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1 没落令嬢と呼ばれるまで

短編の長編化です。

感想レビュー誤字報告をくれた皆様ありがとうございました!とても参考になりました。

 没落令嬢と呼ばれる学園生活は、どう言いつくろっても、みじめなものだったなと思う。

 私は学生生活の間に、伯爵家令嬢ではなく、平民になったのだ。





 子供の頃、降り注ぐ明るい日差しの下で遊ぶ私に両親はいつも言っていた。


「エミリアはお日様みたいな子だね」

「晴れた空のように綺麗な瞳よ」


 眩しいくらい平和なその光景の中で、花冠を作り終わった子供の私は彼らの頭の上にそれを乗せた。みんな笑顔だった。両親は、淡い金髪と空色の瞳を持つ私を晴れの日の子供のように接してくれていた。


 ぽつぽつと、雨が降り出した。

 それは今から五年前。

 豊かな自然と、農地と、咲き誇る花で溢れた領地に降り出した、いつもなら恵みの雨のはずのそれは、なぜだかいつまでも降りやまなかった。


 雨が降る。

 体を濡らし、ひんやりと熱を奪っていく。明るかった空が曇る。暗く、世界を染め上げて行く。領地も、両親も、私の心も灰色に染まる。災害に次ぐ災害に、費用を捻出出来なくなっていき、領地の運営が逼迫していく。


 二年に渡る、降り続く雨。溢れる川の水。山からの土砂災害。初めの頃に、不幸にも国の第一王子が災害に巻き込まれて亡くなった。国からの援助があるとはいえ、王子が亡くなった土地の領主への責任と風当たりは強い。


 やっと雨が止んだ頃には父は病気になっていて、母も弱っていく。


「学費は卒業まで払ってあるんだよ。君には魔法の特別な才がある。卒業資格は必ず助けになる。私の為にも卒業しなさい」


 長期休みで屋敷に帰ると、学校を辞めると言う私に父は言った。

 魔力量の多い私は、被災した領地を助けるために、自分に出来るどんな魔法も試していた。父はそれを見ていたのだ。


「君はおじいさまの才能を受け継いでいるよ。覚えているかい?民の暮らしを良くするためにと、色々な魔道具を発明してくれただろう?どんな小さな道具でも、残してくれたものは少しずつ生活を豊かにしてくれた。素敵だろう?きっと君にもおじいさまのようなことが出来るよ」


 そう言うと、父はおじいさまの作ったペンダント型をした魔道具を首にかけてくれた。


「僕らとおじいさまが、君を守ってることを忘れないでいなさい」


 それは魔物を寄せ付けないと言われている魔道具で、私が小さかった頃おじいさまが最後に作ったものだ。熱心に研究していたのを覚えている。笑顔で私の頭を撫でながら、幼い私に彼の知る魔法を教えてくれた、優しい人だった。


「君なら大丈夫だよ」


 その時父はもう、娘と会うのはこれが最後だと知っていたのかもしれない。


「エミリア、元気で学校生活頑張ってね」


 母も泣きながら私を抱きしめてくれた。

 張り裂けそうな胸の痛みを感じながら、何も出来ない子供の私は泣くしかなかった。

 学園に戻ると父はすぐに亡くなり、追うように母も逝った。相続手続きの中で、切迫した領地の状況を理解し、執事たちと相談しながら、最後には爵位を返上したのだ。


 それは、学園で没落令嬢と呼ばれた私のはじまり。


 あの日から心の中で、雨が降りやまない。曇り空が晴れない。

 葬儀の後涙は枯れたのに。

 ずっとずっと、雨が、降っている。







 学園には私の婚約者も居た。


「そのみすぼらしい身なりで、俺に近づくな」


 学園で再会した私に婚約者――オーランドはそう言った。


 オーランドは裕福な男爵家の令息で、我が家は資金援助を受けていた。

 金色の髪を長く伸ばした綺麗な容姿の婚約者だった。子供だった彼は我が家に遊びに来ては、明るい日差しの下で一緒に笑って遊んでくれていた。楽しかった。まだ恋とかは芽生える前だったけれど、大好きな友達のような人だった。会わなかったのはたったの一年足らずだったのに。優しかったはずの婚約者との仲は、すっかり冷え切っていた。


 オーランドは会うたびに、隣にいるのが恥ずかしい、と言った。決してみすぼらしいわけではないけれど……最新ではないドレスを着たやぼったい私を蔑んでいた。


「田舎育ちのお前と一緒にされたくない」


 ドレスだけでなく、令嬢たちと積極的に交流しない、社交的ではない性格も好きではないようだ。


「いいか、俺はお前と違って、社交を深め、人脈を広げるのに時間が足りないくらいなんだよ」


 私はただなんとなく、一緒に笑い合った子供時代が終わっていくのを感じていた。子供らしい遊びを一緒にしていた時代は終わって、大人たちのように体面を重んじ、集団の中で優位であるように動かなくてはいけないのだ。


 けれどその時の私にとっては、ドレスや令嬢たちとの交流どころではなかった。オーランドはそれを知っていても余計に、彼の人生のお荷物のように私のことを思っているようだった。


「お前との婚約を破棄させてもらう」


 そう言われたのは、入学して半年は過ぎた頃、爵位を返上する少し前。凍えるような瞳を向けられて、彼の中には欠片も私への情はもう残っていないのだと悟った。


 どうしてだか彼との婚約が学友たちに噂されてしまったときに、彼がみんなの前で言い放った。もともと彼にとっては本意ではない婚約で、もっといい条件の令嬢を見つけていたようだった。

 出会った頃は、キラキラと輝くような笑顔が綺麗だったのにな、と私はただ思っていた。また一つ太陽が消えていく。

 そうして、事実婚約は破棄された。いくばくかの慰謝料と、今までの援助の返済はしなくていいという条件で。


 我が領地は、金銭的にも父の病状的にも追い込まれていた。婚約者の心情に関わらず、うちとの縁を切るのは時間の問題だったのだろう。


「オーランド、今までありがとうございました。もうお守りはあげられないけれど……どうか体に気を付けてください」

「だからなんでお前は、そういう子供の遊びの延長を言うんだ。もういいんだよ、そういうのは」


 それから、没落令嬢と呼ばれ続けた卒業までの間は、針の筵だった。

 貴族が平民になる稀な出来事を、学生たちは遠巻きに見つめていた。同学年である元婚約者は蔑むような視線を投げてくるし、それに呼応するような貴族子女たちの嘲りの声は心を抉ってきた。


「みっともないわ」

「捨てられたのよ」

「良く通えるよ」

「恥を知らないのかしら」


 どれだけの声を聞いたか分からない。

 けれど挫けることも許されない。

 ただ魔法の勉強と研究に没頭した。何もかもを忘れられるように。半ば狂ったように学んでいたのかもしれない。人とは関わらないように過ごした。目立たないように。学園で学べる知識と、ただ卒業資格を得ることだけを目標に。


 けれどやっと――父との約束を胸に、どんな嫌がらせにも耐え、卒業する。


 寮の荷物は小さなトランク一つに詰め終わった。

 明日の朝には手配してある馬車で隣国を通って南の大国まで渡る。


(私はもうこの国に、何も持っていないんだわ)


 友人と言う友人も出来ず、大事な家族は亡くなり、唯一親しくしていた使用人たちも、手厚く書いた推薦状で新しい場所で働いている。


(思い残すことも何もない)


 魔法国家ミーニアムの魔法学校を卒業した私は、きっと新しい国でも仕事には困らないだろう。かの大国は、身分にかかわらず試験で役人を選ぶ制度があるらしい。とても素晴らしいことだ。きっと試験を受けさせてもらえるだろう。


(何も残らなかったけれど……未来だけは残ってる)


 天災に病気に死。


 人生は、抗うすべもないほどに圧倒的なものが、いつも大事なものを奪っていくばかり。助けと言う助けも得られなかった。それでも……。


(お父様お母様ありがとう……)


 真っ先に私の学費を払ってくれていた。まるで遺していくことを分かっていたかのように。治療費に使ってもらいたかったとも思う。その判断が間違っていたのかどうかは分からないけれど、愛があったことだけは確かだ。


 二度と逢うことは叶わない父に胸を張れるように、私は生きていきたいと思う。


 今夜は、最後の、卒業パーティーの日だ。

 

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