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11 南の大国フィリア

 ついに南の大国フィリアに着いてしまった。


 暖かい陽気の国。にぎやかな音楽に溢れる南国情緒あふれる街に降り立ちながら、踏みしめる一歩一歩に、想像以上に寂しい気持ちになる。もうすぐお別れだ。


「俺は首都ラーリに向かう。エミリアはどうするんだ?」


 ラーリには王宮がある。リオ様はもしかしたらそこを目指すのだろうか。


「私もです。試験の手続きはそこで……」

「ならば馬車で向かおう」

「はい」


 最後の馬車の旅をした。

 道中、今までのように食事を一緒に楽しむ。新しい国の食事はいつも楽しい。フィリアの料理は、確かに味付けの濃いものが多かった。辛いものが多く、口に入れた瞬間顰められたリオ様の表情から、彼が激辛を好まないということを初めて知った。少し子供っぽく顔を赤くさせているリオ様を見て、まだまだいろんな表情をする人なんだなぁと思う。もっと知りたかった。たくさんの時間を友人として……過ごしてみたかったな。







 首都ラーリに着いた。街を見ただけで、その建築技術に圧倒された。色とりどりの装飾をほどこされた、清潔感溢れる美しい街並み。陽気な音楽。楽しそうな人々の笑顔。


 横に並ぶリオ様が言った。


「この国は魔法が使えない代わりに、知識を積み重ねた技術発達が優れているのだ」

「はい」

「近年、我らの国は災害に苦しんだ」

「はい……」

「風害対策の植林、水害対策の堤防や貯水池作り、災害時の人々の受け入れ先、これほど技術と意識が高い国を知らない」

「見習いたいですね」

「そうだ。魔法を使えることに驕り、他国を見下すばかりではなく、受け入れていかなければならぬのに……」


 リオ様は、時折思い出したように国を語ることがあった。

 彼の中の熱は、きっと何も消えていない。ああ、これから、彼はどうするのだろう。


「道中の風雨の対策は素晴らしいものばかりでした。私も天災を減らせるようなお手伝いをしたいです」

「そうだな。それは国にとっても、悲願だな」

「私にも何か出来るといいんですが……」


 何も出来なかったかつての自分に思いを馳せる。


「エミリア」

「はい?」


 リオ様の漆黒の瞳はまっすぐに私を映している。


「お前の自己評価の低さは、どこから来ているのだろうかと、ずっと思っていた」

「……え?」

「魔法を使いこなし、高度な知識を語り、どこでも生きて行けるほど強く、社交性を持っている。もっと自信を持っていい。エミリアは、これ以上ないほど人の役に立つ人間だ。助けられた俺が言うのだ、間違いない。お前を欲しがる職業など山のようにあるだろう。だからこそ、自分を卑下しすぎて、無理を重ねるような環境に身を置くな」


 それはこれからの生活への助言なのだと分かった。リオ様も別れを意識している。


「自分を大切に過ごせ。それでも、一人では駄目なときは、必ず俺が助ける」


 いつか言ってくれたリオ様の台詞を、また言ってくれた。

 もうお別れなのに。数年後お互い元気に生きてるかも分からないのに。だけどリオ様は本気で言っているのだろう。

 私は思わず笑ってしまうと、リオ様は困ったような表情をする。嬉しくて笑っているだなんて、分からないんだろうな。


「リオ様、今までありがとうございました。リオ様へのご恩、私の方こそ生涯忘れません」


 深く頭を下げた私に、リオ様が驚いている。


「何をまるで今生の別れのように言っている」


 お別れだからです。


「リオ様こそ、お忘れにならないでください。私こそ、友として、いつだってリオ様の悲しみに寄り添いましょう。未来にリオ様が恐ろしい目に遭うときには、手助けしましょう。どうかこの先困難に苦しめられても、一人ではないことを思い出してください」


 私が一人ではないように。彼も一人じゃない。

 国を追われても、悪人に仕立てられても、この国ですら受け入れてもらえなかったとしても、それでも。

 私だけはリオ様の味方だ。それはたった一つの、私の、今一番に大事に思う気持ち。


 リオ様の指先が私の頬に触れる。

 この距離感が友人のものなのか、私にはもう分からない。けれど彼が確認していく、私自身が、私は好きだ。


「エミリア、俺は、お前が笑っていられるように……」


 そこまで言って、リオ様は顔を上げた。

 驚くように私の後ろを見つめて、表情を固めた。


「やぁ」


 突然私の後ろから声が響いて、振り向くと背の高い、長い赤毛のくせ毛を背中まで垂らす青年が居た。線が細く、まるで女性のように美しい彼は、南国の鮮やかな色どりの軽装に身を包んでいる。顔を隠すように帽子を深く被っている。


 けれどそのお顔を私は知っている。彼は学園の留学生だった。


「イシュ……」


 イシュハル様はこの国の第三王子。優雅な姿からは想像が出来ないほどに一人で行動することが多かった。彼は、図書室に入り浸っていた私のところに良く現れた。ただ面白い本を教え合うだけの友人のような人だった。そう友人。彼は学園の底辺の私と秘密の友人になるのも楽しいだろう?そう言っていた。


「……」


 どう見てもお忍びのそのお姿に名前を言ってもいいのか悩んでから言葉を失っている私に、イシュハル様はにっこり笑った。


「二人とも久しぶりだね。一年ぶりだよね。元気だった?」

「お、お久しぶりです~~」


 懐かしくて泣きそうになりながらそう言うと、イシュハル様は楽しそうに笑った。

 ふふ、と少し嬉しそうに頬を染めるその優しそうな笑顔に、私は時が戻っていくのを感じる。社交的で話したら誰もが彼を好きになる魅力的な人。だけど私の前では子供みたいな笑顔を見せてくれた人。

 ただ一人、そう思うことすらおこがましいのに、友達のように思えていた人。


「二人ともだと?」


 リオ様が訝しんでいる。そうだ、リオ様は私たちがみな同級生だったことを知らない。


「ん?へ~?気付いてない?ね?」


 イシュハル様はウインクするように私を見つめた。イシュハル様は楽しそうだ。きっと、この状況すら面白いと思うんだろう。


「迎えに来たよ、我が友よ。仲が良いと思っていた二人が来てくれると思わなかった。良ければ二人とも私の離宮に案内するよ」

「あ、私はいいです。役所に行って簡易宿紹介してもらったりと、忙しいので!またお会いできたら嬉しいです。それでは!」

「え」


 イシュハル様が私を思って言ってくれているのは分かっていたけれど、お言葉に甘えられる身分ではないので振り切って逃げる。

 本当はもっとお話ししたいけれど……。リオ様と連れ立つイシュハル様の横に私までいるわけにいかない。


「待て、エミリア……!」


 リオ様の声が響く。

 振り返ると、よく見たらイシュハル様はたくさんの護衛に囲まれていた。

 走り去る私をイシュハル様は呆気に取られるように見ていたけれど、追いかけようとするリオ様をイシュハル様が止めていた。


 どうかお元気で。

 太陽みたいに、私の心を光で照らしてくれた人。


 イシュハル様にはまたお礼を言いたい。彼のおかげで、私はこの国の制度を知って、やってくることが出来たのだから。







 一人になった。

 異国で、たった一人きりで生活するということがどういうことなのか、私はやっと自覚した。

 役所で紹介してもらった安宿に泊まり、試験を受けることになった。

 知らない土地の知らない宿。知り合いなど誰もいない。朝起きてから寝るまで、買い物するくらいしか人と話すこともない。


 私は寂しさを知った。

 不思議だった。両親を亡くして、とっくの昔に一人ぼっちになっていたはずなのに、あの時感じた孤独とはまた違う思いが心に広がった。


 一緒にご飯が食べたい。話したい。おやすみとおはようを伝えたい。

 元気でいるのか、辛いことはないのか、聞きたい。


 ただ、会いたいと……感じている心が私の中にあった。

 知らない間に……私の心は思っていたよりも、リオ様に守られていたのだな、と知る。

 寂しさも感じず、嬉しさで心をいっぱいにさせ、慰められ、彼の言葉通り、旅の間確かに私の心は守られていた。


 少しだけ泣いた。

 花の祝福のお守りを握り締めて、私は毎晩願った。

 どうかリオ様が笑っていますように。彼の心にも光が差していますように。








 一月後無事に試験に合格し、宿から寮に住まいを移した。

 就職が決まった!安定した職業に就いて、一人で生きて行ける……こんなに嬉しいことはない。


 お父様お母様……そしておじい様おばあ様……私を助けてくれたすべてに感謝します。

 育ててくれてありがとうございます。みんなのおかげで仕事に就けました。


 リオ様にも伝えられたらいいのに……そう思うけれど、どこでどうしているのかも知らない。

 探す気もない。またいつかどこかで出会うことが出来たなら、その時は困っていることがないか聞いてみたいなと思う。


 その時こそ……私の方が彼に寄り添う番なのだ。

 そのためにも、私は、一人で立っていられる自分でいなくては駄目なんだ。


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