23 決意
発見した魔道具を、大国フィリアが『懇意であったフォーガット領のために私的に調査し』、『偶然発見』、『魔道具を解析したところ恐ろしい効果があった』その旨は、公式に魔法国家ミーニアムに伝えらえた。
ミーニアムからは、調査したいので魔道具を引き渡すように要請があり、そこからしばらくやりとりが膠着、その間に、第三王子の母親である側妃の生家コーリース侯爵家が、他国と取引していた魔道具で、今回のものと同じ素材、技術が使われていることを調べ上げ、ミーニアムに通告。
ミーニアムでもやっとコーリース家の取り調べが行われ、イシュハル様がフィリアの代表として、魔道具を持ってミーニアムに向かうことになった。
「まずは僕が行く。シュリオンの安全を確保出来てから、正式に呼びよせる。まぁ~シュリオンは勝手に歩きまわってるんだろうけどね!」
リオ様はまだミーニアムから戻らない。
同行している魔法使いに移動魔法を得意とする人がいるから、普通に旅をするよりは早く帰れるはずなんだそうだ。
「大丈夫心配しないで。定期的に連絡は来てる。あいつらは無事だよ」
「えぇ……」
「あ」
ちょうど話題をしていたら、研究所に、魔法使いたちとともにリオ様が現れた。
この国を出たときと同じ旅装をしている。旅からそのままここに来たのだ。
「なんだ!入れ違いかよ」
「遅くなった。イシュハル。エミリア」
力強い笑顔で言った。
「リオ様おかえりなさいませ。お変わりはないですか?」
「変わりない。無事だ。イシュハル、エミリアを借りる」
「好きにして……。あと明日出るから。今日なら時間取れるから」
「分かった」
リオ様は私の手を引いて、「中庭に行こう」と言った。
ベンチに隣り合わせで座り込み、リオ様の話を聞く。
「国で根回しをしてきた。魔法使いたちのつては凄いな。王宮魔法使いたちも、魔法の大家たちも、その縁の者たちも……つまり、あの国の政に関わるような多くの者たちも、俺の支持に回ってくれた。彼らは魔法も使えなかった第二王子には関心など持っていないのかと思っていたが、そうではなかった。現状を良しとしていなくとも、どうすることも出来なかっただけなのだと知った」
リオ様が王子様の顔をしていた。国のことを考えている、思慮深く聡明な眼差し。
きっとこの人はもう、国に帰った自分の姿を思い浮かべているんだろう。
「良かったです。リオ様。彼らが裁かれたときこそ、望まれて国に戻れますね。リオ様が居るべき場所にです」
私の言葉に、リオ様は私をまっすぐに見つめた。表情の読めないその瞳に私だけを映す。
リオ様は戻られるとき、たった一人の世継ぎの王子になるのかもしれない。
平民の私ではその隣にいられないのであろう。
彼の目を見ていられなくて視線を落とすと、リオ様が私の両手を握りしめた。
見上げると、リオ様は困ったような表情を私に向けていた。
「エミリア。俺は、アンドリューを確実に落とす。そうすると他にはもう、争う相手はいなくなってしまう。いずれ次の王へと望まれる者になるだろう」
リオ様がなにをそんなにも苦しそうに言うのか、分からない。
「もう命を狙われることもありませんね」
「ああ、心配かけたな」
あの日魔の森で、放っておいたら死にそうだった姿を見ている。彼が守られ安全な場所で暮らせるというのなら、それ以上にいいことはない。
「だが……王子としての俺は一度死んでいるのだ。何も持たぬ者として生き、何を楽しいと思うか、何を喜びに思うか、今は、自分自身を知るただの男になった」
リオ様はただの男ではない。王になるように生まれた、素晴らしい人格の持ち主だと私は知っている。
「なんといえばいいのか……全てが腑に落ちたのだ」
リオ様は良い笑顔を浮かべて言う。
「生まれ持った責任も、先祖から引き継がれた力も、俺自身を望まれぬ境遇では、当然伸ばすことなど出来なかった。その環境の中にいた俺自身は、まるで決められたことのように苦しみ、足掻いていただけだったのだと知った。人はいつでもそう言うものなのかもしれない……それでも」
私をまっすぐに見つめている。
「望まれぬ立場に生まれたのも俺だ。何も出来なかった愚かな自分も俺だ。作られた舞台の上で踊らされるように生きていたのだとしても、敵意と殺意に苦しめられたのも、愛を知ったのも俺だ。抗えないものから抗おうとしていた俺自身を捨て、全てを受け入れる気持ちになったとき、俺は不思議な程……楽になった。立場に振り回され、感情に飲まれることすら、愛しいものに思えて来た。上手く言えないのだが。俺は俺でいいのだと思えたのだ」
エミリア、リオ様は私の名前を呼ぶ。
「国や民を守りたい気持ちは俺の中では変わっていない。だが、俺の望みは、君と、ずっと旅をすることだ。旅をするように生きることだ。知らぬことを学び、反省しながらも、喜びを育んでいくことだ。そうすることで俺自身も、より民の為になる人間になれるのだろう。そして、君の未来への不安と恐怖を消し去ることだ。エミリアを守れないならば、俺にはこの世界の誰も守ることは出来ないと知っている。国に戻ることに意味はない」
旅……?
唐突なその言葉に、驚いてしまう。
きっと、出会ったときの、最初のあの旅のことを言っているのだ。
「……楽しかったですね」
「ああ、そうだ。あんなにも喜びに溢れた日々を他に知らない。代えがたい時間も、大事な人も知ってしまった。エミリアを守りたいと願うのは今俺だけだが、国を守る替えなど多くいるのだと、俺は知っている」
そ、そんなことは全くないと思うけれど。
「受け入れてくれるならば、エミリアの隣に俺を居させて欲しい」
リオ様が私の手を胸の前で強く握り言った。
「愛してる。結婚して欲しい」
真剣な表情から気持ちが伝わって来て、ぶわりと涙が溢れてしまう。
「そんなことしたら帰れなくなるじゃないですか」
「共に戻ることも可能だ。バートン領は陰謀に巻き込まれた土地だ。爵位を戻すことも可能だろう。綺麗事だと言われようとも、罪には罰を、正当な権利は取り戻さねばならぬ。あるべき場所に戻るのだ。それが可能なところまで来た。俺たちが、その道を作ってきたのだから」
そうだ。彼は罪なき王子。
私は陰謀に巻き込まれた領地の娘。だけど……それはもうずっと前のことで。
「私は……ずっと学園で見下されてて……」
今更貴族になど戻れない。
「エミリアの能力は桁外れだよ。皆本当は分かっている。今回のことにも関わっている。実績を作ってから戻ってもいい」
「でも」
「愛せないというのなら諦める……だが、違うだろう?」
「……でも」
「世界で一番君が大切なんだ。君との約束が守れないならば、祖国での未来など必要ない。君が望まぬなら、国へは戻らない」
「リオ様……」
きっと彼の中には、未来の私の姿が見えている。
彼の隣に寄り添う私。国へ帰っても帰らなくても、家族になるだろう私。
一人ではなくなる……私。
泣きながら私は考える。
私も……新しい私の形を思い浮かべたい。
困難がありながらも、彼と共に歩む私。この先作るなら、そんな自分がいい。
「馬鹿、馬鹿です……」
本当の馬鹿は私なのかもしれない。
諦めたくなんかなかった。理想を、この厳しい世界の中で、実現させたい。
リオ様の胸に抱き着くと、リオ様はそうなんだよ、なんて笑いながら言う。
「エミリアは、俺に喜びと、愚かさを教えてくれた」
そう言いながら、私を抱きしめるリオ様に、
「リオ様が世界で一番好きです。どんな未来もあなたと一緒に居たいです」
そう告げると、さらに抱きしめる力が強くなった。
「この先、困難に苦しめられても、リオ様は一人じゃありません」
いつか言った同じ台詞を私が言うと、リオ様が「エミリアもだよ」と答えてくれた。
初めて出会ったときの旅は楽しかった。この先の旅は、もっともっと長く、きっと苦しい時もたくさんあるものになると思う。それでも。旅の道連れとして寄り添うように隣にありたいと思うのだ。
その夜、こじんまりとした結婚式を、挙げた。
リオ様に連絡を貰っていたイシュハル様がアリューシャ様と共に用意をしてくれていたのだ。
フィリアの伝統的な花嫁衣裳を着させてもらって、魔法研究所の仲間に見守られるだけの小さな式。
「披露宴は帰ってからやろうね!」
「盛大に行きましょうね」
イシュハル様よりアリューシャ様の方が張り切っている様子だった。
「ミーニアムでも、戻ることになったら挙げる。今日は、どうしても、俺たちがミーニアムに戻る前に、この国での式を済ませて置きたかった。急がせてすまない」
亡命が受け入れられているリオ様も、この国で働いている私も、この国の国民として認められている。
式を挙げ、国に届け出れば、正式な夫婦だ。
「エミリア、君を連れて帰るときは……妻としてだ」
この国で婚姻したとしても、それはこの国の民としての私たちであって、ミーニアムでは無効だ。
それでもそれは彼の意思。そして私の意思。
「愛してる……」
この日、初めて、リオ様は私に口づけを落とした。
大国の王子イシュハル様が間に入ってくれたおかげで、動かぬ証拠としてその魔道具の存在を明らかにすることが出来た。魔道具の制作、及び王太子の暗殺疑惑、またこれから他国を脅かしていく計画の疑惑までが表沙汰になって行った。
けれど、未だ第三王子アンドリューの関与は明らかにされていない。簡単には公に出来ないのかもしれない。ただ一人の世継ぎの王子である。
国への不信が高まる中、突如浮上したのは、追放された第二王子の存在だった。
コーリース家と共謀していたとして婚約者サファイア様のフローレンス家も取り調べられていた。その中で、第二王子を陥れた疑惑が出て来た。
すると、イシュハル様から件の魔道具を無効化することに貢献したのは、亡命していた元第二王子であることが伝えられる。
災害を食い止め、領地を救ったのは、追放されていた元王子だったのだ。
国を追われた後も、国に貢献するその姿に、元王子を望む声が大きくなっていく。彼こそが真の王族であると。
悲劇の王子は、汚名を正当に払拭し、国に戻ることを切望されたのだ。