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2 卒業パーティー

 良い思い出の残らなかった学園生活だけど、食事はとても美味しかった。そうつまり、卒業パーティーに出れば夕食が食べられる……。


 こっそり食料も持ち出せるかもしれない。なにせ明日からは馬車の旅。いくつかパンを貰っておきたい。


 ホールの様子を窺うと、にぎやかな喧騒が聞こえて来た。学生たちのざわめきの声は、私には苦手なもの。憂鬱な気持ちになる。


 もう終わりかけの時間で、生徒たちは歓談に夢中のよう。目立たないように忍び込む。貴族子女たちの卒業パーティー。豪華なドレスに身を包んだ煌びやかな世界が広がっている。キラキラと眩しいその世界は、私を苦しめた象徴のようだ。


(だけど……これで最後)


 唯一の楽しみだった豪華な食事もこれで最後なのだから、と気を取り直す。

 制服で来ているのは私だけだったけれど、最後の夜、別れを惜しむ人々は私のことなど気に掛けてもいないみたい。卒業パーティーだ。シェフの渾身の料理だろうものは、どれも絶品の品ぞろえで食欲をそそる。


 こんな高級肉、もう二度と食べられることはないんだろうな……そんな気持ちで噛みしめていると、声が響いてきた。


「シュリオン、お前を拘束する!」


 ……?


 思わず皿を持ったまま声の方向を振り返る。人だかりの向こうで良く見えない。前方が見える場所に移動すると、この国で最上級に高貴な方々が集まっている。


 第二王子、第三王子、公爵や侯爵家の息子たち。

 私には雲の上過ぎて、一言の会話も交わしたことはない人たち。華やかで高級な服装に包まれている彼らは、今の私にはお芝居の中の人のように思えた。何かの舞台を演じているかのようだ。


 折角だから肉を摘まみながら事の成り行きを見守る。はぁ。最高級のハムだ。


「婚約者を陥れ、命を奪おうとした!」

「お前は、サファイア様に毒を盛り、さらには刺客を雇い命を狙わせた」

「そして俺にも毒を盛ろうとした計画があったとあるが」

「違う!!ふざけるな放せ!」

「黙れ!」


 状況が良く分からない。


 黒髪の体躯のいい第二王子が兵士たちに拘束されて跪いている。その前には金髪の美貌の第三王子と令息たちが立ちはだかり何かを読み上げているようだった。


 毒を盛られたサファイア様は確か第二王子の婚約者の方だ。

 拘束されている第二王子が、自分の婚約者を殺そうとしたと。そして警備兵とは違う、王家の白い制服の兵士たちがいるということはわざわざ赴いて来ていたってこと?


「……違う!!」


 第二王子の激しい怒りの含んだ声が会場に響き渡る。そう。これはまさに怒りなんだろう。

 顔を上げた第二王子の、ギラギラとした憎しみの籠る瞳を見てしまった。


「俺がサファイアに毒を盛ってなんになるというのだ!」


 ザワ……と会場にざわめきが溢れる。


「お前は、国外追放とする。これが罪状だ」

「違う……!!やっていない!謀ったな。アンドリュー!許さんぞ!」

「連れて行け。今夜中に向かえ」

「は!!」


 第二王子を兵士たちが引きずるように連れて行く。

 怒鳴る彼が会場から姿を消すと、やっとほっとしたような空気が戻って来た。第三王子がサファイア様の肩に手をかけ微笑み合っている。


 モグ……と肉を噛みしめながら、今見た光景を頭の中で反芻する。


 連れて行かれた第二王子のことは遠くからお見掛けして知っている。騎士科の成績ナンバー1だ。目付きが鋭くて、背が高く逞しい体格で、噂によると寡黙で剣技にも長けていて、とてもお強いと評判の方だ。ぱっと見のお姿は立派な体躯が大きくてちょっと怖そう。でも艶やかな黒髪と凛々しいお顔立ちが素敵だという……近くで見たことはないけれど。


 側妃であった母親が亡くなってからは立場が弱かったと聞く。第三王子の母親も側妃だけれど、富んでいる侯爵家の方で力がある。


「……恐ろしいわ」

「毒ねぇ……どちらが盛ったことなのだか」

「逆らうから」

「愚かね」


 小さな声とはいえ、学生たちのささやかれる声が止まらない。

 やはりまだ学生だからなんだろうか。夜会の大人たちなら言わないようなことまで言ってしまっているようだ。だからこそ伝わってくる。罪状をそのまま信じている人はいない。


「武芸などにうつつを抜かすから」

「剣など強くても」

「第三王子が勝ったのね」


 たぶん、それが皆の心の中の思いなんだろう。

 国の未来が決まったのだ。


 五年前、我が領地を窮地に追い込んだ天災は、この国の第一王子の命も奪った。

 それからは側妃の子供たちによる王太子争いが続いていたと聞く。人目が溢れる卒業パーティーなんかで罪状を突き付けたのは、ただのパフォーマンスなんだろう。王太子は一人しか必要がない。その座を脅かす優秀な存在を排除しなくてはならない。


「それにしても」

「国外追放なんて珍しいですわね」


 国外追放、とは死刑のほぼ暗喩。

 隣国との境界は魔物の出る魔の森の近くだ。そこに放り込んでくるのだ。生きて帰った者などいないと伝え聞く。


 魔物は悪い者を殺すと言う迷信がある。良い子にしていないと、悪い子は魔物に食べられてしまうぞ、と言われながら育つのだ。罪を犯した者が魔物に殺されるのならば、それは本人が悪いのだと、心情的に思わせる。


「追放して数日後に確認に行くって本当なのか?」

「噂が本当なのか分かりますね」

「まぁ、嫌だわ。そんな面白がって」

「ふふふ。楽しみですわね」


 会場に響く、甘いお菓子を食べているかのような軽いおしゃべりが、ざらざらと心を削って行く。

 私はもう、この国に何のしがらみもない『ただのひと』だから。


 ――嫌だな。


 そんな不快感が体に広がっていく。


「これでこの国も落ち着きますわね」

「良かったですわ」


 どうしてこんなにも、笑い声が気持ちが悪い。


 きっと誰も毒を盛ったなんて思っていない。だって力ある婚約者の家の援助をなくして第二王子が王太子になるなんて無理だ。わざわざ暗殺する理由なんてない。罪のない人が殺されていこうとしている。その命の終わりを嘲るように笑って見ている。


 死刑にするなら、それなりの手順を踏んで裁けばいい。なのにそれが出来ないからって、こんな、お芝居を見ているように終わらせようとするなんて。


 食欲を一気に失い、カチャリと皿を置く。


 嫌だ。どうしても嫌だ。


 じわりと涙が浮かびそうになって、気が付く。父母の死を思い出している。

 私を苦しめたあの時と同じだ。人々の嘲りの声は、どうしようもなく私を追い込み、息を殺させた。誰にも助けてもらえなかった。何もできないまま、自分の無力さに絶望し私はただ見送った。


 私は一人ぼっちで、まるで世界に殺されていくような気持ちになった。


「それではまた卒業後に会いましょう」

「ええお元気で」


 笑顔で別れの挨拶をする人たちの間を潜り抜ける。

 一瞬、遠くに元婚約者の姿を見かけた。オーランドがこちらを見ていた。視線が合うと逸らされる。そのまま囲んでいた人たちと会場を出て行ってしまった。何も言われなくてほっとする。


 人のいなくなったテーブルから日持ちしそうな食料をこっそり袋に入れて持ち出していく。


 そしてゴミ捨て場にも寄っていく。卒業を迎え、いらなくなった衣服を捨てていく人が多いのだ。目当てのものはすぐに見つかったので頂いていく。


 寮を出るために用意した馬車が来るのは明日の朝一。

 彼が連れて行かれたのは今晩。


 魔の森に連れて行かれると言うのは本当のことなんだろうか。そんなところに辿り着く前に殺されるのではないのか。だけどもしもそれが本当のことなのだとしたら。


 ――一晩、生きていてくれたら。


 私は、たまたま明日の朝、その国境を越えることになっているから。

 様子を見るくらいのことなら出来る。

 たとえ出来たとしても、する人など居ないのだろうけれど……だって真実殺人を犯そうとした人なのかもしれない。凶暴な人格で人を傷付けるのかもしれない。


 それでも、黙って見過ごすなんて私は嫌だった。


 私は、私を苦しめた人たちと、同じになんてなりたくなかった。ただそれだけの想いが、私を動かした。


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