1 イケメン
チュン。
――チュンチュン。
まぶたの裏に、柔らかな光。
耳には元気な小鳥のさえずりが届く。
(夢かな。昔住んでた家みたい)
微睡みが気持ちよくて、半覚醒のぽやぽやを楽しむ。するりと寝返り、枕に頬ずりをして、もう一度眠りの薄闇に戻れないか画策していると。
(……ん?)
小麦が焼ける香ばしい匂い。ベーコンのじゅうじゅうという音。時折り「ふわわッ!」と、なんとも愛らしい、且つ必死そうな声が聞こえた。これは。
「!! はっ。しまった、寝過ごした……!!?」
白っぽい貫頭衣の寝間着で裸足。さっと上掛けを除けて床に足をつける。
ご丁寧に部屋履きを見つけ、ありがたく履かせてもらった。――しっかりとした裏生地が縫い付けられた、ふかふかの綿入りリネンの感触ときたら!
全く、どこの高級旅籠だよ、と、寝起きの頭でぼんやりと進む。
かくして、調理場に彼女はいた。
片面を焼いたパンケーキを裏返すべく、懸命に機を伺っていたようだ。
おはよう、と声をかけると、花が咲くような笑顔で振り向いた。「おはっ………………!?」
「ん?」
そして、盛大に凍った。
「……」
「もしもーし?」
「あの、シオンさんです?」
「そうだけど」
急に、初めて見るひとのような顔をされてこちらまでどぎまぎする。
それから、彼女の視線が上下左右隅々まで自分を検分していることに気がついた。いっそう頭を埋め尽くす疑問符。
(???? なぜに???)
狼狽の表情で、ぱち、と瞬くと、コリスはようやく肩の力を抜いた。へにゃりと笑う。
「びっくりしました。どこのイケメンさんかと」
「イケメン」
「眼鏡、外してますね。あれは、やっぱり変装用だったんですね」
「あ、うん。でも…………、ちょ!? コリスさんっ。焦げてる焦げてるやばい」
「ハッ!? あああああ!! しまった!!!」
その後は寝間着姿のままで朝食作りに参戦し、ときどき「理不尽です」とこちらを見て呟くコリスの可愛らしさに癒やされた。
――意味は、よくわからなかったが。
◆◇◆
「シオンさん。今日はどうします?」
適当に身支度を整え、丸眼鏡を装着すると我ながら男性モードになる。
食後のお茶を淹れてくれたコリスに礼を伝えて、ううん、と唸った。
「コリスは、祠のことを旅先のザイダルに相談したんだよね? どうやったの」
「ああ。そのことですか。それはですね」
――――――――…………
自身も席についてお茶を飲み始めたコリス曰く、ザイダルは、長逗留をする際は必ず期間と所在地を手紙で知らせてくれるという。
話し終えたコリスは、ひと仕事を終えたような顔をした。
「――ですので、結果として相談から半年かかりましたが、こうしてシオンさんを派遣してくれたことも教えてもらえました」
「手紙。“なんでも運搬屋”の?」
「ええ」
「そうか。……そうだね。そっちのほうが確実か」
通称・なんでも運搬屋。
彼らは文字通り、大陸内ならどの国をまたいでも必ず文や荷を指定した相手に届けてくれる。
残念ながら本拠地と正式名称は覚えていないが、独自の早馬機構を有し、迅速安全丁寧を謳い文句にさまざまな依頼を受けてくれるはずだった。
ならば、と、シオンは頷いた。
「ザイダルに、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかって伝えてもらえる? 今日は、おれも自分の伝手に知らせを送る。お嫁さん探しは、もうちょっと効率よくしたほうがいい気がするから」
〜片付け中の一幕〜
コリス「あのう。効率って。まさか、お友だちを紹介してくださるんですか? お見合い!?」
シオン「んー、うまくいくといいんだけどねぇ。ほかにも」
※すっかりシオンの性別を忘れるふたり。
(片方は当人)
(2022.7.15、興味本位で挿絵を描きました)