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24 帰国

 魔法国家ミーニアムを出て二年近くが経つ。

 今回私たちが帰国するのに使ったのは、リオ様と魔法使いたちの使いこなす移動魔法。少人数の時は魔法による移動が可能なんだそうだ。以前よりずっと早く帰国することが出来た。


 先にミーニアム入りしているイシュハル様を追うように、私たちも帰国した。


「いいかエミリア。こんな茶番は早く終わらせる。俺たちの目的は、謂れなき汚名を払拭し、共に居られる未来を作りあげ、それを君のご両親の墓に伝えに行くことだ」

「リオ様……」


 王宮の会議場を前にして、私たちは立っている。


「君を正式に妻として紹介する」

「……はい」


 イシュハル様が新たな証人として呼び寄せたのは、魔法使いとしての私たちだ。魔法使いのローブで頭まで隠している。国の人たちは、まだ、シュリオン王子が帰国したことを知らない。


 私の足は震えている。

 私を追い込んだ、貴族たち。そこには陰謀や、利害や、保身、色々な思惑があったのだろう。悪意だけではなかったのかもしれない。けれど、結果として両親は亡くなり、爵位を返上し私はただの平民として蔑まれた。なにもかも……失った。私はこの場所が怖い。私の息の根を止めそうになった社会が今目の前にあるのだ。


「エミリア、俺が、君の権利を取り戻す。俺たちはあるべき場所に帰ってきただけだ」

「……ご自分の権利も主張なさってくださいね」


 落ち着いて来た私が笑ってそう言うと、リオ様は私の肩を抱いた。


「任せていろ」


 彼が言うと、どんな困難な道も切り開いていけそうに思えてしまうから不思議だ。


「お入りください」


 そう言われて、目の前の扉が開いた。







 会議室の中では、高位貴族や宮廷貴族による話し合いがされているはずだった。

 正装に身を包んだイシュハル様が、魔法使いたちと共に彼らの前に立っていた。イシュハル様は私たちの姿を見つけると微笑んだ。


「僕が呼んだ、魔法研究所の魔法使いたちです。魔道具の開発に尽力した者たちです」


 促されてイシュハル様の横に並び立つ。


 そっと視線を上げて様子を窺う。大きな会議場。議題は今回の事件。

 呼び出されているの私たちだけではないようだ。第三王子やサファイア様も貴族たちの奥に座っている。

 そしてその一番奥、立派な椅子に座られている陛下がいるのも見えた。社交デビューをしていない私はお会いしたこともない。けれど分かる。顔立ちがリオ様に似ている。


「魔道具というけれどな、そちらの国が作ったんじゃないのか」

「我が国で作ったと言う証拠でもあるのかね」

「領土へ攻め入るつもりがなかったと言えるのかね」


 ……こんなことになっていたのか。呆れるようにイシュハル様を見つめると、彼はやれやれというように笑っている。


「フィリアだけでは作ることは出来ません。その答えは、直接お聞きください。魔道具を作った彼らはミーニアム出身の魔法使いであり、今はフィリアの国民です」


 リオ様がフードを落とす。

 威厳のある、鍛えられた大きな体。艶やかな黒髪は今は少し伸び、肩程で無造作に流されている。漆黒の瞳が会場を見据えると、ざわめきが溢れる。


「シュリオン殿下!?」

「ああ……お待ちしていました」

「御無事で!」

「帰国されていたと!?」

「よくぞ帰って来てくださいました!」


 私は、表情を動かさない陛下や、驚愕の表情を浮かべるアンドリュー殿下やサファイア様を見つめていた。


「国を追われ、今はフィリアに受け入れられた民だ。敬称を付ける必要などなかろう」


 リオ様の皮肉気な台詞に、貴族たちが慌てたように言う。


「すでに罪状は撤回しております」

「我が国は貴方様を探しておりました!」

「そうです!罪なきものは魔物になど殺されない!」


 熱狂に包まれるような会場を、リオ様は冷ややかに見回している。


「罪状は、毒殺と、暗殺未遂だったと記憶しているが?」


 リオ様の言葉に宰相が書類を確認しながら答える。


「それはもう全て、証拠と根拠が不十分ということで撤回されています」

「俺は、魔の森に置き捨てられたぞ。あれは、死罪ということではなかったのか?」

「それは……」


 この場にいる人たちは、どんなにリオ様の存在を渇望しようとも、あの時見殺しにしようとした人たちなのだ。恐らく、陛下も含めて。リオ様はどんな気持ちでここに立っているのだろう。


「罪なき者は魔物にはやられませんので……」


 小さな声で宰相が続ける。


「……シュリオンなのか?まさか生きて?」


 アンドリュー殿下が立ち上がると、貴族たちの視線が彼に移る。

 殿下は、生きているのも知らなかった?イシュハル様からの情報は伝わっているはずだ。信じていなかったのだろうか?


「卒業パーティー以来だな、アンドリュー。会いたかったぞ」

「まさか!生きているはずがない!亡くなったと皆が言っていた!父上!おじいさまはどこなのです、母上はどこなのです、会わせてください!」


 アンドリュー殿下の言葉に、陛下は表情も動かさない。

 殿下の祖父や母は、コーリース家の者たちを差すのだろう。彼らは罪の取り調べを受けているはずだ。


「続けろ、シュリオン」


 陛下の低い声が響いた。

 痩せた体をしている。ご病気であるという噂は本当なのだろうか。暗い目をしている。


 リオ様は厳しい表情を崩さずに、貴族一人一人を見据えるようにして言った。


「俺は、望まれぬ王子として育った。ろくな教育も施されず、いつ魔の森に置き捨てられてもいいほどにはな。そのことを、ゆめゆめ忘れるな」


 リオ様は視線で、一人の老貴族を呼び寄せた。


「久しいな、ワグナー」

「ご健勝でなによりでございます、殿下」


 ワグナー侯爵は、魔法使いたちの長のような存在だった。王宮魔法使いを長年務めていたと聞く。


「ワグナーは、我が国一番の魔法の知識を持つものだ。相違ないな?」


 リオ様が宰相を見つめながらそう言うと、「は、はい」と慌てたように答えが返る。


「ワグナー、私の魔法の教師はお前だけだった。魔法教育について説明してくれ」

「殿下にお教えしましたのは、貴族子女に幼い頃に教える、初歩的な知識と魔法の使い方だけでございます」


 その台詞に、貴族たちから驚きの声が溢れる。初歩?、まさか、そんなはずは、そう呟かれる言葉に、彼らも知らなかったのだと分かっていく。


「アンドリューにはどうしたのだ?」

「王家に引き継がれております魔法教育の全てをお教えしました」

「なぜその違いが出たのだ」

「前王からの王命でございます。私にはそれ以上は……」

「そうか」

 

 視線が向けられる先の陛下は微動だにしない。


「このように」


 リオ様はもったいぶるように貴族たちを見回して言う。


「私は、この国では魔法を学ぶ機会になど恵まれていなかった。学園で学べる教育の範囲など、皆が知っているものだ。あの程度の知識で、あの凶悪な魔道具を作り出せると思うか?海から発見された最初の魔道具は、もう五年近く前のものだ。私に作ることは不可能だ」


 もっとも、とリオ様は続ける。


「正当な教育を受けている者なら、分からないがな」


 それは第三王子を差している。

 アンドリュー王子が堪りかねたように叫ぶ。


「俺は知らない!魔法の才などない!みなが知っていることだろう」


 リオ様が侯爵に問う。


「ワグナー?」

「アンドリュー殿下は、魔法に関してよく学んで頂け、王族として問題なく魔法を使いこなすことが出来ます」


 貴族たちがざわめく。リオ様は続けて語る。


「フィリアに渡り、魔法使いたちに、一から魔法を学んだ。魔法に長けた血筋の者として、初めて才能が開花した。時間を掛け、魔法使いたちの助力を得て、発見した魔道具と同じようなものや、それを封印する魔道具を作り出した。私一人では出来なかったが、私がいなくては出来なかった。それほど、通常の人ではありえないほどの魔力を必要とした。作り出した私たちが一番に良く知っている。あれを作るには、王族に匹敵する魔力の持ち主にしか無理なのだと」


 真っ青な顔をしているアンドリュー王子に貴族たちの視線が注がれている。


「さて、私は帰国し、初めて王族の魔法教育と言うものを教えてもらった」

「私がお教えしました」


 ワグナー侯爵が頷く。


「開国の祖である魔法使いは、偉大であった。その理由を知る者はいるか?」


 リオ様は貴族たちを見回す。


「教科書にも載っている程度のものだ。宰相?」

「魔法を生み出したと……」

「そうだ。最初は、大切なものを守りたいと願う……癒しの力であったとあるな」


 一体何を……とざわめく。子供でも知っているような話だからだ。


「王族ならば、いつか、祖と同じように、新たな魔法を生み出せると期待され教育されるのだと知った。いいか、見ていろ」


 リオ様は突如懐から取り出したナイフで、まくり上げた腕を切り付けた。鮮血がしたたり落ちる。


「リオ様……!」

「大丈夫だ」


 リオ様はもう片方の手を傷口に宛てると、何かを呟く。そうすると、輝くような光が舞って、傷口が塞がっていく――。


「傷が塞がった!?」

「癒しの魔法か?」

「まさか!?」

「もう誰も使えないはず!」


 閉じていた瞳を開いて、リオ様は睨むように彼らを見つめた。


「これが私が王族である証だ。失われた魔法を再び蘇らせることが出来た。新たな魔法を創造出来る力だ。とはいえ、これが成しえたのは俺一人の力だけではなかった。力を借り、蘇らせたのは、己のみを治せる魔法だけだ」


 ここは魔法国家だ。

 魔法の才がある人ほど、圧倒的な才能に惹かれる。


 今会場の貴族らは皆リオ様を焦がれるように、崇拝するように見つめている――。

 このような力を持つ者を見たことがなかったからだ。開国の祖と同じ力を持つ者。現国王や、第三王子など、匹敵するほどもない能力。


「いいか、魔法を驕るな。これは諸刃の剣なのだ。良いものも悪いものも同じように生み出す。人殺しの兵器を生み出そうと思えば可能なのだ。もうお前たちも知っているだろう。あんなものを作られては、俺は、俺を育んだ愛する国のために、黙ってはいられない。俺は、国を守るために尽力しよう」


 リオ様は今は、この会場で太陽のようだ。

 神々しいような笑顔を彼らに向けている。


「シュリオン様……!」

「ああ!!」

「待ち望んだ王家の血が」

「癒しの魔法がついに」

「シュリオン様こそが後継ぎ!」


 会場の熱気にリオ様は目を向けてはいない。

 私を抱き寄せ、私の表情を窺っている。


「怪我をしないでくださいませ……」

「すまなかった」


 知らなかった。癒しの魔法まで使えるようになっていただなんて。

 この人はいつの間にか、どんどんと、たった一人で進化していってしまうのだ。


「エミリア」


 リオ様の小さな声に促されて私もフードを外す。


 誰だ?そう呟かれる声の中で小さく「マーガレット様?」と聞こえた。胸がぎゅっと締め付けられる。それは母の名前だ。私はきっと母の面影を残している。

 そして「エミリア」と呟く声も聞こえた。まさか、そう思いながら顔を向けると、金色の髪の美丈夫が食い入るように私を見つめていた。元婚約者のオーランド。どうしてこんなところに。高齢の貴族に付き合っている……?そうか、もう、婿入りして付き添いで来ている……?


 はっとして隣に視線を向けると、リオ様が私の視線を追うように彼を見ていた。


「そうか、彼か」

「あ、いえ……まぁ」


 リオ様の野生の勘みたいなの、いつも当たるのよね。


「彼女は、エミリア、被害にあったバートン領の伯爵家の一人娘であった」


 ざわめきが溢れる。バートン領?第一王子が亡くなった……あの、と。


「私の妻である」



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