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14 シュリオン(2)

 魔法国家ミーニアムの、王立魔法学園。

 そこは、主に王族や貴族子女たちに魔法を学ばせるための学園だ。

 稀に裕福な商人の子供が入学することもあるが、授業に付いて行けずに退学することが多い。魔法を使いこなすのは、血筋や幼少期からの教育も影響し、それほど難しいことなのだ。


 能力主義、ということは全くない。高位の貴族子息たちの能力などさほど変わらないからだ。家柄主義だろう。

 その生徒たちの頂点に立つのは、教師ではなく、身分が高い家柄の子供だ。

 身分だけは高く、立場の弱い俺の立ち位置は、敬意を払うけれど近寄らない、腫れ物扱いの王族だ。


 生徒たちに遠巻きにされている俺は、同じように生徒たちを観察していた。


 頂点に立つのは、アンドリュー、そしてその取り巻き、そこにサファイアまで入っていた。

 血筋だけではなく、幼い頃から各家門と親しく過ごしていた弟には圧倒的に味方が多かった。


 立ち位置だけではない。彼らの明確な思惑から、俺の存在自体が避けられ疎んじられる。


 しかし、騎士課は居心地が良かった。

 魔法教育と同じだけ、剣術などが学べる、騎士を目指す者たちの課だ。

 近衛を目指す者などはアンドリューの取り巻きもいて、権力を笠に着る者もいたが、その他の者たちは強さを尊ぶ傾向があり、思いの外慕われた。

 この俺にも、一般授業ではありえないほど声が掛けられる。


「どうしたらそれほど強くなれますか?」

「あの技はどうやったのです!?」


 苦笑する。俺には、幼い頃から体を鍛える自由くらいしかなかった。肉体の強さは誇れるが、それだけだ。兄さえも誉めた俺の剣術。けれど、それだけではダメなのだ。


 学園は、学びの場としては最適だったが、社交に疎い武骨者の俺には、弟ほどの取り巻きや派閥を作れない。サファイアや、女の取り巻きも多い。あの狂気の弟は、女には優しいのか、騙しているのか。

 遠くから気付かれないように……けれど明確な悪意を持った、クスクスとした集団の女どもの笑い声を向けられると、いつか感じた不快が甦る。

 

 女から見る俺と言う存在は、裕福な家の前で腹を空かせて鳴きわめく、負け犬のような、みっともない存在なのだろうと思う。







「南の蛮国では、このようなことも知らぬのだな」

「え~?」

「ふふふ。教えて差し上げて。魔法国家ではないもの。知らないのよ」

「優秀な私たちにはなんてことないことなのに」


 南の大国フィリアからの留学生が廊下の端で生徒たちに囲まれていた。人目に付きにくい暗い廊下の影で、数人の生徒が、赤髪の留学生を囲んでいる。

 どう見ても侮蔑の言葉を投げかけられているのに、留学生はヘラヘラと笑っていた。


 ……おいおい、他国の王子だぞ。さすがに国際問題は勘弁してくれ。


「……なんの話だ」


 日頃関わりのない魔法科の生徒に話しかけることなど珍しい。生徒たちは目を丸くして俺を見つめた。留学生もそうだ。女性のような顔立ちをしていた。中性的で、美しい。


「ごきげんよう殿下」


 震えるような生徒たちの声が響く。


「はじめまして~」


 留学生は笑顔で言う。緊張感がない。


「なんの話をしていたのだ」

「イシュハル様に質問されていたのでお答えしていたのです」

「授業の話をしていただけでございます」


 言い訳をする生徒を見下ろし、留学生に視線を向けると、彼は少しだけ笑った。笑いの意味が分からない。


「そうだよ~。教えてくれてありがとうね~。さぁさぁ、次の授業でしょ?いかなきゃ!」


 予鈴が鳴っている。


「もう行け」

「は、はい」


 足早に教室に戻っていく生徒を見送るが、留学生が笑みを浮かべたまま俺を見ていた。


「なんだ?」

「なるほどねぇ、と思って」


 うーん、と彼は考えるようにして言う。


「僕はフィリアの第三王子イシュハル。他国の血が多く混ざっていてね、この国の血も遠く混ざっているんだ。だから留学もさせられたわけなんだけど。国では純血が重んじられていてね、あまり立場は良くない感じで。君は似てるでしょ。ずっと気になってたんだよ」


 留学生はあけすけに、そんなこと言う。


「シュリオンだ。どういう意味だ?」

「ふふ。こんな人だったんだね。全然僕と違うや」


 楽しそうに笑い出し、呆気に取られる。似てる?違う?


「ねぇ、わざわざ反感買うの止めた方がいいよ。あんなことしても、いいことないから」

「……助けたつもりだが、それか」


 留学生は余計に笑い出す。


「人を助けてる場合じゃないでしょ。面白いなぁ」


 留学生……イシュハルとの交流は、彼が国に帰るまで二年続いた。

 彼は何が楽しいのか、俺を面白がって近寄ってきた。

 注意深く見ていると、彼は様々な会話から生徒たちの心を掴み、学園の中に溶け込んでいた。人に好かれ、囲まれている。俺とはまるで違った。彼がいると他の生徒まで寄ってくることがあった。


 時折彼は言った。「みんな一面だけ持ってるわけじゃないよ。ちゃんと知り合ったら、嫌いになれないでしょ」ヘラヘラとしているのに、真面目な目つきをする。「シュリオンもね。もっと知ってもらえるといいね」そして楽しそうに笑う。「ねぇ、紹介したい女の子いるんだけど、どう?」どこまで本気なのだか。


 彼の存在が、俺に及ぼした影響はとても大きい。

 俺の持たぬ彼の性質が、素直に足りぬものを学ばせてくれた。俺の孤立は、恵まれぬ環境だけではなかったのだ。俺の振る舞いでは、まるで望んで今の状況を生んでいたかのようだ。それでは笑われることもあるのだろう。特に女は群れるのだ。群れから弾かれる行動をしていては、見限るのだろう……サファイアのように。


 そんな心情を吐露しても、イシュハルは笑うだけだった。


「そう?僕は好きだけどね」


 彼のおかげもあり、人付き合いが柔らかくなった影響か、人目を集めないところでは俺は生徒に囲まれ出した。修練場を覗き見る女子が増えたときは面食らった。


「あれはいったいなんなんだ」

「この国はどうなってるんだろうね。まるで君の本質を覆い隠そうとしているみたいだよ」

「本質?なんだそれは」

「本当は僕よりずっとモテるってこと!」


 おかしそうに彼は笑う。

 俺が真実友だと思えたのは、彼だけだった。






 俺を支持する勢力の接触はそれなりに多かった。

 危険を冒してでも、国の未来を危惧し動こうとする者もいるのだ。

 休みの日や、長期休みのときは彼らと過ごした。俺一人では得られなかった知恵を授けられる。そして知らなかった過去の話を聞かせてくれた。


「あなた様がお生まれになったときに、魔法使いが言ったのです。王になる者が生まれたと」

「なんだと……?」


 予言がされていたというのか?誰が?いつ?母は知っていたのか?


「建国の祖と同じ資質の者が生まれたのだと言った魔法使いは、その場で処刑されました」

「……」

「広間で多くの者がいる前で言われたその台詞を聞いていたものは多かった。魔法使いは、もしかしたら聞かせるためにそんな場所で言ったのかもしれない。緘口令が敷かれたけれど、その場の出来事を見たものは忘れることなど出来ない。知っている者は多い」

「兄は知っていたのだろうか」

「恐らくは」


 それでも共に国を作ろうと言ったのか。


「なぜ彼がそんなことを言ったのかは誰にも分からない。けれど我らは、なんらかの資質を見抜いたのだろうと思っている。それは貴方を知るほどに確信している。破綻した人格を持つ他の王族とは違う」

「……だが」

「もしも我らが粛清されたときには、国外へ逃げなさい。生き延びていれば、血が残せる」


 彼らは覚悟を決めているようだった。


 彼らの協力もあり、宮廷の力関係も見えてくる。

 弟の背景にある侯爵家を筆頭に、王妃の生家である公爵家、そして王の側近である各家門らも結託している。

 体の弱い父王は、政務はされているが、しばらく表舞台に出て来ていない。弟が代理で行うことが増えて来ている。弟が王となるならば、盤石な後ろ盾の元、滞りなく即位出来そうであった。

 しかし……。

 思い悩んでいると、彼らが言う。


「これ以上、王に権力が集中する国家は駄目なのです。世界は大きく変わって行っているのに、この国は衰退に向かっている。弟君は……あまりに危うい。幾人の命が消えたか。なぜ彼らにそれが分からないのか」


 残忍な気質を持とうが、王の資質があると、支持している者は考えているのだろうか。もしくは、担ぎ上げる器が欲しいだけなのか。


「人々が安心して暮らせる国を求めているだけなのだ」

「だが、このままでは……」

「身分と貧富の差が増えていく一方だ」

「権力による支配をどうにかせねば」


 熱く語られる彼らの信念は、けれど俺の心を冷やしていく。

 俺の中にも、激情に駆られ、怒りに支配されそうな瞬間がある。けれど、だからこそ客観的であらねばならぬのだと、人の姿を見ることで教えられる。片側の強い感情が正しいことであることは少ないのだろう。また正しいだけが良い行いなのではないのだろう。様々な思いと思惑を汲んでいかなければならないのだ。


 冷静であれ。そう、俺は自分に課していく。

 そのためには、俺自身も律しなくてはならない。冷静にあるにはどうしたらいいのか。俺は考えた。そして実行することにした。甘えを無くす。私欲を抑え、驕りを自覚し、他者の意見に耳を貸すのだ。自分を客観的に判断することなど、口で言うほど、容易いことではないのだろう。


 しかし、そういう視点で見てみれば、今の国家の有様は、真逆なのだろう。

 一部の者が私腹を肥やし、長年享受してきた贅を自覚せず、現状が続くことを望む者が支配層の多くを占めているのだ。果たして、それでいいのか。それを自問したことすらあるのだろうか。


 けれど長い営みの中で、今の仕組みが善であった時があるのだ。非難するだけでは意味がない。不満を聞き入れ、改善点を模索し、折り合いを付け良い方向に舵を向けること。もっとも、それは簡単なことではなく、出来ている国家なら、不当な扱いを受ける王子など生まれてはいないのだろうが。






 騎士科の修練場にいると、珍しくイシュハルがやってきた。

 遠くから苦笑いする様子を見て、俺は訓練を中座して駆け寄った。


「……何があった!?」

「ねぇ、僕まだ何も言ってないんだけど。君の野生の勘みたいなのどうなってるの?」


 彼は「本能なのか?もしや魔法なの?」と、独り言のように続ける。


「茶化すな」

「弟くんの御乱心だよ。本当は教えたくないんだけど。後で怒られるの嫌だし」


 アンドリューが何かしでかしたのか。


「どこだ」

「食堂」


 駆け出した俺をイシュハルが「ま、待ってよ」と息を切らしながら追いかけてくる。





 食堂が血の惨状だった。

 ……嘘だろう。


 食堂をゆっくりと歩き進むと、多くの生徒たちの視線が俺に集まる。一様に青ざめた顔をしていて、恐ろしさのあまり身動きが出来なかったのだろうことが窺えた。

 シンと静まり返るそこは、誰も言葉を発していなかった。


 アンドリューは窓際の一席に座り、退屈そうに窓の外を眺めていた。アンドリューを囲むように数人の女生徒が震えながら座っていた。サファイアもいた。彼女は、言いたいことでもあるように俺を一瞥した。


 血だらけの学生が三人転がっているのは、アンドリューの座るテーブルの前だった。

 真っ赤に染まった顔は誰だかも分からない。一人の胸倉を掴んだ騎士科の学生が血濡れた拳を振り上げている。


「……止めろ!!」


 怒気を孕んだ声を上げる。学生相手に、弟はなんてことを。

 一度、息を呑む。冷静に。学生たちが俺を見つめている。


「何があった?答えるんだ」

 

 アンドリューは窓の外を見つめたままだ。

 拳を振り上げた学生を睨みつけ、答えを促す。


「彼らは粗相をしました」


 向けられた視線の先に、食事のプレートが転がっている。このテーブルに近い。落としたのか?だから何だ?意味が分からない。なぜいつもこんなくだらない理由なのだ?


 学生の傷を確認していく。息はある。意識を失っているだけか?だが打ちどころも分からない。早く手当しなければ。


「誰か手を貸してくれ」


 生徒は誰も動かない。

 一人を抱え上げ、食堂の出口まで来たところで、日頃交流のある騎士科の生徒が「僕らが連れていきますので、シュリオン様は……」そう言って食堂の中を見つめた。そうだ、このままにしておくわけにはいかない。他の生徒も彼らに任せた。


 足早に弟の前に戻ると言った。


「話がある、アンドリュー」


 返事をしない。しかし、こんなところで話は出来ないだろう。


「場所を移して話そう」


 アンドリューの腕を掴んで立ち上がらせる。


「来るんだ」


 アンドリューは掴まれた腕と俺を見つめてから、愉快そうに笑みを浮かべた。


「……遅いよ」

「何?」

「暴力を、振るったね?」

「は?」


 アンドリューは堪えきれないように笑いながら、取り巻きを見回す。


「捕まえて、教師に引き渡せ」

「何を言って……」


 取り巻きの騎士課の生徒たちが俺を取り押さえる。体を拘束される、そんなことは生まれてからでも初めてのことだった。なぜ従うのだ。彼らに罪があるわけではないが、だが。


「……不敬であるぞ!!」


 俺の台詞に拘束が強くなり、集まりだした教師たちが俺を連れて行く。

 遠くでイシュハルが、あーあ、とでも言っているかのような口ぶりをしている。

 個室で取り調べられてから、寮で待機するように言われる。その後、俺にのみ二週間の謹慎が言い渡された。


 食堂には多くの生徒が居た。アンドリューが罪のない生徒三人を暴行し、止めただけの俺が処罰されたのだ。一国の王子である、俺がだ。目撃者がいくらでもいる出来事でのこの結末に、俺の立場が決定付けられた。


 学園はこの社会の縮図。ここでの最高権力者は、アンドリューであり、誰も逆らえない。兄である俺でもだ。事実、俺の命には誰も従うことはない。

 その後イシュハルは国へ帰り、俺は卒業まで、さらに孤立していった。俺は、この国でなんの力もなかった。






 処刑されたという魔法使いに親しいものがいなかったか調べてもらったが、手がかりは得られなかった。

 何を持って彼はあんなことを言い残したのだろうか。

 本来王族ならば幼い頃から行われているはずの魔法教育が施されなかったことと関係があるのだろうか。魔法の才があったのだとしても、今となってはどうしようもない。俺の魔法は、学園でも下のレベルだ。


 イシュハルは学園を去るときに言い残していた。

「い~い?この国はかなりの身分社会で、君主が絶対なの!他の国はここまでじゃないの。君あんまり分かってないと思うよ。国から出られないなら、上から下までよ~く見ておくこと」

 その助言は、正しいものだったのだと、後々分かるのだが。





 騎士科を首席で卒業した後は、支持者が多く集まる軍部で実績を上げていくことになっていた。その矢先の出来事だった。突然の拘束。謂われなき罪状。国外追放と言う名の処刑。


 魔の森に放り込まれ、兵士たちが離れて行ったあとは死を覚悟した。

 どうして今も生きていられているのかが、正直分からない。弟もその後ろ盾も、俺を生かしておくわけなどないのだから。


 長い戦いが終わったのだと思っていた。奴隷として死んだのだと。


 なのに、その森で目を覚ました時俺の前には、小柄な女がいた。

 空色の瞳が、大きく見開かれ、俺を見ていた――。


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