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22 災害の地へ

 新しい魔道具が完成した。

 それは、おじいさまがかつて作っていた魔物除けの魔道具をより進化させた機能のものだ。


 私は開発に携わりながら、おじいさまが穏やかな瞳で語っていた言葉を少しずつ思い出した。


 『人が悪いんでも魔物が悪いんでもない。共存出来ないのが悪いのだ』


 おじいさまは、確かに、魔物の存在を危惧していた。それによって、悲しい未来が起こらないようにと、そんな思いがあったのかもしれない。


 新しい魔道具は、大きな布の間に、魔石を複数個編み込んだものだ。

 糸に魔法を加え、その布一枚で大きな封印効果を生む。これで包み込んでしまえばいいのだ。試しにリオ様を包み込んでみたけれど、見事に魔力を覆い隠してくれていた。


 フォーガット領にどのようなものが見つかるか分からないため、封印用の魔道具はいくつも作られた。

 それらを持ち、私たちは、現在被害に遭っている土地に向かうことになった。







 魔法研究所の魔法使いたちと共に被災地に向かった。


 移動の馬車の中、暗い表情をしている私を見かねたのか、二人の魔法使いが話しかけてくれた。リオ様と親しくしている魔法使いも多かったけれど、中でも、この二人は特別に見えた。


「エミリアさん、女性一人なのですから、無理はしないでくださいね」


 フランさんは、四十歳くらいの、灰色の長い髪をした細身の男性だ。優しくて賢くて、魔法に付いての知識がとても幅広い人。


「そうっすよ、フィリアの男なんてみんな筋肉馬鹿みたいなやつらばかりなんですから、遠慮しないで欲しいっす」


 エリックさんは、二十代の、フィリアで生まれ育った魔法使いだ。褐色の肌と短い金色の髪。とても元気そうな方。


 私とリオ様が親しいのを知っているのか、いつもとても気に掛けてくれている。


「ありがとうございます。大丈夫ですよ。これでも体力ありますから。でもなにかあったら言いますね」

「ほんと、エミリアさん、いいな~。足痛い、とか、脳筋デート、とか言わないし……」

「すいません、こいつ、最近彼女と別れたばかりで……」

「酷い。思い出す」

「ちなみに脳筋デートって、同日に海と山の両方行って全力で遊ぼうとしたそうですよ。なんの競技かって……」

「普通じゃん?」


 馬車の中、二人の会話を笑いながら聞いていると、いつの間にか別の人と話していたはずのリオ様が隣に来ていた。


「エミリア、大丈夫か?」

「リオ様……はい」


 ぴったり真横に座られて緊張する。


「エミリア、状況によっては俺はそのまま国に潜伏する」

「え……」


 驚いて見つめると、真剣な表情をしていた。本当なんだ。


「用を済ませたらフィリアにすぐに戻る。心配しないで待っていて欲しい」

「はい……」


 私を思いやってそう言ってくれているのを分かっている。けれど心配だ。心がぐらぐらと揺れる。彼の命を奪おうとする国に彼が残る。


「僕らも残りますから。必ずシュリオン様をお守りしますよ」

「俺も、でも俺たちだけじゃないっす。シュリオンに付いて、いずれはミーニアムに戻る気のやつも多いんすよ。俺は初めて行く国っすが」


 いつの間にか、遠い異国で、リオ様の味方が増えている。魔法使いたちに敬意を持って慕われる彼の姿は、今でも変わらず王子様のようだった。


「約束を守ってください」


 無理をしないで。生き延びて。


「ああ、必ず」


 リオ様はいつもと変わらない、太陽のような笑顔を私に向けた。








 灰色の暗い空。降り続ける雨。その景色は、かつて見慣れたものだった。


 今より幼かった私が見ていた、絶望と、悲しみに彩られた光景。それと同じものが今目の前に広がっている。胸が痛い。息が吸いこめない。リオ様が私の肩を強く抱きしめる。分かってる。今は一人じゃないんだ。フォーガット伯爵家に招かれ、私たちの調査は開始された。


 伯爵は、大勢の魔法使いの集団が来たことに驚いていた。けれど、私の父と同様酷く疲弊していた。どんなものにも縋りたい、そんな気持ちが見え隠れしている。私たちは歓迎され、調査に協力してくれた。


「では、さっそく山間部へと向かう」


 イシュハル様が指揮を執る。けれど指揮官としての同等の権利をリオ様にも与えていた。敵地で何があるか分からないからだ。

 馬車で移動し、山に入ると歩きになった。雨の中の移動は体力を消耗する。皆が気遣ってくれた。魔法使いたちが集まっていても、私たちには誰も、癒しの魔法を使える者はいない。回復や治療は出来ないのだ。それははるか昔に無くなってしまった魔法だから。


「顔色が悪いが。大丈夫か?エミリア」

「大丈夫です。リオ様」


 リオ様は髪色を変え、魔導士のローブを被り、そして、認識阻害の魔法を自分でかけている。

 国から逃亡していた魔法使いたちが使っていたという魔法。彼は今では色々な魔法を私より使いこなしている。本当なら、こんなにも魔法の才能がある人だったのに。国ではなにも才能を伸ばされることがなかった。人生の圧倒的な理不尽は、手を変え品を変え、目の前に存在している。


 雨が一層酷くなる。

 心が重い。だけど、隣にリオ様がいる。どんな時でも心折れないリオ様。それだけで、力を貰える。


「フォーガットとコーリースの領地の間にある山頂部の水源地帯で、魔物の研究をしていたのではないかと調査をしている」

「水源地帯……」

「そうだ。誰かが、雨を呼ぶ魔物がいることや、生態に気が付いた、もしくは予め知っていたのではないだろうかと。水源地帯にいるのがその魔物だけなのかも分からない。だがその魔物だけをおびき寄せ、移動させ、水害などを起こす術を研究して行った……」


 そこから魔道具開発に至ったのだろうか。


「雨を呼ぶ魔物ってなんでしょうね」


 今更そんなことを言ってみる。


「そうだな……本来は雨を呼ぶだけではないんだろうな」

「え?」

「水を好むだけなのではないか?最終的に海に多いのだろう?海に……水の多い場所に辿り着きたい、そこを生息地にしたい生き物なのではないか?」


 そんなことを考えたこともなかった。海を生息地にしたい!


「水や海からの魔力を好む魔物と言うことですか……?」

「そういう本能に動かされていることが否定できないとは思うが」


 それなら、山の上で生まれた魔物が、生まれた場所には戻れずに海を目指していることになる。


「……なんだか悲しいですね」

「そうだな。魔物が悪いわけではないんだ。決して」


 おじいさまの言葉を思い出す。共存できないことが悪いのだと。


「生まれてからずっと雨を降らせていたわけでもないだろう。生息地を離れて、帰りたいと願った結果なのではないだろうかと……俺は考えることがある」


 そう思うととても悲しいことだ。人によって無理やり、生まれた土地を離されてしまったことになる。大地から魔力の生まれてこない土地に連れて来られ、どうしたらいいのか分からなくなった子供のようだ。


「エミリア、見つけ次第、倒さなくてはならない」

「はい」


 共存できない。

 その事実がとても重い。

 魔物によって荒らされた土地では、もう人は生きて行けないのだ。


「感知、引っかかりません」

「そうか」


 前方での、イシュハル様と魔法使いの会話が聞こえる。


 魔法に長けた者ならば、強い魔力を感知する魔法を使える。私たちならば、ある程度の距離まで近づけば、探索魔法の一つを使い、魔道具の場所を探せるだろうと考えた。


「エミリアも、感知出来ないか?」

「まだありません」


 私は自分の領地で、人を探すことを繰り返した。感知魔法の使用に突出している。


 いつ崩れてもおかしくない危険な山を登っても見つけられない。

 降り続ける雨の中体力を消耗しながら歩き進むと、魔力感知に何かが引っかかる。


「感知あります。動いているので……魔物と思われます」

「なに?」


 私の言葉にみんなが驚く。


「あそこか」

「なにかいるな」

「肉眼で見えないものは、はじめて……だな」


 魔法感知を使用しているみんなが同じ場所を見つめている。魔法を使わなければいる場所も分からない。この魔物は恐らく、人間を襲っては来ないのだ。ただ雨を降らせる力だけを持つ。でもその雨が……帰りたい願いが生み出しているというのなら、まるで涙のようだと思う。


「攻撃していい」

「はい」


 イシュハル様の指示を受け、攻撃魔法に特化した魔法使いが川に雷撃魔法を放つ。

 何かに当たったようにキラキラと光が霧散していく。仲間たちが驚いている。


「魔物……だよな」

「襲ってこないなら、海の魔物と同じ種類のものなのか?」

「これで晴れるのだろうか」


 本来魔物などいるはずもない領地にいたことになる。


「魔道具は……ないな?」

「感知されません」

「ふむ」

「前方に、また一体魔物を感知」


 同じような魔物の痕跡を攻撃することを繰り返していると、下流に大きな反応があった。


「前方に複数感知。魔物か何かは分りません」

「複数?……ここか?了解した」


 目視では何も見つけられないその場所は増幅した水の溢れる川の中だった。


「確かに、なんだここは?」

「何匹いるんだ?反応が大きすぎる」

「ここにあるのかもしれません、イシュハル様」


 ある、というのは、目的の魔道具のことだ。

 イシュハル様がはぁ、とため息を吐く。


「どうしたもんかな。まずは魔物殺してから?」

「そうですね。いいですか?やっちゃって」

「お願い」


 魔法使いたちが雷撃魔法を川に投げると光がいくつも霧散していく。それを息を呑むようにして私たちは見守っていた。


「反応は?」

「動かない大きな反応が一点だけ。魔道具かもしれません」

「……深いな」

「とても潜れないよなぁ」

「雨が止んで川の流れが収まるのを待つか?」


 話し合っている人たちに私は提案する。


「川の流れを変えられます。リオ様のお力を借りれば出来ます」

「流れ……って?え~?」


 それは領地が水害に遭ったときに修得した魔法だ。一時、ほんの少し水の流れを変えられるようになった。ただ私の魔力だけでは長くは続けられない。けれど、リオ様の魔力を貸してもらえるのならば、きっと出来る。


「リオ様、魔力を私に注いでください。魔道具を作るときのように」

「ああ、分かった」


 リオ様と手を繋ぎ、注ぎ込まれた魔力を感じ取りながら、少しだけ川べりに水の流れない隙間を作っていく。「え」「まじか」「おお」「こんなことが出来るのか」周りが騒いでいるのが聞こえる。少し広がったところで、「あれか!」とイシュハル様が叫んだ。エリックさんが飛び降りて魔法で泥を掻き分けている。何かを拾い上げると、別の魔法使いたちに持ち上げられ戻って来た。


 川を元に戻し、倒れ込むとリオ様が支えてくれた。


「大丈夫か?エミリア」

「あ……はい……どうでした?」


 私の声に振り向いたイシュハル様が目の前に泥にまみれながらも光を発する、手のひらくらいの大きさの魔道具を見せてくれた。


「おそらくこれだろうな。回収出来なくなったのか、意図して放り込まれていたのか」

「無効化出来ますか?」


 イシュハル様は私の言葉に頷くと、無効化の魔道具にそれを包んだ。

 すると光がすうっと消え失せる。


「効いているな」

「そうですね……私の魔法感知からも消えました」

「魔物も消えていればいいのだが」

「まだ近くに居ます。殺してしまってもいいんですか?」

「ああ、もちろんだが。出来るのか?」

「おそらく。リオ様、また力を貸してもらえますか?」

「ああ」


 リオ様と手を繋ぎ、今度はリオ様の魔力を使って雷撃魔法を感知場所に向かって投げつけた。投げつけた場所がキラキラと光り出し魔力感知から対象が消えていく。


「おそらく死んだかと思われます」

「そうか。よくやった」


 仲間たちが「あ……」と、小さな声を上げだした。雲間から光が差し込み、雨が弱まっていったのだ。


「ははっこれはすごいな」


 イシュハル様が楽しそうに言う。

 光が大地を照らし出し、呪われたように雨が降っていた場所に光の筋をいくつも作りだしていく。まるで神々が降りて来そうな光景だった。


 リオ様はそんな光景を吸い込まれるように見つめている。


「こんなものを作り出した人間は……きっと神の怒りを買うのであろうな」


 ぽつりとそう言った。

 綺麗な景色だった。だけど、その景色は驚くほど残酷な人の所業が生み出している。


 私自身が、その人の一部だ。

 人々の暮らしの為に、ためらうことなく、魔物を殺した。魔物をおびき寄せたその国の民だ。


 どうしてこんなにも世界は悲しみに包まれている。

 涙を流していると、リオ様が私の頬に触れる。


「エミリア……泣くな」


 その指先が、私の涙を拭う。


「過去は消せない。だが未来の脅威は、俺が無くす」


 リオ様が、再会してからはずっと、私の家のかつての領地のこと言っていたのだとやっと知った。


「二度と、同じ恐怖を味わうことはない。エミリア」


 リオ様は、最初の約束からずっと、私との約束を守ろうとしてくれていたのだ。


「リオ様……」

「いや……今は泣いて良い。エミリア」


 リオ様が私を抱きしめる。


 私は考えていた。

 一度作り出したものは、この先同じようにまた違う誰かに作られてしまうものなのだ。

 その時に、今度こそは悲劇を生まぬ世界を作れたら良い。


 弱まる雨を顔に浴びながら、日差しを体に受けて、祈るように思う。


 お父様。お母様。

 ありがとうございます。二人が学ばせてくれたおかげで、私は今、知識を蓄え、魔法を使いこなせます。


 私を苦しめた物が分かっても、失ったものはもう戻ってこない。


 リオ様が私に言ってくれた言葉を考える。未来は変えて行ける。こんな残酷な出来事はもう二度と起こさせない。


 これで終わりじゃない。これから先の悲しい未来を減らせるように。私でも、少しでも役に立てればいいのにと思う。


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