかった。けれど、高名な魔法使いたちが私を驚きの目で見つめている。


「七年程前、バートン領を襲った降りやまぬ雨。私の兄が亡くなったその災害を知らぬものなどおらぬだろう。バートン伯爵はよくやっていた。けれど、世間の目は厳しく、ろくな援助も得られず、災害対策も回らず、領地の運営が悪化する中、伯爵夫妻は亡くなり、彼女は一人残された。その後学園を卒業した彼女は、他国で就職し、魔法使いとして独り立ちしていた。そこがフィリアの魔法研究所。私と共に今回の魔道具を作るのに貢献してくれた。彼女がいなければ、完成しなかったと言っていい」


 え、何言ってるのリオ様……とこんな時なのに驚いてしまう。


「身分を落とした彼女が、この国に居場所を失くし、けれど結果としてこの国に貢献していたのだ。その意味が分からないものはおらぬな?」


 一人の高位貴族から声が掛かる。「本当にそんな才能が?」よく見ると、学園の理事長ではないか!


「彼女は私に匹敵するほどの能力の持ち主なのだ」

「そ、そんなまさか……」

「学園在学中にそれに気付かぬとは、己の目の節穴を恥じればいい」

「な……」

「不当な評価を彼女に下した者共も同罪だ」


 リオ様は自分の首からネックレスを取り上げる。それはいつも着けている、私があげた花の祝福のお守りだ。


「さて、これがなんだか、分かるものはおるか?」

「なんだ」

「魔石……?小さな」

「民のお守りか……?」

「そうか分かるものもいるか」


 リオ様はぐるりと貴族たちを見回してから薄く嗤った。その表情に、え……?と思ってたら、オーランドを見据えた。


「そこの若いの。お前はこれを知っているな?」


 リオ様に睨まれたオーランドがびくりと体を揺らした。ひぇ……思わず声を出しそうになる。私の方が驚いた。


「あ……はい。バートン領の……クズ魔石で作られる……民の風習のお守り……です」


 そうなのだ。彼は誰よりもこれについて知っている。子供の頃からいくつ渡したか分からない。日常的にあげていたから……。


「お前はかつて我妻からそれを贈られていたな」

「は、はい」

「これは本来効果はないものだが……だが、身に着けていてどうだったか?」

「ええ、効果はありません。けれど……」

「けれど?」

「ある時から、周りの者たちが、持っていた方がいいといいました」

「なぜだ?」

「持っている俺は不思議と怪我をしないと……気持ちの問題だけだとしても役に立っていると……」

「そのことを誰かに話したか?」

「え……どうでしょう。親には……きっと」

「学園で欲しがるものはいなかったか?」

「え?それは……」


 オーランドは視線を泳がし、アンドリュー殿下に向ける。それが答えだ。


「それは一体なんなのですか?」


 宰相の言葉に、リオ様はお守りをワグナー侯爵に渡す。


「鑑定しろ」

「はい。確かに……これは軽い守護の護符でございます」

「守護?クズ魔石なのだろう?」

「本来ならば……けれど、新種の魔法が付与されております。私共が解析している既存の魔法とは別の種類のものです」

「別の魔法!?」


 なんと、ならばリオ様が?、そんなことが、等とざわめきが溢れる。


「このお守りは、捨てられるクズ魔石に、民が、大切な人たちへの無事を願い祈って作られるものなのだ」


 再びネックレスを手にしたリオ様は、それを顔の前に掲げ、見つめながら言う。


「この守護の護符の制作者は我妻、エミリアである。本来なら祈るだけの……形ばかりのもの。けれどそこに、私と同じような魔法の力を籠めることが出来たのだ。稀有な魔法の才の持ち主であった。強い願いが、新たな魔法を生み出していた。彼女が新しい魔法を発現する様子を近くで見ていなかったならば、私にも始祖と同じ魔法を使うことなど出来なかったであろう」


 私はもう、頭を真っ白にして聞いている。

 花の祝福のお守りが、守護の護符と呼ばれている?


「彼女が無意識に新たな魔法を発動していたのは、誠実で切実な、幸福を願う祈りの最中であった。私の魔法は彼女の影響を強く受けているのだ」


 リオ様が私を見つめる。


「ワグナーに魔法の教育を受けて改めて考えた。どうしたら他の者には使えないはずの魔法など生み出せるのだろうかと。私は彼女の真似をしてみることしか、思い浮かばなかった。彼女の作ってくれた護符を握りながら、祈る姿を思い浮かべ、私も願った。すると、体が魔法の光に包み込まれた。まるで、彼女の祈りと俺の祈りが一つになったように。自分にしか癒しの魔法が発動出来ないのも恐らく……彼女が俺の幸福を祈っていたことに影響されているのだろう」


 そうだ、リオ様が宿屋で言っていた。祈っているだけではなかったと。魔法の光が吸い込まれていたと。あの時私は、確かにリオ様の幸福を祈っていた。


「学園でも開花することもなかったはずのその才はどこで発現したのであろうな。不幸と言う不幸に見舞われ、死に物狂いで魔法に向き合った末に、育まれたのやもしれぬ。さて、バートン領は、なぜ、窮地に立たされたのであろうな?」


 リオ様の視線がアンドリュー殿下に向かう。

 人々の視線の先で、青い顔をしたアンドリュー殿下が項垂れている。


「豊富な魔石の採掘場があるバートン領。王太子が視察に訪れる場所。自然豊かで、災害を起こすのに丁度良かったのだろうな。爵位を取り上げ、魔石を、良いように取り扱えるようにするのにもな。ああ、ここ数年、魔石を海外に流通させていた家があったな?」


 リオ様が宰相に向けて言う。


「すでに調べは付いているのだろう。コーリース家、フローレンス家、そして縁の家名の、事件への関与を。利益を享受していた者、知っていて保身を選んだ者、多く居たのだろうな。さぁ、どう処罰するのだ?」


 リオ様が私の手を取る。


「ここにいるのは、一人の少女だ。誰もが知る、豊かな自然溢れるバートン領に生まれ育った、伯爵家の令嬢だった者だ。君の想いを、聞かせて欲しい。さぁ、エミリア」


 リオ様が私の手を引いて、一歩前に進ませる。

 会場中の視線が私に集まる。


 私の、想い。

 リオ様が私に語らせようとしている。

 たぶん、悲劇の少女として。だけど私は。


「私が生まれたのは、咲き誇る花の有名な土地でした」


 幸せな少女だったのだ。あの時まで。


「このお守りは、花の祝福と言います。花が咲くように、笑顔であれ、と大切な人の幸せを祈って作るお守りでした。領地の鉱山から採掘される、使われない……クズ魔石と呼ばれるものを使ったものです」


 それが何か意味のあるものになるだなんて思いもしなかったけれど。


「小さなころから両親に贈られてきたそれを、私も大切な人たちに贈っていました。もう七年近く前、突然雨が降り出しました。それは恵みの雨を越えて、植物を痛めました。花が咲き誇らなくなりました。領地は荒れ、多くの民が苦しみ、心労で父母は亡くなり、私は……貴族の娘ではなくなりました。この国では蔑まれてしまうため、居場所はどこにもなく、他国へ渡ることにしました」


 自分の胸のお守りを握り締める。


「どうして雨が降ったのでしょう?どうして父母は亡くなったのでしょう?どうしてろくな援助も受けられず領地は無くなり、私は天涯孤独になったのでしょう?」


 そう言って会場の人々を見つめると、そっと目を逸らす人もいる。


「そんな苦しみを与えられるほどのことを、私たちがしていたのでしょうか?何がいけなかったのかと、私はずっと思い悩んでいました。けれど、そうではないと言うのなら……」


 演技ではなかった。私の両眼から涙がこぼれ落ちていた。


「私はどうして苦しんだのでしょう?」


 それは飲み込み続けた、言葉に出来なかった想い。

 リオ様が私の肩を抱く。


「何も……何も悪くなかったと言うのなら……」


 涙が止まらない。

 私の頭を抱えたリオ様が泣き顔を隠してくれる。

 リオ様が言った。


「片や、悪意のために作られた殺りくの魔道具、片や、絶望の淵で作られた守護の魔道具、相反する二つのものを創造する者たちがいる。お前たちは何を望む?国としての未来を、どこに見ている?魔法の祖が望んだ、最初の魔法に願った意味が失われてしまった今こそ、目を覚ます時なのだ。我が国の輝く未来の為に、決断する時が今なのだ!」


 静まり変える会議場の中、貴族たちはリオ様だけを見つめている。

 イシュハル様だけが楽しそうに微笑んでいた。


 そして、とリオ様は陛下を見据えて言った。


「この国では、歴史の中、幾度も王子たちの血の争いが繰り広げられていた。陛下、あなたは、このようなことが起こることをご存じだったのではないですか?」


 投げかけられた言葉に、ずっと見守っていた陛下はゆっくりと視線をリオ様に向ける。

 病気だろう細い身体。落ち窪んだ眼。眼光だけは鋭いけれど生気を感じられない。


「……お前は」


 低い声が聞こえた。


「争う相手が少なくて良かったな」


 リオ様が息を呑む。

 ハハハハ、と乾いた笑いが響く。


「ワシの時は、十人だ。大変だったよ。思い出すのも嫌になる。毒に慣らされた体は今ではこの通りだ」


 陛下は興味が無いように言い放つ。


「強い血を引くものは多くはいらぬ。火種になるのじゃ。望まなくとも、お前の子もそうなる……自分の子が、勝手に殺し合うのだ……」


 リオ様の手が震えている。見上げると固く唇を結び、彼の身体が、激昂に耐えていることが伝わってくる。


「あいつは血を驕るだけの小者だった、楽だっただろう」


 陛下の視線を受けてアンドリュー殿下が表情を失くす。


「父上、なにを……!」


 その隣には、一言も発しないサファイア様が座っている。ずっとただ大きな瞳で会場を見守っている。


「お前は、守護の護符に気付ける目はあったのにな」


 リオ様がアンドリュー殿下に言うと、殿下は怒鳴り声を上げた。


「ふざけるな!高貴な血は、俺だけが受け継いでいる!俺だけが見抜けたのだ」

「兄弟だ。そんな訳はないだろう」

「お前にあれだけの魔道具を作り出せるはずがないのだ!俺だからこそ!俺にしか作れないのだ!」

「お前は……もう自白していたのか?」


 二人の様子を陛下が愉快そうに嗤っていた。


「断ち切って見せます。必ず」


 陛下に強く言い切るリオ様の手を、私は握った。

 彼の願いを叶える、その時、隣にいるのは私なのだから。








 会議は終わった。

 伝えたいことを伝え、ミーニアムで下される処罰や今後の決定を聞かずに私たちはフィリアに帰る予定になっている。

 イシュハル様は「大丈夫だよ。うんうん」とにこやかだ。

 リオ様は引き止められているけれど、一度フィリアに帰るつもりでいるらしい。


「待て。話がある」


 リオ様が言った。

 会議室から人々が出て行く中、残っていた私たちは連れて行かれるサファイア様を見た。


 リオ様に引き留められたサファイア様が美しい銀色の髪を輝かせながら振り向いた。妖精のようだと例えられていた方だ。


「なぜサファイアは召喚されていたのだ?」


 宰相が答える。「シュリオン様がいらっしゃる前に、毒殺について確認していたのです。確かに偽りだったのだと聞いております」と。


「そうか……サファイア」

「……はい」


 二人の視線が絡み合う。長い間婚約関係にあったお二人。


「あれは、お前の意思だったのか?」


 リオ様の言葉にサファイア様は瞳を見開いた。驚かれているようだ。そうして暫くしてから、小さく笑った。


「……そうです」

「なぜなのだ。俺は、了承すると約束していた」


 ふふ、とサファイア様が笑う。


「分かりませんよ。あなたには」

「何がだ……?」

「私は、王妃となるために育てられたのです。家にとって、それしか私の価値はなかった。私にとっても。私自身が満たされるにはそうなるしかなかった。貴方ではダメだったのです。貴方は王の座を望まない。天性の才がきっと心を満たしていたのでしょう。欲を抱かないのです。貴方には私を幸せにするつもりがない……。他の者が王になるのなら、貴方が存在していてはいけない。なのに……今になって戻ってくるとは思いませんでした」

「そうかお前は……俺のことを見ていたようで、自分のことを見ていたのだな」


 リオ様の言葉の意味が少しだけ分かるような気がした。

 サファイア様は、リオ様の本質にきっと気が付いている。けれどその上で……リオ様自身を必要としていなかったのだろう。


「サファイア、お前も、いつか違う価値を知る」

「……」

「俺と同じように。きっとな」


 笑みを浮かべたサファイア様はそのまま騎士たちに連れて行かれる。

 陰謀に加担したのだ。きっと罰は下される。彼女はどうなるのだろうか。


「あいつはどうする?」

「え?」


 入り口付近に話し合っている貴族たちの集団があって、その近くにオーランドが佇んでいる。帰らずに様子を窺っているようだ。


「ふふ」

「なんだ」

「気になりますか?」

「……」

「たかだかお守りを十数個あげたことがあるくらいの人です」

「ずいぶん多いな……」

「彼はね、なんにも誰とも共謀してないっぽいんだよね~社交しか興味ない性格みたいなのに。役にも立たないと思われてたのかな~何の罪にも問われないと思うよ」


 イシュハル様が会話に入ってくる。


「つまりね、これからもきっと顔を合わせるよ!楽しみだね」


 一体何が楽しみなんだ。それにこの国に二人で戻るには、リオ様が国に望まれないといけないのに。


「そうか。楽しみにしよう」


 リオ様まで良い笑顔を浮かべる。


「さて、エミリア。戻ったら披露宴が待っている」


 リオ様が私に手を伸ばす。私の旦那様が。

 その手をそっと握る。


 今度は二人、手を繋いでこの国を出ていく。

 あの時とはまるで違う。伝えたいことは伝えた。心が軽い。ずっと重りのように心を支配していた、苦しんでいた感情の一部が消えている。

 そして今は、一人じゃない。私を守り隣に立とうとしてくれるこの人がいる。


「次に来るときは、望まれて戻るときだ」


 それはきっと想像より近い未来なのだろう。





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