2.王宮侍女
学園を卒業すると、18歳のフェネラ·モールは王宮へ侍女見習いに上がった。
貴族でも裕福な部類に入るモール伯爵家では令嬢が自ら働く必要はなかったが、結婚するまでの間の行儀見習いとして父らに勧められたからだ。
フェネラが見習いとして登城してすぐ、回廊でアンジェリーナ王女のお通りに出くわした。フェネラ達侍女らはサッと道を空け臣下の礼をとりつつ控えていた最中にそれは起きた。
王宮内の派閥争いによる刃傷沙汰だった。
剣で斬り合う者たちの間隙を抜けて投げ込まれた物体が、小さな白煙を上げながら王女の傍に落下し破裂音を上げた。
剣で応酬していた護衛騎士達よりも王女の近くにたまたまいたフェネラが咄嗟に身を挺して王女を庇った。
「王女殿下、お怪我は?」
「大丈夫、わたくしはなんともなくてよ」
少し怯えてはいるが、年若い王女は気丈に微笑んで見せた。
「モール嬢、あなたこそお怪我は」
護衛騎士らに王女と共に抱きかかえられ、急ぎ医務室へ運び込まれた。
幸い王女は無傷、フェネラも軽傷で傷跡が残るような怪我は負わずに済んだのではあるが、先程から手当ての終わったフェネラへの護衛騎士らの視線を感じてタジタジとなっていた。
「も、申し訳ありません、私、あの、何かやらかしてしまったのでしょうか?」
「いえいえ、なかなか勇敢な侍女殿で、王女殿下は心強いですね」
騎士達はにこやかに応えた。
この件が元で王女からも見込まれ、侍女見習いから専属侍女に抜擢されることになった。一番驚いていたのは当のフェネラだった。
それから王女付き侍女として必死に業務をこなして行った。
だが、それから半年もしないうちに予想外の縁談がフェネラのもとへ舞い込み、折角の侍女職を辞さねばならなくなった。
王女殿下への退職の挨拶とともに、3つ歳下の若い彼女へフェネラは私的な贈り物をした。
それは隣国で最近評判になっている恋の成就のための御守りだった。
一見して御守りとはわからない、精緻なレース編みを基盤にした装飾品と見分けのつかないのものだった。お洒落にうるさい王女殿下は気に入って下さったようだ。
「取り立てていただきましたのに、突然辞することになり大変申し訳ございません」
「隣国へ嫁ぐのでは仕方ないものね」
「王女殿下の想いも成就なさいますよう異国の地よりお祈り申し上げます」
王女は意中の相手をチラリと見やると頬を染めた。
その相手はモンターク公爵家の次男である王女専属の護衛騎士フレデリクで、その美しい風貌から女性からの人気は凄まじい。
金髪碧眼の王子然とした風貌な上、しかも品行方正で浮いた噂のない身持ちの堅さから、侍女仲間達からも黄色い声と熱視線が日々送られている人物だ。
侍女見習いに上がるまで、フェネラはその人物の存在を知らなかった。
神経を磨り減らされる社交界が好きではないフェネラは2年前の社交界デビュー以来、学業を優先するという言い訳から夜会にはあまり参加していなかったからだ。
フェネラにとってその護衛騎士はまさに雲の上の人であり、恋愛の対象にすら入らない、華やかで美しい王女と並び立つ姿など単に眼福であるだけであった。
周囲もこれ以上お似合いの二人はいないと、王女の最も有力な結婚相手候補と噂されていた。
実際専属侍女として王女の傍で仕えてみると、王女殿下が本気で熱を上げている相手であることは疑いの余地は無く、もはや自分の視界に入っても、彼が美丈夫なんて当たり前で感嘆すらも控えるようになった。
しかも、その護衛騎士からはフェネラはどうも避けられているように感じていたのだ。
目が合えばサッと視線を外され、挨拶も極めて義務的なのものでしかなかったので、ああ自分は嫌われているのかもしれないなと思っていた。
王女殿下を身を挺して庇ったのは自分を売り込むためにわざとやったのだろう、浅ましい売名行為だと陰口を叩く者は侍女や騎士にもいまだにいたため、公爵令息にもそのような目で見られているのかもしれなかった。
それはそれで、ご令嬢方からは恋のライバルとは誤解されなくて済むので好都合でもあった。フェネラはただひたすら、主である王女殿下の恋が成就するのを見届けたいと思っていただけなのだ。
そんな時、フェネラは全く面識のない隣国からの留学生であった貴族から突然求婚された。
時を同じくして、なんとその護衛騎士からもフェネラに対して書状で求婚されることになろうとは夢にも思ってはいなかった。




