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21 私の形

 魔法研究所の一員として、正式に仕事が始まった。


 仲間たちを紹介してもらう。

 フィリアの魔法研究所。一体どんな人たちが集まっているんだろうってずっと気になってた。


「初めまして~」

「宜しくね!」

「卒業したばかりなの?若い~」


 みんな明るかった。さすがフィリアに暮らす人たちだ。


 ミーニアム出身で、放浪してから辿り着いている人たちも多かった。魔法使いって、世界を旅するのが好きなのかしら。居心地いいからこの国に居ついちゃったんだって。

 この国出身の方もいて色々。まさに老若男女。魔法学校の人たちよりもずっと、好奇心旺盛で楽しそうに魔法を扱っている。


 私はここで、リオ様の下に付いて、封印用の魔道具の開発をする。


 今私が付けている、おじいさまが作った魔物除けと同じレベルの物は作れるんだって。

 でも、例の魔道具を無効化する規模のものは、やっぱりリオ様くらいの人じゃないと作れないんだろうって。

 だから主に、作り方を導き出すのと、素材集めと、実験と、サポートをする。


 途中まで開発されているところに私が加わったけれど、みなさん歓迎してくれた。父親や祖父世代の魔法使いの方が多かったけれど、孫のように可愛がってくれたし、良く教えてくれた。

 その上で私も、自分が知っている全部の知識を使って、役立ちたかった。


 毎日毎日、魔道具のことだけ考える。


 より良いものをみんなで作り上げようと、同じ目標を持っている人たちが集まっている。魔法への深い理解がある人たちに囲まれ、心から思ってることをぶつけ合い、討論しながら、全力を注ぎこんだ。


 そんな経験は生まれて初めてだった。

 充実した。びっくりした。こんなにも、何かに夢中になれるなんて思わなかった。


 やりがいがある、というものがこういうことなのだと、私は知っていく。

 私が生きて来て身に着けた常識も、学園で学んだ知識も、災害の時に培った知見も、死に物狂いで使えるようになった魔法も、全部が役に立つ知恵になった。


 リオ様やイシュハル様と知り合えたことさえも、全てが今の為にあったように思えた。


 頭も心も、やりたいことで満たされた。私の全力を継ぎ込める仕事がある。家に帰ってからも寝る間際までずっと開発のことを考え続けた。寝食を忘れそうになるたびにリオ様に心配された。


「夕食を食べに行こう、エミリア」


 ご飯を抜きそうになっているのを見抜かれて、リオ様に誘われた。


 その日私たちは、夕方の街を二人で歩いた。


「あまり無茶な生活を送ろうとするな」


 リオ様が苦笑して言った。


「はい……でも、役に立てることが嬉しくて」

「そうか。気持ちは俺にも分かるが。体を壊しては意味がない」

「はい、気を付けますね」


 何気なく歩いていて、手が、触れ合った。

 開発のことを考えていた頭が急にリオ様を意識してしまう。


「あ……」


 リオ様はそんな私を見下ろして。


「すまない」


 手が引っ込められて、なんだか寂しいな、そう感じていたら、リオ様が手を差し伸べた。


「違うな、謝るところではなかったか」


 リオ様の笑顔を見つめながら、とても自然に手を繋いでいた。


 綺麗な夕日が私たちを照らす。

 彼の手は温かい。太陽みたいな性格そのままだ。

 穏やかな気持ちだった。心が満たされていく。彼が教えてくれたぬくもりも、心に差してくれた光も、私は何も忘れていない。ずっとずっと、いつでも私の中にあるのだから。


「エミリア」


 誰もいない、夕日で真っ赤な街角。美しい景色に溶けるように、隣に立つリオ様。


「俺は、エミリアが好きだ」


 リオ様は笑顔で言った。


「この世界で一番、大切だ。エミリアほど綺麗な心と体を持つ者を知らない。きっと、そんな者にはもう出逢えない。どんな瞬間でも、君が一番美しくて、生きていてくれるだけで、この世界が掛け替えのないものに思えてくる。俺にとっての女性は、エミリアだけだ」


 リオ様の瞳には私が映っている。

 彼の感じとる私が。

 私はずっと――この人の瞳に映っている私が知りたかった。


「俺は、エミリアを心から愛している」


 リオ様の瞳に映る私。


「俺の唯一は、エミリアだけだ」


 彼の唯一。

 男性から、自分のただ一人の女性なのだと、心から訴えられている。


「分かっている、今の俺の立場では、何の約束も出来ないのだと。だが、もう、これ以上情けない男にはなりたくない。これから国へも帰るのだ。明日はどうなるのか分からない身。何も言わずに、また、ただ寂しがらせるようなことはしたくない。何があろうとも、俺が愛しているのはエミリアだけなのだと伝えておきたい」


 新しい私が形作られる。

 彼の瞳の中の私。

 男としての彼に、女としての私が求められている――。


 彼の中では、私は美しい唯一の女で、世界が掛け替えのないものに思えるほどだという。

 そんなことをはっきりと伝えられたのは初めてで、どうしようもなく戸惑う。


 本当なのかと、問いたくなってしまう。

 けれど彼の瞳を見れば分かる。彼の心からの言葉なのだ。


 誰かに、そんな風に思われたことなんてない。

 ましてや、世界で一番好きな人から、そんな風に思われたことなんて……。


「リオ様……」

「ああ」


 手は繋いだままだ。リオ様は泣きそうになっている私を、ただ微笑んで見下ろしている。


「私……嬉しいです、とても……」

「うん……」


 リオ様が破顔する。


「私、私も……リオ様が世界で一番好きです」


 以前の私なら、きっといろんなことを考えて、彼を拒絶していただろうと思う。

 だけど今私の心は不思議な程満たされていて、彼の気持ちが嬉しくて、私の気持ちも伝えたかった。


 私の台詞に彼が両腕で私を抱きしめる。

 彼の逞しい腕が、頭と背中に回される。大きな手が、私の形を確かめる。ずっと知らなかった……女としての私の形。

 そんなことを意識するのは、とても恥ずかしい。だけど同じくらい嬉しい。抑えられないような歓喜が体の底から湧き上がるみたいに。


 女としての自分なんて知らなかったのに。震えるほど嬉しい。まるで生まれてからずっと、知らずに求めていた形のように思えてくる。


「リオ様が生きていてくれて良かった。あなたがいるから、私は、今幸せを感じられるんです」


 そう言葉にしてみたら、ぽろりと涙が零れた。国外追放と言う名の処刑をされそうになった時のことをこの目で見て知っている。


「困難な中で、生きることを諦めないあなたの姿に……私も生きる気力を貰ったのです」


 片目を瞑っていた、苦しんでもがいていた、あの日の私は……確かにこの人に助けられた。


「リオ様が、好きです。まっすぐで、綺麗な心を持つ、あなただから……私の心は救われました。あなただけが……私の愛する人です」


 ぎゅっと彼の胸にしがみつく。


「無理しすぎないで。だけど、生き延びて。一緒に幸せになりたいです」


 心の中にある思いを一つずつ言葉にした。


「ああ、約束する。共に幸せになる未来を、俺は目指す」


 共に幸せになれる未来。これから先の未来に、一緒に居られるのか、まだ分からない。


 それでも、私は思ってしまう。

 この先の未来に私が知っていく形は、もう一人きりのものではないのかもしれない。


 私はたくさんの私を知った。

 色々な人が与えてくれた私も、最愛の人の中の私も、そして、私の中から溢れ出てくる、私自身で形作る自分自身もあるということも。


 私一人でも満たされるけれど、誰かといることで私は、違う私を知っていく。


 私とあなたの作っていく形。

 もしかしたらもっと違う形も増えていくのかもしれない。

 まだ何も考えられないけれど。


 それでも……。

 そんな未来がやってくることを想像するするだけで、幸福で泣いてしまう。


「あなたは私の太陽です」

「それは俺の台詞だな」


 夕日の中、笑い合って。

 私たちは、いつも通りの夕食を食べに出かけた。









 イシュハル様の離宮で、婚約者様を紹介してくれた。


「アリューシャでございます」


 色鮮やかなフィリアの民族衣装に身を包んだ可愛らしい女の子がご挨拶をしてくれた。

 もちもちの玉の肌、長い金髪、とても綺麗な子だ。


「ずっとお会いしたかったです、エミリア様」

「可愛いでしょ~?僕みたいなおじさんと付き合わされて気の毒なんだけどさぁ」


 イシュハル様の台詞に、アリューシャ様はむっとしたような顔をしてから、イシュハル様の胸を叩く。


「イシュハル様はお美しいし、おじさまではありません!」

「へへ~可愛いよねぇ」


 こんな……でれでれとしまくっているイシュハル様のお顔を私は見たことがなかった。

 私たち以外の誰かに心を許している姿すら見たことがないのに。蕩け切ったお顔をしている。


「仲が宜しいのですね」

「まぁねぇ、赤ちゃんの時から知ってるからね。僕にとっては一番の身内みたいなものかな」


 イシュハル様もお忙しい中、午後を一緒にお茶を飲みながらおしゃべりをして過ごした。


「この子に、幻滅されるような大人にはなりたくなくて、僕も頑張ろうと思うんだ~」


 ふと漏らししたイシュハル様の言葉に、彼の想いが詰まっている気がした。

 南の国の、穏やかで幸せなひととき。




 そしてその三日後、私たちはついに、魔法国家ミーニアムへと旅立ったのだ。



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