8.暗躍者
「あなたの髪って素敵よね」
「そうでしょうか?」
肩まで伸びた薄紅色の髪を梳かすフェネラを見ながらティルダが言った。
「あなたの雰囲気にぴったりよね」
「ベシュロムでは珍しい髪色だったので、自分だけが異質なようであまり好きではないのです」
「ベシュロムではどうか知らないけれど、シャゼルではその髪色は妖精の祝福を得られるという伝承があるのよ」
「本当ですか?」
母国ベシュロムでは妖精のいたずら扱いだった髪色に、そのような伝承があることは知らなかった。
「その髪色を持つ人間は、妖精にお願いをすると、一度だけ絶対に願いを叶えてもらえるらしいわよ」
「何度もお願いするのはダメなんですね?」
「あはは、そうよね。でも一度も叶わないよりは全然良くないかしら? 王様やお姫様でも叶えられないことはあるのだから、それよりも幸運なんじゃない?」
たった一度の絶対叶えてもらえるお願いって、かなり悩みそうだなとフェネラは思った。
人生の一大事にとって置こうとして、そのうちなんとなく一度も使わずに忘れてしまいそうだと言うフェネラに、ティルダは吹き出した。
「あの美形の領主様と良い仲になれるようにとは願わないの?」
ティルダにそうからかわれて、フェネラは焦りながら否定した。
「あなたはまだ若いんだから、ここを出て幸せにならないとダメよ。ここぞって言う時に、ちゃんと願いなさいよ」
ティルダはそう念を押した。
フレデリクがかつて自分に求婚した相手であり、自分はそれを断わった人間であることをティルダは知らない。
もしもそれを知っていたとしたら、彼女は同じことを言ってくれるのだろうか?
夫になるはずだったポールの求婚も、ほんの2ヶ月あまりで呆気なく覆されてしまったように、人の心変わりはそんなにも早いものなのか、まだ本格的な恋を知らないフェネラには到底理解できなかった。
それよりも、ずっと気になっていたのは、アルマが破談の際に漏らした一言だった。
『だって最初から本当に結婚するつもりなんてなかったのでしょ』
ポールへ放ったその言葉、あれはどういうことなのだろうか。
はじめから破談ありきで私に求婚したということなのか?
それは一体なんのために?
これは勝手な憶測でしかないけれど、王女殿下の側近によるものなのではないかという疑念が浮かんで来る。
さすがに当時15歳だった殿下が直接命令したことではないと思う。
殿下自身は預かり知らぬところで、私をフレデリク様から遠ざけるために側近達が仕組んだことなのでは。
その目的のためにポールが側近から求婚するように頼まれていたとしたら?
もしもそうであるならば、私に一目惚れした話しもでっち上げに過ぎないのだろう。
会った覚えのない私のこの髪色も、側近から情報を得ていれば知っていても不思議ではない。
はじめから用意してあったかのような慰謝料などもそうだ。
それならば全て辻褄が合う。
自分は側近達の望んだ方向、意図した方向へ誘導されたのではないか。
王女殿下の恋にとって有利になるように。
それはあり得ることだ。
側近による忖度によって、ポールを使って縁談を持ちかけた可能性は高い。
だとしたら納得が行く。
公爵家は元々王家の親戚でもあるのだから、その分繋がりも強く、高位貴族として権力も絶大だ。王宮内の派閥争いとしてもモンターク公爵家との繋がりは死守したいというところなのは理解の範囲内だ。
公爵家の動きは、王家には筒抜けで、いち早くモンターク公爵家の動向を察知して、フレデリク様の求婚への横槍を入れたというのが、自分へのボーモン家からの縁談ということなのだろう。
それが事実ならば、恐らくアンジェリーナ殿下が無事に嫁ぐまでは、私のことも監視されているのではないか?
破談になってボーモン家を出た後も自分は王家から監視されているのかもしれない。
証拠はないけれど、フェネラはそんな気がしてならない。
ベシュロムへすぐ帰国しなかったことは正しい判断だったと思いたい。
ポールと結婚させるためではなく、ベシュロムから私を出国させることが本当の目的なのだとしたら、それは嫁ぐという見せかけだけの実質は国外追放ということなのではないだろうか。
自分はその罠にはまったのかもしれない。
本音と建前を使い分け、裏表を駆使する実に王侯貴族らしいやり方だと思う。
王族を護る方々はそこまでするものなのだ。
当分国には戻れないかもしれない。下手に帰国して自分の家族達を危険に晒すことは避けないとならない。
王宮へ行儀見習いなどに上がらなければ、巻き込まれずに済んだのだろうか?
そんなことを言ってももう取り返しはつかない。
帰国せずに側近達を刺激すること無く、このまま修道院生活を続ける方が安全だとフェネラは感じているのだった。




