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20 イシュハル

 虚しい。虚しいな。


 僕の人生はそんな思いばかりだ。


 実際にそんなことを言ったら恵まれた生まれのくせにと非難されるだけだろうけど……でも生まれてからずっと……そんな思いを抱えている。


 僕の父親は、大国フィリアの王で、母親は十番目の側妃。十番だよ……。若くて綺麗な嫁を貰っただけなのに、たまたま早々に男子に恵まれて、しかも三番目で、微妙な立ち位置の僕と言う王子が育つことになった。


 僕の血はちょっと複雑だ。母親の家系を遡ると、積極的に他国と交流してきたせいか、諸外国の血が入り混じっている。さらに言うと、ミーニアムから王へと嫁いだ姫との混血の子が、嫁いで来てたりもする。


 フィリアでは混血は珍しくないけれど、だからこそ……薄れて来てしまった血を尊ぶように、王家の純粋な血への価値が高まってしまった。僕の雑多な血に価値なんてない。王家的には皆無に等しい。僕の血を残そうなんて考えることもないから、良いように使われるだけ。


「下賤な血が混じるお前は、大人しくしていろ」


 兄にも弟にも言われた台詞。下賤って、僕だって王子なのに……。


 けれど社交が得意で。どこでもうまくやれてしまって。

 公務としては人々には称賛されることも多いけど……どんなに凄いと言われようが、立派だと言われようが……。


 僕の心には、虚しい、と言う気持ちが湧き上がってくる。


 僕と言う人間には価値を求められていないのに、人々の思惑を満たしながら上手く振舞うだけでいいなんて、人はみんな自分の欲望を満たすことしか求めていないの?そんな風にも思えて来てしまう。


 けれどそれは自分も一緒。

 笑顔で人々の間を渡り歩くくらいしか、僕には出来ないし、確かに僕自身には価値なんて見出せてない。


 あー、虚しいな。






 魔法国家ミーニアムに留学した。

 ミーニアムは面倒くさい国だ。魔法を使えることを驕ってて他国を下に見ている。

 むしろフィリアなんて、そんなミーニアムを下に思ってるくらいだからお互い様なんだけど。そんで、どちらの血も引いている僕は、どちらの国でも下に見られる。ああ、虚しいー……。


 魔道具に就いての調査は進まない。学園には第二王子と第三王子が在学していた。仲良くなるのは容易かった。どちらかというと第二王子の方が偏屈そうで面倒だった。上辺だけの会話とかが出来なさそう。


 図書室にかわいい子がいた。

 話しかけたら、良い笑顔で本の話をしてくれた。僕が留学生だと分かると恐縮していたけど、裏表のない素敵な子で、秘密の友達だよ、と説得してみた。


 図書室の子と、第二王子の、魔力量が凄そうだな、と言うのはすぐに分かった。第三王子も悪くはないけど……だいぶ劣る。なんで分かるかというと、我が家は口伝で、幼い頃から魔法の教育がされていたのだ。他国に嫁いだ姫が始めたんだろう。それが代々引き継がれている。母親が僕にしたように、僕も誰かと手を繋ぐと、人の魔力量が少し感じられる。


「どうしたらお前のように人とうまく付き合えるのだろうか」


 第二王子のくせに社交に疎いヤツが言った。

 人生相談かよ!!

 そう思いつつも、こんなことを人に言えてしまうくらい根が素直ってことなんだ。どうしても憎めない。


「シュリオンは今のままでいいんじゃないかな~」

「どういう意味だ?」

「君はきっと、あんまり自分のことが客観的に分かっていないんだと思うよ」


 僕はずっと見て来たから、なんとなく気が付いてる。

 こいつは、他の人ほどには人目を気にせず生きていて、自分と言うものを持っているから、人の言葉で一喜一憂したり簡単に傷ついたりもしない。しっかりとした心を持ってる。基本的に心に穴が空いてないから、人を傷付けようともしないし、当たり前に尊重しようとする。それは自分自身にも向かってて、よく自分と向き合っている。


 僕とは全然違うその気質は、一体どこから来るんだろうとずっと考えていた。

 母親に愛されていたからだろうか?孤独な生い立ち故なのだろうか?発現していないとはいえ恵まれた才能を持っているせいなのだろうか?立場が弱いとは言え王子に生まれついたからだろうか?

 まぁ、たぶん、全部なんだろうけど。

 

 僕なんて人に合わせまくりで生きてるわけだけど、そんなことしたら、今のシュリオンじゃなくなっちゃうわけで。今の方が良いと思うんだけどな。


「俺はお前の、俺に足りぬものを持っている部分を尊敬している」


 だから~!素直過ぎるっていうの!

 僕は柄にもなく真っ赤になってしまう。

 あんまり好きじゃない僕自身を、こいつが本当に尊敬してるって知っている。それはすごくこそばゆい。


 そして図書室の君も。同じことを言った。


「イシュハル様は凄いです。皆さんに好かれていて……。誰にも真似出来ることではないです。私も大好きです。尊敬します」


 僕も大好きだよ~!親友としてだけど。僕にも婚約者がいるからね。まだ幼児だけど……とてもいい子なんだよ。

 二人が、僕を敬意の籠る瞳で見つめると、もしかしたら僕にも価値があるんじゃないかと思えてくる。

 だって確かに、二人は、僕みたいに上手くやれないだろう。二人とも社交にすごく疎い。でも自分を持ってる、そんなところが素敵だ。そんな二人が、僕を必要とする……。


 留学生活の間に、一言で言うと、僕はすごく元気をもらった。


 そりゃ僕にも足りない部分もあるけれど、それはみんなそうで、良い部分も足りない部分も併せ持っているのだ。そんな当たり前のことで、不必要に落ち込んだり自分を責めたりする必要はなくて、まぁつまり、僕も子供だったってことで。


 僕自身のことだけじゃなくて。

 小さな人間関係も、社会も、そういうものなんじゃないのかなって、思えてきたんだ。


 足りないものを責め続けるんじゃなくて、補い合えればいいんじゃないかな。

 力を与え合うことで、一人で出来なかったことが出来ていく。きっと、そういうものなんじゃないのかな。……いや、なんか偉そうなこと考えてるな。長い歴史の中で、人ってそういうものだったんだろうなってことに、僕がやっと気が付いたっていうのかな。


 気乗りのしない社交をするだけだと思って行った留学は、結果すごく楽しかった。

 一緒に居るだけで元気が出る親友が出来た。

 けれど二人とも将来が不安過ぎる。もう僕の国に来ちゃいなよ!会話の端々でフィリアをお勧めしておいたけど、まぁ、遠いからなぁ……。


 心配を残しながらも帰国して暫くすると、父王に呼び出される。

 留学生活のことを聞かれたから答えていたら、唐突に父は言った。


「いい笑顔で話す。イシュハル、お前変わったな」


 え……。


「ワシはお前に好かれていないのかと思っていた。そんな風な笑顔を向けられたことがなかったからな」

「そんなことないですけど……」


 え?そうだったっけ?

 僕父のこと嫌いだったっけ?……確かにあんまり好きじゃなかったかも?

 だって僕に似てるんだもん。皆にいい顔して、人の腹探るような会話をして、落ち着かなかった。

 なにこれ、同族嫌悪?


「良い留学になって良かったな。お前には、重荷を与えすぎていたのかもしれない」

「……」

「褒美をやる。欲しいものがあったら言え」


 こんな父親のような台詞を言うなんて。

 今までのような父親面してるだけの上辺の会話じゃない。僕が変わると、父も変わるのか……?


「では、留学先の親友たちが、この国に来た時には保護をお願いします」

「分かった。多少面倒ではあるが……お前の願い叶えよう」

「お願いします」


 僕は頭を下げて願い出て、そうして考える。

 僕はこの人が理想としている、目指そうとしている国の姿が嫌いじゃない。いろんな民族を受け入れながら、可能な限りの調和を目指そうとしている。

 純潔を重んじるような、そんな王家の有様さえ、疎んじているのを知っている。


「あなたは、僕の理想の王であり、尊敬すべき父親です」


 父は、笑顔を浮かべた。


「ワシはお前が可愛い。一番ワシに似ているからな」


 なんか僕、将来この人にそっくりになりそうなんだよな~。怖いなぁ。でもまぁ、それはそれでありかなぁ。

 自分のことを受け入れられるようになると、父のことも受け入れられるようになるんだな。

 この人も、いろんな苦労してきてるみたいだけど。いつか、もっとゆっくりと聞いてみたいな。







 帰国したら、婚約者が大きくなってる……。

 まだ七つだけど……。


「イシュハルさま、おかえりなさいませ」


 つやっつやの白い肌に金色の髪が腰まで伸びる美少女がお辞儀して迎えてくれる。

 この子が赤ちゃんの頃に婚約を交わし、僕としてはずっと「おじさんって呼ばれませんように」って祈りながら育ててる。もう親気分。でもまだおじさんとは呼ばれてない。


「イシュハルさま、お会いしたかったです」

「うん、僕も会いたかったよ~!」


 抱き上げて喜びを分かち合う。僕はこの子が大好きだ。全身で抱き着いて来て、好きだと伝えてくれる。大丈夫かな~。雛鳥みたいに親だと思ってないかな~。僕もまだ、自分の子供みたいに思ってるから人のこと言えないんだけど。


「大好きです、イシュハルさま」


 僕の心を見透かしたようにそんな台詞を言って、ふふふと笑ってしまう。


 僕はちょっと人の心が信じられないところがあって。この国で心から信じられると思えるのは、この子と母親くらいのものだった。だけど、今は親友も出来たし、父も信じられる気がする。


「僕も大好きだよ」


 赤子の頃に、この子の魔法の適性を見出し、それなりの身分のあるこの子を保護するのは簡単ではなく、保護する代わりに婚約者に据えた。

 この子にとっては可哀そうな運命になったのではないかとずっと不安を抱えている。

 いつか未来にこの子が望まなければ婚約など解消してやるつもりだ。

 だけど、会うたびに……めいいっぱい愛情を伝えてくれるから困ってしまう。

 もう少し大人になった君に会える日を、今は楽しみにしていよう。



 そのためには僕は、君が笑っていられる未来を作らなくちゃならない。


 シュリオン、エミリア、君たちと一緒に。


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