夜の踊り子
深夜、基地へ帰ってくるものが在る。
彼はすでに寝ているであろう老人の横に並ぶ。
「やあ、今日はどうでしたか」
彼は驚き少しばかり前進してしまう。
「ああ、どうも、いつものように疲れましたよ。」
「そうでしたか」
「今となってはあなたが羨ましいです」
「なぜ」
彼は疲れて眠いので、少し面倒そうに返す。
「私も若いころはあなたのように一日中走り回っていましたよ。
今となってはこんなところに放置されているんですから。
もう働かなくていいなんて言われたときなんかは寂しいもんですよ。」
「はあ、、」
老人は話すのが好きなのだ。
そりゃ一日中放置されていたなら話したいに決まっている。
そう思い、彼は老人の話に耳を傾けるのであった。
「何しろ昔は伊豆の踊子だなんてもてはやされてたわけですよ。
そんで休日なんてないわ。
毎日毎日ずっと走りっぱなしだったもんでね。」
「でもね、毎日見ていた伊豆の海は奇麗でしたよ。
決して飽きませんからいつまでも見ていられました。。
それが今はもう見られないなんてねぇ、、、」
そう言って老人は目を細める。
彼はこの老人が好きだった。
いつも時間があるといろいろなことを話してくれる。
伊豆のことだけではなく、山へ行った時の話や、深夜の海沿いを駆け抜けた時など、聞いていてとても愉快な気持ちになれる。
しばし二人は語り合う。
「私はもうしばらく走っていませんから、もうすぐお別れかもしれませんねぇ」
「えぇっ⁉」
老人と別れるなど惜しい。と彼は思った。
「なに、そんな悲しい顔しないでくださいな。
私たちの人生で別れなど当たり前ですからね。
あなたも山のほうにいた頃に、別れたこともあったでしょう?」
「、、まあ、」
彼はここに来る前、山の方で仕事をしていた。が、とある事情によりいくらか休んだ後、海の方でまた仕事をすることになったのだ。
「でも私は悲しくはないですよ。寂しいですけどね。」
「え?」
そう言って老人は彼に微笑む。
「あなたが〝踊り子″を継いでくれるんですから」
「恐らくあなたと話しをするのはこれで最後になるでしょう。
なので最後に言っておきたいことがあります。」
「踊り子とは旅芸人、なので、
あなたに乗った人を楽しませてあげられるようになってくださいね」
涼しい風が吹く深夜、今日も二人の白色の車体を月明りが優しく照らしている。
お読みいただきありがとうございます!
この小説は車両基地での車両同士の会話的なものを想像して書いたものです。
東京から伊豆急下田・修善寺を結ぶ特急「踊り子」に使用されていた185系電車(2021年3月に引退)
と現在使用されているE257系電車の、新旧を交えたようなストーリーを書いてみました。
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