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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

強すぎることが理由で追放された魔法使いは、仲間の迎えが来るまで自由に過ごすようです

作者: sirasaka

「というわけで、みんな、お疲れさま!」

「お疲れー!」

「お疲れっスー!!」

「……お疲れ」

「お疲れ様なのです!」


 ガシャンと五つのジョッキが重なる音と共に、お互いを労う言葉が次々と飛ぶ。俺ことノルン=イズルハがこのパーティーに加入してから早いもので半年が経とうとしている。彼らは俺たちが住んでいるエルドランド随一の力を持つと称されているS級冒険者パーティー『ギルツ』のメンバーであるだけにかなり強い。


 今回俺たちが受けた依頼は国の外れにあるゲデル山脈に住まうとされる龍の討伐。辿り着くまでに要した期間が一ヶ月もかかったものの、実際の戦闘は数分で片が付いてしまった。準備の方が何倍も時間がかかるとはどうしたものか。早く終わるに越したことはないんだが、それから帰ってくるだけでも丸々一月を要したのだから不便なものである。運送龍でも寄越してくれればそれだけ早く帰れることもできるのだが、国が資金をケチりにケチった結果、俺たちは徒歩での往復となった。


 まあ、お詫びも兼ねての報奨金としてはそれなりの額を貰う予定なのだからわざわざ文句を言うつもりはない。今日は俺たちの拠り所にしているなじみの酒場「ルトラス」にて祝勝会を開催している。周りの連中もそれぞれ何かしらの依頼を達成した連中が多いのかいつもよりも騒がしい気もする。


「ギルドの連中が言うには後でメインの報酬とは別に特別ボーナスが付与されるってよ。あれだけの素材を出したらそれこそギルドの連中からしてみればありがたいに決まってるさ」


 グビっとジョッキに注がれた酒を飲みながら呟くのはパーティーで盾役を担当しているケルン。彼は俺たちの前線を引き受けている一人だ。今回の戦闘においてはあまり大した活躍をしてはいないが、彼の長所はなんと言っても作る飯が上手いところだ。ただそれだけかよと思う奴もいるだろう。しかし、目的のために徒歩で一ヶ月も費やす中で俺たちの日々の娯楽に町で楽しめるものは一つもない。となると、当然、俺たちの楽しみは日々の食事であり、料理だ。そのため、調理の難しいモンスターの下ごしらえを始めとする作業を得意にしているメンバーがいるのは心強い事この上ない。


「けど、ホントに大きかったねー、エリンたちが倒したドラゴン。あれって、噂に聞く古龍なんでしょ?」


 そうやって全員の顔をチラチラ見ているのは回復師のエリン。どこからどうみてもまだ十代前半のよような見た目なのだが、実年齢は既に二十代を超えている。彼女の年齢に触れてはならないとケルンがこっそり教えてくれたため、詳しいことについては俺も良く知らない。おそらく彼女のことについて詳しく知っているのはリーダーくらいだろう。


 今回討伐したモンスターは大型の古龍。龍にも色々と種類があるが、その中でも古龍は他の種族を凌駕する程の圧倒的な強さを誇っていることで知られている。その理由としては育った年月が大きな要因だろう。大抵の龍が百年ほどで知られているのに対して古龍の連中は最低でも数千年もの長寿である。とある生物学者が報告した内容によると生まれてから一万年近くの個体も確認されていることから同じ龍であっても個体差が非常にある。そして俺たちが倒した個体は体格などを見る限り、推定五千歳といったところか。特に全身揃えての討伐になったため、今後生活に困らない程の報酬はくだらないはずだ。


「ああ。まさかあれほど大きいなんてな。話に聞くより実際に目にしないとわからないもんだな。予想していた十倍の迫力はあったな」

「ほんとね。苦戦すると思ってたんだけど、やっぱりあたしたちの敵じゃなかったみたい」


 チビチビと酒を飲んでいるのは二人目の回復師であるマリ―ン。基本的にパーティーにおいて役職が被ることはない。なぜなら無暗に人員を増やしたところで目的が達成できるわけではないからだ。出来る限り最小の人数で行動した方が経費も少なくて済む。だが、俺たちのパーティーはリーダーの強い意向で回復師を二人置くようにしている。ハーレム状態を築きたいなどという個人的なやましい理由によるものではなく、パーティー内に回復役は多い方が何かと得をするからだ。


 例えば治療が必要な人間が複数居た場合には一度に手当をすることは難しい。他にも戦闘が長引くにつれて魔力を消費するため、一人の魔力が尽きてしまうともはや回復役がいなくなってしまうため、二人体勢にした方がいいという合理的な考えでメンバに含めている。


 酒が苦手な彼女も今日くらいは付き合ってくれるのだろう。既に顔は酔っぱらいを具現化したかのように出来上がっているが、本人的にはまだまだいけるといった感じなのだろう。


「正しくはオルンの敵じゃないだな。ギルド長のリブラさんがえらく喜んでたな。討伐してくれたおかげで山の周辺に住んでる人達から感謝の言葉が止まらないらしい。まあ、あの山の周辺に住み人間からしてみればあいつの恐怖に怯える必要がなくなったんだからそれもそうか。ともかく、感謝されるくらいのモンスターを討伐したんだからな。やりがいがあるってもんだな」


 そう言うのは『ギルツ』のリーダーを勤めているべリウス=ロット。生まれつきの赤毛による短髪は彼の熱血さを表現するにはもってこいだ。一人一人の適性を考えて業務を割り振るだけでなく、本人の戦闘能力もある。まさに冒険者パーティーのリーダーを勤めるには相応しい人間だ。


 ちなみに俺はこの中で戦闘要員として最前線で戦っている。始めはケルンが最前線であったのだが、腕を失ったら料理ができなくなると駄々をこねた彼に対して「なら、俺が代わりに前線にいこうか?」と提案したことがきっかけである。もっとも、既に俺の力を目の当たりにしていたべリウスから文句が出ることはなく、承認となった経緯がある。べリウスからまじまじと褒められることがなんだか恥ずかしくなる。


 彼はいい意味で真っすぐなんだよなあ。思ったことを直ぐに口にするような性格だが、人望もあって顔も広い。こういった奴がいずれ英雄と呼ばれるようなことを達成するのだろう。いや、そうなってほしいものだ。


「よせよ。俺一人の力じゃないさ」

「そう謙遜するなって。俺たち全員オルンの力は認めてるんだからさ」


 うんうんと頷く四人。褒められるのは決して悪いものじゃない。なにしろ俺の活動が全員に認められているのが目に見えてわかるからだ。戦いの時には苦労や労いの言葉をかける余裕などないため、身体中に沁みわたる。


「はいお待ち。あんたらいつもありがとね」

「お、来たな」


 出来立てほやほやの料理を運んできた人はこの店の責任者であるフミナ=マイタン。いつ立てかけたか分からないほど風化している看板からは想像できないような高品質を低価格で実現できているのはこの国で俺の知る限りここくらいだ。


 品質だけでなく味も超一流で、ウチの料理担当のケルンからもお墨付きだ。そういったこともあって、この店は常連の客でいつも賑わっている。まあ、隠れた名店ってやつだな。この町に始めて来た連中には見つけることができないだろう。


「客が噂してたよ。あんたら、何やら大きな事を達成したんだって?」


 さすが、情報を集めるなら酒場に行けとはよく言ったもんだ。もう俺たちの功績が知れ渡っている。まだギルドにしか報告していないというのに、おそらく俺たちが訪れた際に、一緒にギルド内にいた連中の誰かが言い広めたのだろう。


「ええ。俺たちのパーティーにオルンがいたおかげですよ」


 そう言って俺の肩を軽く叩くべリウス。あまり苦労してないというのは黙っておいた方がいいな。まさか一撃で仕留めることになるなんて、あいつを倒した俺ですら驚いたくらいだ。


「へえ、オルン。あんた、見かけによらずやるじゃないか」

「活躍したのは俺だけじゃないですよ。ここにいるメンバーが一人でも欠けたら成功してないに決まってます」

「と本人は言ってるけど? リーダーさん?」

「謙遜してるだけですよ。ああそうだ、フミナさん。この新メニューってやつを追加で」

「あいよ。そうだ、あんたら。あたしからのサービスで今日はお代払わなくていいからね」

「え?」


 店主のフミナさんからの提案に思わず目を瞠る。驚いたのは俺だけじゃない。食事にありつく五人全員だ。


「あんたらの噂を聞きつけた人間が近場の宿屋の予約をしてるらしくてね。うちも恩恵を受けて明日から大盛況になる。物凄い黒字さ。冒険者効果ってやつかね」

「そんなに影響があったんですか?」

「そうさ。もう何年もないくらいの凄まじい効果だね。まあ、古龍を討伐するだなんてエルドランドはおろか世界からしても凄まじい功績ってことなんだろ?」

「さっすが。情報を仕入れるのが早いなフミナさん。どうだい? 俺と今夜一服でも――」

「悪いけどお断りだね。あたしに手を出すのは十年早いよ」


 壁にフミナさんを押しつけ、ジョッキの酒を口に含めるケルン。かなり出来上がっているようだ。元々女好きな性格が酔ったことでさらに拍車がかかってる。


「そんなこと言わないでさ。正直になった方がいいって――痛ってえ!」


 酒飲み場で店主を口説こうとしているケルンの横から杖が飛んできた。エリンが武器として使っている杖であり、本人がステッキちゃんと呼んでいるモノである。


「え、エリン。お前……」


 その言葉を最後にバタリとその場にケルンが倒れた。白目をむいて気絶している。周りの常連客もいきなり男が倒れたことで「何事だ?」と首を伸ばして様子を伺っているようだが、俺とべリウスがなんでもないんですよと説明したことであっという間に騒ぎは収束した。


 しかしまあ、一撃で気絶までもっていくとは。やるなステッキちゃん。後でエリンにその杖をどこで買ったのか聞いておこう。今の愛杖が壊れたら際に使用する候補の上位に加えた方がいいかもな。


「おっかしいのですー。いきなりあたしのステッキちゃんが暴走したのですー」


 男子一名を即座に気絶させるほどの威力を発揮した杖の持ち主はそんなことを言ってふざけている。


「そんなわけないだろ。なあ?」

「この新メニュー美味いな」

「……ほんと、火加減といい。素材の味がちゃんと伝わるわね」

「どうやって作ってるのか気になるですね」


 他の連中に視線を移すが誰一人として白目をむいて倒れるケルンに構うことなく一同は料理を堪能していた。それでいいのかと思ったがステッキちゃんの攻撃を食らいたくもないので俺も堪能することにした。確かに美味いなこの新メニュー。


 それから十分程度経過したところで途絶えていた会話を再会することにした。エリンから強烈な一撃をもらったケルンも無事に回復した。パーティーの女子連中からは冷たい目線が向けられたままだが。そろそろお開きの頃だろうと思い、終わる前に聞いておくことにした。


「それで、どうするんだ? この後も新しいモンスターを狩るつもりなんだろうけど、次は何を目標にする?」


 ピタリと場の空気が変わった。回復したことで食欲が湧いたのか、陽気に酒を飲んでいたケルンが、そのケルンに対して再び杖を向けていたエリンが、白熱しそうな二人を止めようとするべリウスが、追加の注文品である骨付き肉にかぶりついたマリーンが止まった。


「あ、あれ? いきなりどした?」


 一体何か変なことを言ったのかと俺は首を傾げる。別におかしなことは何も言ってないはずなのだが。どうして急にこうも空気が変わるのか。エリンの年齢を聞くという地雷を踏んだわけでもない。


 誰もそれから話すことがなく、周りの連中の声だけが嫌に響く。まるで俺たちだけが取り残されたみたいにすら感じる。


「どうする?」

「どうするってリーダーなんだからべリウスから言った方がいいだろ

「俺か!?」

「ああ。覚悟を決めろ。丁度タイミングがいいじゃねえか。こうして無事に討伐できたんだし」

「うん。べリウスから言った方がいいとエリンも思うのです」

「…………既にケルンから出てる意見に同意」

「そりゃ、そうかもしれないが」


 四人は俺に内緒で何やら会話をしている。周りの音で聞こえないと思っているのかもしれないが、あいにく俺は聴力に優れているためどんな会話をしているかなんてほとんど聞こえているのだが。ひょっとして俺の誕生日なんかを祝ってくれるんじゃないのかと淡い期待をしたものの、そもそも教えてすらない。まだ出会って数ヶ月だからな。俺だってべリウスの誕生日しか知らない。


 四人が沈黙に耐えかねて最初に口を開いたのはべリウスだ。ごほんと軽い咳ばらいをしてから両肘を机の上に立てて深刻な話を告げるかのような顔つきとなった。


「オルン。驚かないで聞いてくれ」

「あ、ああ……。そんなに改まってどうしたんだ?」

「大変申し訳ないんだが……『ギルツ』から抜けてくれないか?」

「…………はい?」


 〇


 聞き間違いだろうか。


 それとも俺の見ているべリウスは夢に出てきた別人なのだろうか。


 僅かな希望に夢を託して自分の頬を抓ってみるが、景色が変わることはない。俺が見ているのは紛れもない現実だ。夢だったらどれだけ気楽なことだか。


「出てってくれないかって……」


 いきなりそう言われても即座に「はい。そうですか。わかりました。それじゃあ」なんて理解ができるほど俺の脳は機能していない。きっと酒の影響もあるのだろう。既に体内を循環しているアルコールのせいでまともな思考すら難しい。


「俺……そんなに迷惑かけたかな」


 これまでのことを簡単ではあるが振り返ってみる。しかし俺の記憶を遡る限り、べリウスに迷惑をかけたような黒歴史はない。べリウスだけではない。ケルンにもエリンにもマリーンにも迷惑をかけたことはない。セクハラしたことなんてないし、モンスターとの戦闘では進んで最前線を引き受けていた。パーティーでの仕事に関しても自分なりではあるがそれなりに活躍していたはずなんだが。他に気に障るようなことがあるのだろう。自分で自覚がないのならば彼らに話を聞くしかない。


「いや、オルンは俺たちのためによくやってくれてる。本当によくやってくれてる。今回の古龍との戦いでもそうだし、以前討伐した一つ目巨人討伐に関しても。俺たちのパーティーに入るきっかけになった際でも大活躍だ。一緒にモンスター達と戦うリーダーとしてオルン以上に頼もしい味方はいないし、今後百年は現れない天才だと思う」

「何も問題ないんじゃ……」


 べリウスの言うことに俺のためについた嘘はないのだろう。彼は本心で語っている。迷惑をかけてない俺の記憶は正しかったようで、ひとまず安堵の息が口から漏れた。ならば俺がまだこのパーティーから追い出す必要なんてないんじゃないのかと期待していた俺の予想を遥かに凌駕する内容がべリウス口から淡々と告げられた。


「だが、俺たちはオルンのように天才じゃない。一応エルドランドで随一の力を持つ冒険者集団と謳われているが、実際にはオルン一人の活躍に依存しているところが本当の姿だ。周りからの評価が上がるにつれて、俺は自分の実力の低さに引け目を感じてしまってな。もう一緒にやっていく自信がないんだよ」


 全く知らなかった。まさかあのいつも明るく、何事にもポジティブで考えるべリウスがこれほどにも落ち込んでいるところなんてこの半年間で一度も見たことがない。いつものべリウスからは予想もできないほどの今にでも消え入りそうな声をしている。今までひた隠しにしていた弱さが言葉にそのまま表れているようだ。リーダーが口火を切ったことで他のメンバーも続ける。


「べリウスだけじゃないぜ。俺もそうなんだよ。料理がちょっとできるだけで古龍相手に前線を張るだけの実力なんて備わってない。オルンがいなかったら間違いなく俺はあそこで死んでたに違いない。今こうして酒が飲めるだけで幸せだ。あんだけ強いモンスターを倒した奴とほんの少しの期間だけどこうして一緒に飯を食うことができたんだ。悔いはねえよ」

「エリンもね。ホントはオルンと一緒にもっともっと依頼をこなしたいなって思うのです。けど、エリンたちが何年も何十年も費やしたところでオルンの実力には追いつけないのです。今日の古龍だって一番の功労者はオルンなのです」

「…………もはやあたしたちはオルンの足元にすら追いつけていないのよ。そんな状態でまた新たな依頼を受けたとしてもきっとあなたに迷惑をかけることになるわ。前回の巨人討伐の後、あなたに悟られないようにあたしたちで水面下で話し合ってたのよ。今度オルン一人に頼るようなことがあったら足手まといになる前にあなたの元から離れようって」


 そんなことを考えていたのか。そういえば時折四人で夜な夜な集まっている時があったような、ないような。どうやら四人はそれぞれ俺の足手まといになりたくないようだが、パーティーってそんなもんじゃないのか? そもそも全員が最強なんてパーティーは存在しないと俺は思う。誰だって何かしらの端緒はあるだろう。しかし、裏を返せば何かしらの長所があるということだ。だから戦闘において力が及ばないと思うのならそれ以外のところで自分にできることをやればいいんじゃないか? 何も冒険者だからって戦闘に限らずさ。例えばケルンであれば料理があるし、エリンやマリーンには治療があるし、べリウスには俺たちをまとめあげる統率力やコミュニケーション能力がある。俺には彼ら彼女らが持つ長所はないんだから頼もしいことこの上ないんだけどな。俺はそう簡単に彼らの意見を認めることはできない。まだ迷っているのならやり直すことだってできる。そう思って提案することにしてみた。


「別に俺は気にしてないからさ。まだ少しでも迷ってるなら考え直してくれないか? 何も今日ここで決断するだなんて早すぎるだろ。俺だってべリウス達と別れたくなんてないし」


 そうだ。確かにキリはいいのかもしれない。けど、何もここで結論を出すだなんて幾らなんでも早すぎる。まだ出会って半年しか経ってないんだぞ? これが数年の月日を要して決断をしたのなら確かに納得できるかもしれない。その時になってみなきゃ分からないけどな。きっと数年後に話を聞いた俺も反対するに決まってるけど。少しは迷ってくれるのではないかと期待していたが、彼らも彼らなりに最大の決断をしたのだろう。


「オルンからそう言ってくれるのは非常に嬉しい。俺たちだってできる事ならオルンと別れたくはないさ。だが、既にマリーンが言ったように俺たちは分かってしまったんだ。前から君は今の俺たちがどう頑張っても手の届かないところにいる存在だってな。そう思ったのも一度や二度じゃない。パーティーから追い出すというのは少々語弊があるな。正直なところ、パーティーから出て行くべきなのは俺たちの方なんだよ。オルンは間違いなく天才だ。悪魔的なキミの力を必要としている人は大勢いる。それに今後のことを考えるとここじゃないところで活躍した方がオルンのためにもなると思うんだ」

「べリウス……」

「そういう訳なんだオルン。わかってくれないか?」

「…………」


 そこまで深く考える必要なんてないというのが正直な感想だ。別に俺はいやいや『ギルツ』に所属している訳じゃない。好きだからに決まってる。メンバーもパーティーの雰囲気も何もかもが。じゃなきゃとっくに去ってるはずだ。けど、俺の存在が彼らにとって余りにも重すぎる枷となっているというのなら潔く去るのが正しいのだろう。そうだ。何を考えているんだ俺は。いくら彼らが好きだと思っていたとしてもいつまでも残るのはせっかくこうして勇気を出したべリウス達の覚悟を無駄にするだけじゃないか。確かに俺に対して何の相談もなしに細々と四人だけで話していたことは見逃せないことではあるが、四人の気持ちを考えればわからなくもない。きっと言い出す勇気がなかったのだろう。せっかく築き始めた友好関係を壊すことが怖かったに違いない。四人がいい奴なのは他の誰よりも良く知っているから尚更その辛さが理解できる。それに、方法によっては俺に何も言わずに書置きを残して四人でこっそりと夜逃げすることだってできたはずだ。


「そうか。ごめん。色々、迷惑かけてたみたいで」


 頭を下げた俺の肩に誰かの手が乗った。顔を上げてくれと声をかけられ、下げていた頭をあげると肩に乗せられたのはべリウスの手だったことが分かった。


「オルンは何も悪くない。謝らなきゃいけないのは俺たち四人の方さ。こういう選択しか出来ず本当に申し訳ない」

「すまねえ」

「ごめんなのです」

「……ごめんなさい」


 俺がしたように深々と頭を下げる四名。


「ちょ、四人ともやめてくれって。いい気分しないからさ」


 なるほど、見て始めて分かるが他人に頭を下げさせるのは見ていて心地の良いものではない。優越感よりも申し訳なさが圧倒的な強さを誇ってる。それから着席して気分転換に飲みなおすなんてことはなく、帰ろうかとしたところでべリウスから声をかけられた。


 〇


「オルン。待ってくれ」

「ん?」


 もしかして決断を考え直してくれたのかと僅かな希望を胸に抱いて振り返る。ゴトンと大きな音を立てて一つの巨大な袋が置かれた。音を聞く限り、袋は物凄く重いのだろう。べリウスが袋から取り出した物を机の上に置いた。


「これって」


 今まで見たことがないものではない。彼が机の置いたのは店の光に照らされて余計に輝いている金属硬化。エルドランドにおいて金貨とされているものだ。金貨一枚さえあれば一ヶ月は食べ物に困ることはない。おそらく袋の中身は全部金貨で埋め尽くされているのだろう。でなければわざわざ一枚だけを取り出して机におく必要がないからだ。


「べリウス。これ、金貨だろ? こんなに貯めてたのか?」


 冒険者というのは何かと出費が多く、資金面については生活ギリギリで暮らしているものも多い。普段の宿代を始め、依頼中の食費、武器の維持費といった経費に関してギルドから支給されるなんてことは基本的にない。また、依頼難易度が下がるにつれて受け取れる褒賞金には当然少なくなり贅沢を続ければたちまち貯蓄がなくなってしまう。普段生活している中でべリウスが武器の手入れをサボらずに毎回寝る前には必ず次回の戦闘に向けての手入れをしていることを知っている。いくら稼げるパーティーとはいえ、これだけの金貨を貯める理由なんてないはずだ。


「ああ。この袋に入っているのは俺たちで出し合った金貨だ。全部で何枚入っているのか数えていないから分からないが、それなりの金額にはなると思う。こいつを受け取ってくれないか?」

「い、いらないってこんな大金。流石に貰えないって」

「頼むオルン。俺たちの気持ちだ。今回の選択に対しての迷惑料も入ってる。金銭以外で俺たちがオルンにできる事は何もないんだ。受け取ってくれ」

「俺からも頼む」

「エリンからもお願いするのです」

「……あたしたちのことなら気にしなくていいから。あたしたちの方からお願いしてるんだから正当な権利よ。オルンが気にする必要なんてないの」


 べリウスに続いて他の三人も頭を下げた。これだけの大金を集めるなんて四人がかりとはいえ、並大抵のことではないだろう。おそらく俺が不思議に思わないように普段の出費を抑えながら集めたに違いない。


「分かった。そこまで言ってくれるなら、ありがたくいただいてくよ」


 俺はそれだけ言うと、袋を受け取り、背中に担いで出口に向かう。振り返ることはしなかった。今の表情は間違いなく普段のような明るさは失われているに違いないからだ。じんわりと俺の目元には涙が浮かんでいる。これ以上の言葉を口から出すわけにはいかない。きっと声は震えて四人に俺が泣いていることが知れてしまうからだ。パーティーから追い出される身とはいえ、最後くらいは心配をかけないで潔く去った方が彼らの気持ちを考えると最善に違いない。


「オルン!」


 店のドアに手をかけたのと同じタイミングで俺の名前を叫ぶべリウスの声が耳に入る。俺は手をドアにかけたまま、足を止めた。


「俺たちはこれから修行して必ず今よりも強くなって帰ってくる。オルンに匹敵するくらいの力を一日でも早く身に付けてお前を誘えるくらいのパーティーにしてみせる。その時になったら――また俺たちとパーティーを組んでくれるか?」


(ああ、もちろんさ)


 心ではそう返事したが、言葉には出さない。けど何も反応するのも味気ないため、俺は片腕を上げることで了解した旨を彼らに伝えた。この態度が彼らの目にどう映ったのかわからない。肯定と受け取ったのか、あるいは否定の意思として捉えたのかもしれない。だが俺からすればどちらでもいい。肯定に見えたのならそれを糧にしてほしいし、否定と捉えたのなら憎しみを糧にしてほしい。彼らならできるさ。そう思いながら俺は重たいドアを開け、Sランクパーティー『ギルツ』から抜けることになった。外を出た途端に視界を襲う明かりに目をやられたのか、雫が俺の頬から垂れた。


 〇


 冒険者の朝は早い。ちょうど日が出るのと同じくらいの頃合いで俺は目が覚めた。生まれつき寝起きがいいこともあり、直ぐにベッドから出て窓を開ける。今しがた出たばかりの朝日から陽気を感じながら深呼吸する。まだ風は冷たいが、仄かに温かさを感じる。


「これ……俺がやったのかよ」


 乱れた布団。寝る時には確かに俺の身体を包んでいた毛布が入り口の方にまで飛んでいる。寝起きは良いものの、寝相の悪さは相変わらずのようだ。またかと思いながらベッドを整える。


「なあケルン、朝は軽めのやつにしてく……れ……」


 片付けながら無意識に呟いたが、俺の近くにケルンの姿は当然ない。ケルンだけではない。エリンも、マリーンもべリウスもいない。四人と別れてからまだ数時間程度しか経っていないがもう既に俺は彼らの帰りを待っていた。もしかするとドッキリなのかもしれないという気持ちを持っていることに嘘はないが、こんな手のこんだことをするような連中ではない。その根拠として昨日持って帰ってきた袋が示している。あれから少し数えてみたが少なく見積もっても袋の中に入っている金貨の枚数は百枚を軽く超えていた。これだけあれば町の一つや二つは余裕で買えるくらいの金額だ。

 とりあえず今日はどうしたものか。

 依頼を受けるのも悪くないが流石に腹が減っては行動する元気も湧かない。


「とりあえず飯でも食いに行くか」


 場所は決まってる。もはや選ぶまでもない。フミナさんのところへ。


「いらっしゃい。あら、はやいね」

「ええ。まあ」

 店主のフミナさんが経営している酒場『エデン』は時間帯によって提供している内容が違う。もちろんメインとなるのは夜からの酒を中心としたものなのだが、朝早くから開店している。個人経営店の多くが朝は仕込みだとか寝たいと言って閉まっているのに対してここが閉まっている時間は僅か二時間。一体いつ料理の準備をしているのかと気になるところではあるが、フミナさんが言うには「知らない方がいいんじゃないのかい?」とのことだ。ちなみに朝でも酒は一部提供しているものの、夜と比べて数は少ない。基本的には簡単に済ませることのできる朝食料理が大半を占めている。そして俺も数ある身体に優しい料理を堪能しようと訪れた。訪れたはずなんだが。


「何頼むのか決めたのかい?」

「とりあえず、この店で一番キツイ酒で」


 まず俺は酒の力を借りることにした。


 〇


「フミナさん! もう一杯!」


 差し出されたジョッキを見てやれやれと肩をすくめるフミナさん。それもそのはず、俺が注文したこの店で最も強い酒の瓶は既に二本目が空になりかけている。


「……オルン。店主として酒を頼んでくれるのはありがたいんだけど、そろそろ終いにしておいた方がいいんじゃないのかい? もうこれで十杯目だよ?」


 俺の身を心配してくれているのだろう。それともこんだけ飲んで酒の代金が払えるのかといった俺の懐事情を懸念しているのかもしれないが、どちらにしても余計なお世話だ。身体に至ってはまだ軽く頭痛がするくらいだし、自我を保っている。懐事情に関しても昨日、臨時の金貨の山を渡されたんだからな。このペースで飲んだくれたって数週間は楽に暮らせる。


「いいんですよ。飲まなきゃやってられないって感じなんで」

「あんたがこんな朝っぱらから飲み始めるなんて、なんか訳アリって感じだね。あたしに話してごらんよ。ちょうど客もいない時間帯なんだし。愚痴くらいなら聞いてやるさ」


 ちょうど十杯目になる酒を注いだところでカウンターから客席の方に来ると俺の隣に腰かける。朝になりたての早い時間ということもあって今の所エデンの客は俺一人だ。今なら構う時間もあるということなのだろう。彼女の優しさが身に沁みる。酒の効果もあって目元が熱い。思わず溢れそうになる目を手で抑えるが遅かった。ジワリと浮かんだ涙を隠すために俺は彼女から顔を逸らした。


「いいんですか? 長い話になりますよ?」

「構わないよ。黙々と仕込み作業するのに比べたら幾倍もマシってもんさ」


 彼女の顔は見えない。だが、ため息の音が聞こえた。一人で抱えて悩みこんでいる俺に呆れているのだろう。フミナさんの年齢やエデンがどれほどの歴史を持つ店なのかといった背景は知らないが、俺のような奴の悩みや愚痴といった類の話を職業柄よく聞いているのだろう。冒険者としては俺の方がずっと先輩ではあるが、人生に関しては彼女の方が俺の何倍も先輩に違いない。こんなことを言ったら近くにある料理器具で顔面を叩かれるに決まってる。


「えっと、それじゃあ……」


 俺は昨日のことを話した。性格には昨日の夜のことについてである。今まで仲の良かったべリウス達のパーティーから抜けるに至った経緯を細かく出来る限り分かりやすく話したつもりだ。フミナさんは俺の言葉を遮って何か言うこともなく、時折うんうんと頷くのみ。彼女は黙って手早く作業しながらも耳に神経を尖らせて俺の話を聞いてくれた。夜に提供する料理の仕込みが半分ほど完了したところで俺の説明が終わった。


「……ということなんです」

「そうかい。それでこんな朝っぱらから酒を飲んでたわけかい。まあ、あんたの気持ちも分からなくはないけどね。今まで共に過ごしてきた連中からいきなりパーティーを抜けてくれだなんて前触れもなく告げられるなんて思いもしてなかったろ?」

「当たり前ですよ。最初は悪夢だと思ったんですから」

「けど、辛いのはあんただけじゃないだろ? あの子たちだって辛かったはずさ。あたしはあの子たちの心を読むことなんて芸当ができはしないから本当のことは知らないけどさ」

「それは分かってます。あの時は自分なりに理解したつもりなんです。この気持ちはべリウスだって同じなんだって。べリウスだけじゃない。ケルンもエリンもマリーンも皆、そう思ってくれてたんじゃないかって。俺は全く気にしないつもりだったんですけど、あいつらに一緒にいるのが辛いって言われちゃったらもう……どうしようもないじゃないですか」

「……確かにね。あんたの選択は間違ってないと思うよ。それをあの子たちは望んでたんだからね」


 そうだ。俺と別れることを彼らは望んでいたんだ。今まで口に出せないでいたその夢が、思いが叶ったのなら悲しがる必要なんてないはず。はずなんだが、どうしても日々の生活において五人で過ごした日のことが時折フラッシュバックしてくる。宿を出る時に必ずべリウスと交わした何気ない会話。目覚めたばかりの町を歩く前、ケルンと一緒に寝ぼけた顔を覚ますために水浴びしたこと。エリンと一緒に高級な杖を探しに隣町まで出かけたこと。マリーンと二人で古い書物についての感想を言い合ったこと。何もかもが俺にとって最高の時間だったし、最高の出来事だ。それらを完璧に忘れるなんてことは俺にはできない。こびりついた汚れのようにどうしても俺の脳内から消えることはないだろう。


「あの子達だって今頃、あんたの事が恋しいに決まってる。けど、いつまでも悲しんでるわけにはいかないんじゃないのかい? 今よりも強くなって迎えに来るって宣言したんだろ? ならあんたも成長したあの子達を見返してやるほどのさらなる力を身に付けるべきさ。もしも成長した彼らに手も足も出ずにコテンパンに負けるようなら仲間にしてくれる話が白紙になっちまうよ。はいコレ、冷めないうちに食いな」


 そう言って差し出されたのは話の途中で作り始めて出来立てほやほやの米料理。湯気から漂ってくる香りに酒の酔いが一瞬で吹っ飛んだ。この店で人気の料理の一つだ。俺も食べたことはあるが、最後に食べたのはいつだったか。思い出せないってことはかなり前になるのだろう。


「これって」

「覚えてるかい? あんたがウチに始めて来てくれた時に頼んだメニューさ」


 フミナさんからそう言われるも正直覚えてない。

 何しろかなり前のことだ。確かに始めて食べた時の俺は感動したに違いないが、これまでの経験で忘れてしまったのだろう。それにしても俺がこの店に来たことを覚えているだなんてやはり店主を勤めているだけのことはある。


「よく覚えてますね。毎日お客さんが来てるのに」


 俺の素朴な呟きにフフッとフミナさんが微笑む。手際よく準備をしている姿はまさに仕事のできる女性だ。彼女の姿が映るほど綺麗に磨かれたグラスを棚に戻したところで後ろを向いていたフミナさんが振り返る。思わず俺は顔を背けた。理由は簡単。てきぱきと業務をこなす彼女に見惚れていたからだ。昨夜はケルンを馬鹿にしていたが、彼女には全ての男を魅了するかのような不思議な魅力があるのかもしれない。


「客の顔を覚えるのも商売のうちさ。まあ、あたし自信が人と接することが好きってのもあるんだけどね。新しい客が新しい客を生むってもんさ。客が最初に食べた料理を覚えるなんてことは金をかけなくてもできる事だろ? ならやるに越したことはないさ」


 彼女の言葉にぐうの音も出ない。むしろ感動すらしている。多い時で数十人もの客が来るときもあるという話を聞いたことがある。もはや一人でさばくことのできる人数を当に超えている。それでも共に働く従業員を増やさないのはできるだけ多くの客と接したいという信念によるものなのだろう一人で店を切り盛りするのは困難ではあるが、お客との会話の中でそれらの悩みを吹き飛ばしているんだと笑いながら彼女は語った。


「あたしの話はこれくらいにして、早い内に食べな。出来立てのウチに食べるのが一番美味いからね」

「いただきます」

「はいよ。出来立てが美味いとは言ったけど、流石にまだ熱いから食う時は気をつけた方が――」


 フミナさんの言葉を最後まで聞くまでもなく、突如湧いた食欲に抗うこともなく、俺は勢いよく食べ始めた。 相変わらずフミナさんの作る料理は美味い。ケルンが舌を巻いた理由もわかる。食べ進めていくウチに色々な思い出が走馬灯のように蘇ってきた。そうだ。最初にこの料理を勧めてくれたのはべリウスだ。出かけた三人を驚かせるために二人でとある任務を引き受けた帰りの時だ。


「オルンに勧めたい店があるんだけど行ってみないか?」


 べリウスからの提案に従って店に入った。料理の注文は彼に全部任せた結果、


「ここの店で一番俺が美味いと思うのはこれだな」


 と言って彼が頼んだのが今俺が食べているものだ。


「美味しい」

「だろ? ここの店にある料理はどれも美味いんだけどさ。中でもこいつは格別だな。ケルンたちもこれが一番好きなんだよ」


 今は懐かしい遠い日の記憶。出来立てほやほやの飯を口にしたこともあってか次々と汗が額から垂れる。夢中で料理を書き込む俺の姿を見たフミナさんが水を注いだグラスを出しながら言った。


「そんなに急いで食わなくても誰も取りはしないさ。もっとゆっくり食べたらどうだい?」

「は……はひっ」


 酒の影響で涙もろくなっているのか俺は号泣しながら出された飯を無我夢中で食べ進める。満腹感に支配される気配は微塵も見せない。口の中に放り込むようにして俺は食器を動かす。一口噛みしめて味わうたびに溢れる涙。鼻からは鼻水が滝のように流れだし、喉の奥からは遅れて嗚咽が込み上げてきた。流石にそんな姿をしている俺が気になったのかフミナさんが小さい布を差し出した。


「ほれ、こいつで拭きなよ。せっかくイケてる容姿が台無しになっちまってるからさ」

「す、すみません」


 布を受け取ると即座に残りを食らう。さっき拭き取った筈だが、即座に数分前と同じ顔になってしまった。おそらくこの料理を食べている間、ずっと俺はこの顔をしているのだろう。


「よっす。フミナさん。いつものやつを頼むわー!」

「俺もこいつと同じやつでー!」

「はいよ。空いてる席に座っとくれ」


 俺が夢中で食べている間に他の客が来店したようだ。カウンターに座っていたフミナさんが調理場の方に行く音が聞こえ、既に完成されてる料理をテーブルに運ぶ。彼らがそろそろ来る頃合いだと予想していたのだろう。料理を運んだ帰り。俺にギリギリ聞こえるくらいの声でフミナさんの呟く声が聞こえた。


「全く、若いっていいもんだねぇ」


 〇


「ごちそうさまでした」

「あいよ。こんなに綺麗に食べてくれたら料理人として冥利に尽きるってもんさ」

「飯のお代は……」


 懐から金銭を出そうとした俺の手をフミナさんが止めた。


「ああ。金なら払わなくていいよ」

「えっ?」

「あんたの身の上相談を充分聞かせてもらったからね。それがお代の代わりさ」


 あんな愚痴でいいのだろうか。なんだか申し訳ないが、彼女がそう言ってくれるのであれば従わせてもらうことにした。また来た時に食いきれない程の注文をしてやろう。


「その代わりに一つ条件」

「条件ですか?」

「そうさ。また五人であたしの店に来てくれる約束さ。できるかい?」


 いつになるのだろう。一年後か、二年後か、三年、四年、もしかすると十年もの長い年月になるのかもしれない。いや、何をそこまで暗い見通しをするんだ俺は。ひょっとしたら半年くらいで圧倒的な力を身に付けて迎えにくるかもしれないじゃないか。そうだ。きっとそうに決まってる。悩んでたって仕方がない。あいつらも必死になってさらなる高みを目指してるんだ。俺一人がいつまでも居ない連中のことを思ってたってどうしようもないんだから。


「わかりました。必ず五人でまた来ます!」

「そうかい。その日を楽しみにしてるよ」


 フミナさんはフフッと軽く微笑んで食器を片づける。ゾロゾロと


「こんちゃーっす!」

「今日は何食おうかなー!」

「おはようさんフミナさん。相変わらず今日も美人っすねー!」


 始めの三人を皮きりに、その後もゾロゾロと客が訪れ、瞬く間に店内のテーブルが人で埋まった。俺と同じ冒険者らしい人もいれば商人らしい人、子ども連れた夫婦など客の層尚且つ職業はバラバラだ。


「さて、慌ただしくなってきた。今日はいつもより忙しくなりそうだ」


 大勢の来客にたまらず腕まくりをするフミナさん。次々と矢のようにテーブルから飛んでくる注文を聞くと即座に調理を始めた。食材を切り、大鍋を振り、盛り付けると注文客の元に運ぶ。店内を高速で動き回る彼女の姿はどことなく雪が降った平原をひたすら駆けまわる子犬のようにも見えた。


「ん?」


 呆然と立ち尽くして見ていた俺と忙しなく働く彼女の目が合った。


「ほーら、食事が済んだのなら行った行った」


 そのまま背中を押され、追い出されるようにして店のドアに来たところで


「辛かったらいつでも来な。あたしの料理で嫌なことなんてぶっ飛ばしてやるからさ」


 という彼女の言葉を最後に扉が閉じられる。フミナさんなりの励ましの言葉をかけてくれたのだろう。その優しさがただただ嬉しかった。


 店の表に出ると古びた看板を見つめる。


 黙って料理を提供する店が大半を占める中、客の悩みに親身になって答える店なんてここくらいしかないだろう。何度でも何度でも来たいと思える店だ。俺も誰かにオススメの店を紹介するなんてことになったらこの店を、フミナさんを紹介しよう。勧めるのはもちろん、『ギルツ』メンバー全員が鉱物のあの料理を。


 〇


 フミナさんの店もとい、ルトラスを出た俺はそのままの足でギルドへ向かった。パーティーを抜けるには色々と面倒な作業が待っている。それらをできるだけ早く済ませたい。


「それで、今回の依頼に関してなんですが」

「こちらが報酬になります」

「提出していただいた素材の鑑定結果はこちらになります」

「新しいパーティーの申請に必要な書類はこれらになります」


 木製で建付けが怪しいドアを開けるとフミナさんの店ほどではないが、朝のギルドはそれなりに賑わっていた。なにせギルドの仕事は幅広い。依頼の発注に始まり、報酬品や褒賞金の管理業務、

 素材鑑定といった専門性が求められる仕事など様々だ。単に受付のみをやっていれば良いというものでもない。多くの人間がギルドで働くことに憧れるらしいが日々の激務な内情を知れば知るほどその意欲は消えていくに違いない。一方俺のような冒険者として生計を立てている連中は気楽なもんだ。彼ら彼女らのような面倒極まりない作業をする必要なんてほとんどないんだからな。その分、日々の業務は直接死と隣り合わせってのが違うけどな。


「大変だよなあ」


 いわゆる机仕事ってやつだ。俺には到底できそうにない。モンスターとの戦闘や野営に関しては自信があるが、目の前でバタバタと行われている業務を


 自分の番になるまで業務を行うギルド職員をただ呆然と眺めていた俺の肩を誰かが叩いた。

 振り返ると

「やあやあ。噂のオルン様じゃねえか」


 真顔のままそう言うのはここを仕切っているギルド長のリブラ=ロット。いかにも腕っぷしがたちそうな肉体を備えている。だが、この肉体は単なる自己満足の最終形態のようなものでモンスターとの戦闘によって身に付けたものではない。張りぼての筋肉だ。そもそも彼の戦闘能力は冒険者ランクで現すと、よくてCランクといったところだ。そんな人間がどうしてギルド長に任用されたのだろうか。それなりの上納金でもしたんじゃないのかと疑ってしまう。


「忙しそうだな」

「おう。お前達のおかげで国中からの連絡が殺到しててな。こんなにも慌ただしいのは久しぶりだ。まあ、明日にでもなれば中央から派遣されてくるとは思うんだけどな。で、今日は何の用で来たんだ? まさか更なる依頼を受けに来たんじゃないだろうな? もうあんなS級以上の依頼を受けるつもりなのか?」

「まあ、それは別に構わないんだけどさ。今日は別件で」

「あん?」

「パーティーから抜けるにもそれなりに書類が必要なんだろ?」

「ああ。べリウス達から話は聞いてる。ギルツから抜けるんだってな」

「……そういうことだ」

「んじゃ、必要な書類を持ってきてやるから、その辺に座ってろよ」


 もってきてやるって俺、一応客のはずなんだけど。まあ、いいか。頼んでるのは俺なんだし。


「じゃあ、頼むわ」

「おうよ」


 ただ待っているのも暇なので、俺は看板にこれでもかと貼ってある依頼書を見て待つことにした。

 ふーん。意外と良いのが揃ってるな。


 その辺の一枚を手に取り、ぼんやりと眺めていると近くに小さな子が俺の側に来た。格好からまだ見習い冒険者といったところか。しかし、資金面に関してはかなり余裕があるみたいだ。その証拠に装備している武器が手入れされている。大抵金に困ってる冒険者は装備品が質素なことも多いからな。恵まれているんだろう。


「あのー」


 ん?


「その依頼書。貰ってもいいですか?」

 もちろん。はい」


 そう言って少年の指が指すのは俺が何となく手に取った依頼書。依頼難易度はAランク。かなりの経験を詰んだパーティーでも失敗する可能性がある高難易度に分類されるものだ。まだ日が浅い彼にとっては流石に無理な難易度に決まってる。


「それ、キミが請けるのか?」

「は、はい」

「おい! 何屋ってんだよルキノ! さっさと選んで来い!」


 どうやらこの少年の名前はルキノというらしい。外野から飛んできた低い声は彼が所属しているパーティーのリーダーのようだ。鍛え抜かれたガタイから察するに、戦闘面は彼が担当しているのだろう。この態度から察するに、ルキノはパーティー内でこき使われているのかもしれない。

 俺は軽く助言をしておくことにした。こんな真面目そうな子が死ぬのは避けたいからな。俺はガタイのいい男のところに戻ろうとするルキノの肩を掴んだ。


「待った。死にたくなかったら止めておいた方がいい」

「え……。で、でも…………」

「でももなんでもあるか。いくらなんでも君たちが手を出せるようなものじゃないんだ。流石に考え直せ」


 依頼書A難易度の中でもモンスター討伐なんてものは簡単に人が死ぬ。依頼主は冒険者の命なんて何も考えずに募集したのだろう。金さえ払えばなんとでもなるとでも思っているのか。実際その通りなのが、実に悔しい。代わりにお前がやってみろと言いたくなってしまうが、ギルドに貼られている依頼書に書かれている依頼主に関する情報は匿名並びに伏せられている。

 おそらく冒険者の仇討ちを伏せぐ効果があるのだろう。パーティーが一人残して全滅でもすれば残された者の恨みのとばっちりが飛んでくるのは依頼主のところだろうからな。


「おいおい、ひょろひょろの兄ちゃん。ウチの可愛いルキノに何の用だ?」


 俺たちがもめている間にリーダーが近付いてきた。近くでも見るとやはり筋骨隆々としている。おそらく近親者にオーガやオークの血が混じっているのだろう。流石に純人間というのには無理がある。若干ではあるが、肌も赤い。


「別に、君たちにはこの難易度は高すぎるって言っただけだ。まだ日も経ってないのにA級の依頼をこなせるとは到底思えない」

「はっ、そんなことかよ。俺様を知らねえのか? 赤鬼のゲルダ様だぞ?」

「…………知らない」


 聞いたことがない。しかもなんだ赤鬼って。いくらなんでもそのまま過ぎないか。もっと捻ったらいいのに。


「何だよ。まあ、どうせ田舎の方からここまで来たんだろ? ともかく俺たちの実力ならA級程度の任務ならこなせるって言ってるのさ。部外者は口を出さないでもらえるか? なあ、ルキノ?」

「え、ええ。まあ、その…………」


 そう言いながらもルキノの顔は困惑している。俺とリーダーのゲルダ。二人に挟まれては余計なことは言えないのだろう。


「ともかく、A級は止めておけ。死ぬぞお前ら」

「ほお、そこまで言うなら、お前。俺よりも強いのか? 見たところ大した強さをもってなさそうだがな」

「まあ、お前よりも強い自信はある」


 何せ俺は強すぎるって理由で解雇されたからな。根拠は充分さ。そこまで自覚はないけども。


「言うじゃねえか。おい、ギルド長!」

「ん?」

「闘技場を借りるぞ」

「それは構わんが、何をするつもりだ?」

「力試しだよ。力試し」

「力試しだと? 一体、誰と…………」


 ビシッとゲルダが俺を指差す。多くの書類を抱えたギルド長のリブラと目が合う。俺はとりあえずニコっと笑顔を返した。途端に抱えていた書類をその辺に捨てて、ゲルダの元に駆け寄る。


「馬鹿かお前はっ! 止めておけ。力試しなんかになるものか」

「へえ、何だよ。そんなに弱いのかあいつ」

「違う。逆だ! 相手が強すぎる。本当に殺されるぞ」

「ギルド長がそこまで言うんだったら尚更気になるな。いいぜ、おいお前、闘技場に来い。俺がお前に敗北を教えてやる」


 そんなこんなで闘技場に向かった。

 闘技場なんて呼ばれ方をされているが、機能していたのは遥か過去。いわば姿を変えずにそのまま残された遺物だ。取り壊すのにも莫大な費用がかかるらしく、残しておいた方が金もかからないというリブラの方針で放置されている。

 観客席のようなものは無数に設置されており、ゲルダの名が通っているのかしらないが、中々の観客が俺たちを見下ろしている。

 名前が知れ渡っているのは嘘ではないようだ。ちなみにルキノはリブラと共に俺から見て正面の最前列にいた。拳を作り、俺を見つめる顔からは頑張ってくださいとの声が聞こえてくるようだった。


「んじゃ、簡単なルールでも決めるか?」

「ルール?」


 力試しにルールなんかいらないと思うがな。一応聞いておこう。


「必要ないだろ? 力試しなんだから。何でもありってことで」

「そうかい。てっきりハンデでもくれてやろうかと思ったが、いらないのか。ならいい、直ぐにケリを点けてやる」

「じゃ、俺から一つだけ。勝った方の命令は絶対に聞かなければならない。これでどうだ?」

「何?」

「せっかく力試しをするんだ。何もかけないで戦うのは盛り上がらないだろ?」


 俺の提案に考え込むゲルダ。まとまったのかコクリと頷く。


「いいぜ。だが、命令は絶対だな」

「ああ」

「仮の話だが、俺が死ねと言ったらお前は死んでくれるんだな?」

「もちろんさ」


 マジかよ。幾らなんでも相手に死ねと言うつもりかこいつは。こんな奴が多いから冒険者は下品だとか、常識がないとか言われるんだから困ったものだ。ともかく、話はついた。なら、俺も久しぶりに本気をだすことにしよう。


「名前を聞いといてやる。お前、なんていうんだ?」

「ノルンだ。ノルン=イズルハ」

「ノルン。どこかで聞いたことがあるような気もするが……まあいい。行くぞ!」


 自慢の武器だろうか。背丈と同じ、もしかするとそれ以上の長さを持つ大剣を力任せに振り回しながら近づいて来るゲルダ。力尽くでねじ伏せるつもりなのだろう。


「おらァァァァァァァァァ!」


 そんな彼の真正面に立ち、俺は掌を向ける。何も慌てる必要などない。こんな巨体の男など竜に比べたら恐れることもないんだ。いつも通りに魔法を唱えて、相手にぶつける。


「地獄の業火!」

「ぐわぁァァァァァァァァ!」


 俺の発動した術を食らったゲルダがおもしろいように飛んでいく。闘技場を突き抜けたところでようやく止まった。力を加減したつもりなのだが、まさか一撃でケリがつくとは。これでも威力を抑えたつもりなんだがな。それになんだか今日は肩が重いし。


 観客席にいた連中は無言を貫いたまま。だが、一人の少年の呟きが沈黙を壊す。


「す……すごいっ!」


 パチパチパチと拍手喝采が観客席から飛んできた。鳴り止まない音に思わず頭をかく。なんか照れるな。


 その場にいるのも何なので、俺は吹っ飛んでいったゲルダがどうなったか様子を見ることにした。闘技場の外まで飛んでいった奴の身体は見事なまでに黒焦げに近い。焼死体とも思えるほどだ。


「命の蘇生」


 かつての仲間から教えてもらった治癒魔法をかける。黒こげの身体が元々の肌へと戻り、呼吸が再会する。蘇生魔法は便利なものだ。いくら瀕死の状態であっても、即座に生き返らせることができるんだから。その分、対象者の細胞分裂回数を犠牲にしているから、老化上昇と寿命の減少は止められないが、オークなどを近縁に持つゲルダにはあまり関係ないだろう。


「ん……俺は、一体ここで何を」


 衝撃の余り記憶が混濁しているようだな。治療を続けながら俺は尋ねることにした。


「お前、どこまで覚えてる?」

「確か手合わせをして、大剣をもってあんたに向かったところまでは覚えているんだが、その後は――駄目だ。何も覚えていない。俺はどうなったんだ?」

「簡単に言うとだな……俺に負けた。それだけだ」

「そうか」


 記憶はないが、地に横たわる自分が勝利者ではないという実感は身に染みて感じるのだろう。俺に治療されているゲルダはどこか満足気な表情をしている。


「約束だ。俺の命をやる」


 そういって横たわる彼の側にあった大剣を指差し、続けて自らの首を指した。どうやらこれで首を刎ねろということらしい。自分の獲物に殺されるのなら本望だとでも言いたそうだ。潔さは褒めてやる。けどな。はあ、とため息をついて俺は首を横に振る。


「断る。おまえの命を貰っても何も嬉しくない。死にたいなら他人に迷惑がかからない方法で死んでくれ」

「ふん。こんな醜態を晒して生きろというのかあんたは」

「じゃ、勝者の俺からの命令だ。命を大事にしろ。こんなことで自分の価値を下げるな。名が知れ渡ってるんなら悪名じゃなく、良い方向に向かわせたらどうだ? その方が気楽に生きられる」

「今更無理なこった。もう、俺の名前は悪名として知れ渡ってる。融通の利かないわがまま冒険者のゲルダとな。一度知れ渡った悪名を全て消し去るなんてことはできやしないのさ」

「そうか?」

「なに?」


 聞き返した俺の言葉にゲルダの眉が動いた。今までの自分がしてきたことを悔やんでいるであろう彼を無視して俺は続ける。


「そんなの結局は、本人のやる気によるんじゃないのか? 確かに簡単なことじゃないのかもしれないが、出来ないことじゃないだろ?」


 そうだ。やる気さえあれば人は変われる。まだ二十数年くらいしか生きてはいないが、身に染みて感じている。最初から最後まで変わらない人間なんていないのさ。身に付けるには重すぎるプライドを脱げばいい。ゲルダはそれだけでいいんだからな。


「それは…………そうかもしれないが」

「だったら一からやり直せばいいんじゃないのか? 力だけがあったって良いことばかりじゃない。俺だってパーティーから抜けるように通告されたんだからな」

「この俺を負かすほどの実力を持つあんたが追い出されただって? 一体どこのパーティーに属していたんだ?」

「ギルツってところさ」

「ギ、ギ、ギルツだとっ!?」


 ガタッと治ったばかりにも関わらず身を起こすゲルダ。続いて地に頭をつけてぺこぺこしている。いわゆる土下座ってやつだ。


「お、おい。治ったばかりで動くなよ」

「す、すまねえ。まさか国内最強パーティーに所属してたあんたに喧嘩を売るようなことを言っちまって。この通りだ。許してくれ」

「許すもなにも別に俺は命を取るなんて一言も言ってないんだけど……」

「そこをなんとか」

「あのなぁ……」


 駄目だこりゃ。全然人の話を聞いてない。どうしたらいいんだか。


「おーーーい!」

「平気かー?」


 助かった。俺がゲルダの扱いに困っているところに、闘技場から抜けだしたルキノとリブラがやって来た。


「まあ随分と、飛ばしたな。あれでも力を抑えた方なんだろ?」

「よくわかったな」

「お前の魔法を何年見てると思ってんだ。それくらいのことはわかる」

「流石リブラ。伊達に長年ギルドにいるわけじゃないんだな」


 流石にあの場で最大出力の魔法をぶっ放せばギルドが吹っ飛ぶからな。それくらいのことは考えてる。


「で、どういった状況だ?」


 ペコペコ頭を上げ下げしているゲルダを見たリブラが言う。


「それが、話すと長くなりそうなんだがな……」


 面倒だとは思ったが、俺は彼がこうなるまでの経緯を話した。


 〇


「なるほど、そう言うことか」

「の、ノルンさんってギルツのメンバーなんですか!」


 ため息交じりにリブラが呟く。一方ルキノは目を輝かせて俺を見つめている。ふんふんと鼻を鳴らしている様を見てると、小さい時に飼ってたリトルウルフを思い出すな。何をそんなに興奮しているのだろうか。


「……元所属な」


 今の俺はどこにも所属していない。良く言えば縛られない自由の身。悪く言えば浮浪者。冒険者ということを知らない連中からして見れば俺は、働きもしないクズ人間に見えるのかもな。


「ギルツって言えば、どれほど危険な依頼があっても引き受ける国内最強のパーティーじゃないですか。大型モンスターの捕獲だけじゃなく、古竜の討伐。挙句の果てには新種薬草の発見。普通の人が一生かけても達成できなさそうな依頼を完璧にこなす集団だって」

「俺って、世間からそんな感じに見られてるわけ?」

「…………俺からは何も言えん」

「あっそ」


 俺から目を逸らしてそっぽを向くリブラ。ルキノが言ったことは何一つ嘘がないとはいえ、そこまで有名になっているとは。街に帰って来るなりすぐ依頼を請けてたからな。知名度なんか気にすることもなかったしな。


「てことで、ルキノ。ゲルダを頼む」

「は、はい」


 ゲルダの事に関してはルキノに任せることにした。治療はしてやったしな。無償で治療してやったんだから文句もないだろう。俺は口笛を吹く。ただの暇つぶしではなく、合図で鳴らしたのだ。しばらくすると周囲を包み込むほどの巨大な影が生まれ、空から一匹の竜が降り立つ。


「ノルン、お前いつも間に……」

「あれ? 言ってなかったか? 俺の移動並びに癒し担当のドラコだ」

「ギャルㇽㇽㇽㇽㇽ!」


 挨拶のつもりなのかドラコの咆哮。思わず吹き飛ばされそうになるため、慌てて両手を上げる。俺の意図を理解したのか、おとなしくなった。


「ノルンさん。この竜、ひょっとして――」

「ん? 気がついたか? 良い目をしてるな」

「やっぱり、古龍ですよね!? それもゲオグ種じゃないですか! これ、どうやって手懐けたんですかっ?」


 目をキラキラさせながらルキノが俺に詰め寄ってくる。何も言えないのが実に歯がゆい。


「どうやってって言われてもなあ……俺、何もしてないよ?」

「そんな! 誰も手が付けられないと言われるほど凶暴なはずなのに」

「ギャル!」

「ほら、こいつもこう言ってるだろ」

「…………ほんとに何もせずにこれだけおとなしく?」


 ルキノは口を開けたまま黙ってしまった。しょうがないだろ? だって手懐けるなんてことは何もしてないんだから。これしか言えないんだよ。


「ドラコと言ったか? 前回の依頼もこれに乗って向かえば良かったんじゃないのか? 移動期間に一月も費やすこともなかったのによ」

「そうしたいんだけどな、できないんだよ」


 基本的にドラコは俺以外の連中を背中に乗せたがらない。それはギルツのメンバーも同様だ。ドラコにはドラコなりに基準があるのか知らないが、簡単に乗せないつもりなのだろう。そのため、徒歩による移動になったのだ。ドラコに乗って向かえば目的地までは一週間もかからなかったろうに。もしかすると極度の人見知りなのかもしれない。そう思えばこんな巨躯だろうと可愛く見えてくる。


「お、そうだ。はいこれ」


 唐突に思い出した俺はリブラに書類を渡す。ギルドで渡された、パーティー脱退に必要な諸々の手続きに関する同意書を始め数枚の書類だ。治療を終わらせた後に書いておいたからな。


「はいよ。確かに受け取った。んで、これからどうするつもりだ? この辺で暮らすつもりか?」

「それも悪くないんだが、しばらく旅に出ようと思う。いつまでもこの国にいる訳にもいかない。力もつけながら色々と見て回る予定だ」

「そうか。ま、お前のことだから心配する必要などないとは思うが、せいぜい気をつけるんだな」

「ああ」


 それじゃあ、とドラコの背に乗ろうとした俺の裾が引かれる。訝しんで目をやると犯人はルキノだった。


「何かようか?」

「あの……ノルンさえよかったら、僕を旅に連れてってくれませんか?」

「……は?」

「なにっ?」


 まあ、悪くないんだが。一人の方が何かと気楽なんだよな。一々相手のことを考える必要なんてないわけだし。どこに行くのかも自分の気分で決めれるし。


「言っておくが、楽しい旅にはならないと思うぞ?」


 もしかしたら楽しくなるかもしれないが、諦めさせるためだ。これくらいの嘘はついておく必要がある。


「わかってます」


 迷う素振りすらも見せないとは。ならば


「モンスターと戦闘があるぞ?」

「足を引っ張らないよう、最善を尽くします!」


 やはり諦めない。まだだ、


「俺の金銭感覚が狂ってるから食い物に困るかもしれないし」

「食用植物には詳しいので森に行って何とかします」


 まだまだ、


「野宿だってあるし」

「慣れてます!」


 ま


「長い間、風呂に入れな――」

「覚悟の上です!」


 駄目だこりゃ。いくら言っても前向きな返答が来る。あんたたちも何か言ってくれとリブラとゲルダに目で訴えるが、二人ともルキノの熱意に負けたのか。それとも単に俺の問題に関わるつもりはないのか。「あんたが決めろ」とでも言いたげな表情だ。リブラに関してはわかるんだが、問題はゲルダの方だ。


「なあ、ゲルダはいいのか? ルキノがパーティーから出て行くんだぞ?」

「……好きにしたらいいさ。それに俺はパーティーから抜けようと思う」

「「えっ?」」


 俺とルキノ。二人の声が揃った。いきなりどうしたってんだ。


「もしかしたら俺は、忘れていたのかもしれない。始めて冒険者を夢見た時のことを。周りからの評価欲しさに色々とやったが、その結果がこれだ。ノルンさんが言ったように一からやり直そうと思う。だいぶ時間は掛かっちまうかもしれないがな」


 今までのことをゲルダなりに振り返って反省するつもりなのだろう。なら納得だ。リーダーが抜けるとなると別の人間が引き受けることになるんだが。以前のゲルダのことだ。代替のリーダーなんて置いてないに違いない。となるとだ。ルキノが所属していたパーティーは自然消滅ってことになる。書類の手続きゲルダが全て引き受けるのだろう。今の彼ならそれくらいのことはやってくれるに違いない。仕方ないな。俺も男だ。覚悟を決めるか。


「分かった。それじゃ、行くぞ。ルキノ、早く乗りな」

「え!? いいんですか?」

「熱意に負けた。ドラコ、いいよな?」

「…………ギャル」


 不服そうに返事をするな。俺だってできる事なら弟子を持ちたくはないさ。けどさあ、あんな視線で見られたら断れなかったんだからしょうがないだろ?


「そ、それじゃあ、行ってきます!」

「気をつけてな」

「頑張れよルキノ!」


 二人に見送られながら俺、ルキノ、ドラコの二人と一匹が出発した。


 〇


 リブラたちと別れてから十数分後。

 俺たちは空にいる。後ろには弟子になりたいと宣言した少年が一生懸命しがみついている。


「手を離すなよ。こんな高さから落ちたら骨折じゃ済まないから」

「だ、大丈夫です。これくらいでめげる僕じゃ――ってうわあっ!」

 飛ばされそうになったルキノの腕を掴んで引っ張る。このまま手を離してしまえば間違いなく肉塊になるからな。まあ、そうなる前に魔法を使って助けることになるとは思うけどさ。


「ったく。最初がこんなんじゃ、先行き不安だな。とりあえずここを掴んどきな」

「す、すみません……慣れてますね」

「そりゃあ、それなりに乗ってるからな。誰だって嫌でも慣れるさ。ルキノだって気がついたら乗れるようになるさ」


 そう言った俺は前へ視線を移す。所々雲が見えるが、快晴だ。絶好の旅日和ってのはこういう天気の事を言うのかもな。


「あの、ノルンさん」

「ん?」


 背中越しに聞こえるルキノの言葉に反応して首を傾げる。とはいえ、視線は前を向いたままだ。わざわざ後ろを向くほどでもないだろうからな。


「嫌だったら断ってもらっていいんですけど、これからは先生って呼んでいいですか?」

「なにっ?」


 思わず振り返った。冗談だろと思ったが、照れくさそうに頭を掻きながら言うルキノの様子から本気なのが伝わってくる。


 先生? 俺が?


「勘弁してくれよ。先生と呼ばれるほど人望があるわけでもないし、人に教えたことなんて一度もないんだけどな」

「それだけの力を持ってるんですから当然じゃないですか! 駄目……ですかね?」


 まあ、言われて悪い気はしないな。先生呼びに憧れがあった訳じゃないが、いざこうして呼ばれてみると気持ちがいい。弟子を持つ人生になるだなんて数年前の自分が知ったら驚くだろうな。


「まあいいさ。好きなように呼んでくれ」


 ぱあっと元々明るいルキノの目にさらに光が入った。


「ありがとうございます、先生!」


 おお……。やはり悪くない。俺たちの師弟関係が一体いつまで続くのか。そんな未来のことは誰にもわからないが、今はこの関係性を楽しむことにするか。今後の人生で俺が先生なんて呼ばれるのは少ないだろうし。


「あの、先生?」

「ん?」

「ただこうして掴まっているのも退屈なので目的地に着くまでの間、お話を聞かせてくださいよ」


 何から話すべきか。自分のことについてか。いや、俺のことは嫌でも後で知ることになる。だったら、俺以外の人間のことについてから話すか。俺が所属していたギルツのメンバーたちのことを。例え俺が今日死んだとしても語り手としてルキノが伝えてくれるはずだ。国内のみならず世界に名を轟かせたギルツのことを。


「そうだな。じゃあまずは、ギルツのリーダーを担当していたべリウスについて話すとするか」


 ここから俺たちの旅が始まる。

気分転換に書いたものです。ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございました。

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