後日譚&披露宴イラストなど
「ここが、セイカ……」
まっすぐに敷かれた平らな大路。
格子状に張り巡らされたそれは、時おり細かな少路をまじえつつも整然としている。
門は瓦葺きの高楼で、最初、獣の耳としっぽをふさふさと露わにする自分に衛兵は驚いていた。
が、予め通達はあったようでぴしりと背を正し、「お待ちしておりました」と一言。
そこから、あれよあれよと黒い立派な牛の引く車に乗せられ、窓として取り付けられた簾を巻き上げてコリスが呟く。
「人間だらけね」
「そうだな」
「驚かないの?」
「オレは、けっこう外の生活が長かったから。あのサ、谷くらいだぞ? あんだけわんさか獣人が群れてんのは」
「そうなんだ……」
「コリスちゃんは、近場のラックベルにも行かないもんねぇ」
ふわり、と話をまとめるのは獣人の谷を代表する三人目。白梟のレギトだった。
三人とは――金色大犬と魔物の古き王との混血獣人にして永遠の十七歳・コリス。片耳が古傷で半ばから千切れた虎獣人のジェラルド。そしてレギトである。目立たないわけがない。
コリスは、つん、とそっぽを向いた。簾からも手を離す。
「いいもーん。入り用の品は、谷の市で買えるし。わたしは、じろじろ見られるのがいやなんです」
「シオンには懐いてたじゃんか」
「シオンさんは別よ! だって、紳士ですもの」
「女だったじゃん」
「! さ、最初は男のひとだと思ったのよ……。仕方ないじゃない」
「おやおや」
外見年齢二十歳。
それでも『交換留学生』と認められたのは、ひとえにコリスの容姿の賜物だ。
セイカからの学生も、十代の少年と少女が一人ずつ。三人目は明らかに文官風の成人男性だった。
なんでも熟練の法術士らしいので、見た目以上に厄介なのだとか。
(難しい国のこととか、よくわかんないけど。お互いに隠し兵器みたいなの、つるっと突っ込むあたりえげつないよねぇ)
レギトは、ゆく先々で自分をみる人間たちの好奇の目を知っている。
だからこそわかる。コリスは――……
「? 何、レギト。わたしの顔になにか付いてる?」
「いいえ。何も」
今日も可愛いですよ、と微笑めば、口の端を下げて黙り込んでしまった。照れてしまったようだ。
そんな、借りてきた猫状態のコリスの髪を、ジェラルドは遠慮なく、くしゃくしゃと撫でる。
「あーっ! もう! やめてーー!?」
「いやお前、これっくらい顔隠したほうが初見の相手には安全だぞ?」
「どうしてよ」
「どうしてって。そりゃ…………なぁ?」
「ええ」
懸命に乱れた髪を整える少女に睨まれる、訳知り顔のおとな獣人ふたり。
そんな一行を乗せた牛車は、ひとまず王の宮殿に向かうとのことだった。
ふつうであれば、いかにも気の張りそうな謁見、挨拶、歓迎の宴――もろもろの行事は控えるものの、少女の瞳に曇りはない。
過去のいざこざはいい。
大切なのはこれから。祭祀の才を持つシオンを谷の長の妻に迎えられた以上、ろくに作法を知らない自分が祠で出来ることは少ない。だから。
「王だとか、ひとをケモノ呼ばわりする神官だとか、賄賂大好き官吏だってどうでもいいのよ。わたしは、絶対人間の都で、獣神さまがたが元気になれる手がかりを探すわ……!」
「おう」
「お手伝いしますね。コリスちゃん」
「うん!!」
志高く宣言するコリスに、ジェラルドとレギトはこっそり、あたたかな視線を注いだ。
◆◇◆
後日。
ぶじに会えたジョアンの師は高齢ながらも健在で、なんと、神殿の重鎮として教育の場に復帰していた。しかも重度の隠れ動物好きだった。
よって、柳家や神殿でさまざまな神についての講義を執り行ううち、コリスの一途な気持ちにすっかりほだされてしまう。愛弟子のジョアンが口添えするまでもなく、彼女を神殿の“奥の間”へと案内するほどに。
ジョアン曰く「ずいぶんと早かったんですのね」と言わしめる惠娜女神との邂逅である。
こうしてコリスは女神のもとでたっぷりと修行し(※対外的には神殿で学ぶうら若き学徒)、谷に帰る一年後には“半魔”から“半神”へといたる道筋を見いだしていた。
すべてが穏やかに、めでたしめでたしとなるまで。
谷は、やがて新しい女神を迎えたという……。
〈後日譚・了〉
お読みくださり、ありがとうございます。完結後ではありますが、最終話の披露宴イラストが描けたので、一部分だけ追加してみました。
(後日譚のほうがおまけだったりします)
以下三点、よろしければ。
【花婿と花嫁】
もふもふなモブさんがたくさん。楽しかったです……。
【死屍累々】
ザイダルが離れたあとの新郎新婦席は、このような有り様でした。
【9/18、活動報告掲載絵】
左から、セイカの煉公子、如杏公主、樂公子です。
挿絵ではなかったので、こちらで。
──再び手にとっていただけたかたにも、ふと目を留めていただけたかたにも。
ご縁に感謝です。
ありがとうございました(*´ω`*)
令和四年九月二十七日 記
汐の音