7 末永く
「どうしてです。どうして、こんなことになったんです……!!」
「すまん」
「ご、ごめんなさい」
翌朝。
チュンチュンと小鳥の囀りが忙しいなか、力強くフライパンを片手にふるふると震えるコリスは、窓辺からの朝日を背に受けて仁王立ちしていた。
そんな少女を前に、外見年齢で言えばずっと大人に相当する男女ふたりが謝罪会見をひらいている。(※比喩)
コリスは嘆かわしい、と言わんばかりに空いた手を頬に当てた。これ見よがしの溜め息をつく。
「あのですね。おふたりともいい御年齢ですし、そういうことをするななんて言いません。もちろんです。
で す が ! 世の中には『けじめ』ってものがあるでしょう……? どうして、お式を挙げる前にやっちゃうんです。誓いを!!」
「はい、仰るとおりです。コリスさん」
「!!? ちょっ、ザイダル……? 何をしれっと肯定してるんですか! いま、コリスさんはかなり際どい発言をしたんですよ?? ねえ、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
あはは、と邪気なく笑ったザイダルは成獣の熊サイズ――もとい、ゆったりと身に沿った寝巻き姿だったりする。
客人用のものと同じデザインで、つまりシオンともお揃い。なんと、今朝はふたりとも仲良く寝坊してしまった。
そうして朝食の時間に遅れ、通路からフライパンをガンガン鳴らすという伝統的な『お母さん方式』とやらで起こされ。
――――そのあとが、まずかった。
「いやぁ。だって、これ。言い逃れできないだろ普通。同じ部屋から出てきたんじゃ」
「〜〜それを言わないでください! 私は、お願いだから夜のうちに帰ってくださいと言いました。なのに、なんで」
「はあぁーーーーい!!! そこまで。それ以上の痴話喧嘩は良い子のコリスちゃんが許しません。もう、ふたりとも罰として朝ごはん抜きです」
「ほう?」
「そんなッッ!?」
なぜかノリノリの喧嘩両成敗に、ザイダルは面白そうに瞳を輝かせた。いっぽう、シオンはそれなりにショックを受けている。
正確には朝食が云々ではなく、いつも優しかったコリスに、こうも面と向かって叱られることに驚いているわけだが……。
すると、ふたりの反応をそれぞれ確認したコリスは組んでいた腕をほどき、ふっと表情を和らげた。
「………………な〜んてね。冗談ですよ、冗談。困った長とシオンさんです。うふふ」
「コリスさん」
しゅん、と肩を落としたシオンに、コリスはにっこりと洗面台へと移動を促した。
「さあさあ、顔を洗ってきてくださいね。その間にスープを温め直します」
「俺は? コリス」
「は? 長は薪割りでもどうぞ。あとで見に行きます。出来高によっては、お昼ごはんくらいなら作ってあげなくもありません」
「!! ひでえ! くそっ、行ってくる」
「えええ??」
真に受けて、さっと食堂から出て行ったザイダルに、シオンはすっとんきょうな声を挙げた。すかさず怖い笑顔のコリスに尋ねる。
「いいんですか……? それとも、これは貴女がたの日常だったりします?」
「正解です、シオンさん」
「そ、そうですか」
◆◇◆
結局、シオンはきちんと昨日ラックベルで買った服に着替えてから食卓についた。
申し訳なさそうな――もはや、客人と呼ぶべきではないかもしれない女性に、コリスは温かな笑顔を向ける。いつも通り、手ずからお茶を淹れて。
「さっきのお話。『誓い』ですけど。谷の皆に向けてのお披露目会は、わたしが別の日に設けておきますから。おふたりは獣神様がたに報告して来てください。いいですね? そういう決まりなんです」
「……コリスさん……」
「夢でした。ザイダルを、長の家の最後のひとりになんて、したくなくて。さ、飲んじゃって。お祝いの言葉は絶対、わたしに一番に言わせてくださいね!!」
輝くような笑顔は、朝日に負けず。
――――――――
この日、ふたりは昼前にようやく祠へ『結婚の誓い』に訪れた。三獣神はみんな、比喩ではなく一回り大きくなるほどの喜びようだった。
獅子神は仔猫ほどの大きさから成猫程度まで。
鳥神は手乗り文鳥から南国のオウムくらいまで。
半人半馬神はなんと、少年から青年へと成長した。肌の艶まで増したので、これは過去、さぞかしいろんな女神から言い寄られたのでは……と、こっそり心配になるほど。
ケントウリは、すっかり声変わりを経た調子でふたりに祝いを述べた。
「おめでとう。ザイダル、シオン。これからも宜しく」
「こちらこそ。末永くお仕え――」
「おっと。だめだよシオン。ザイダルはともかく、君はまだ『自由』でいて」
「? あっ。そうか。コリスさんですね」
「そう」
素早く、あやうく『国守りの誓句』を言いそうになったシオンを止め、ケントウリが微笑む。
――シオンは昨日、手短ではあったがジョアンからすべてを聞いた。女神のお告げも、ジョアンの考えも。その上に広がる“谷”と“コリス”の可能性も。
半神の素質があるコリスは、みずからの意志で谷の外へと気持ちを向けなければならない。
いまある領域よりも一歩を踏み出せるか否か。
コリスは、無意識で『否』としている。それこそが彼女を“祠守り”たらしめ、半魔たらしめているからと。
「金と紅の大犬の娘は、どうだ。そなたは解き放てそうか? 長の妻よ」
「レオニール。ええ、やってみます」
ちらっと、さっきから盛んに頭をガルーダに突かれているザイダルに視線を遣る。
一旦、可笑しさと愛しさに微笑し、それから気持ちを決めた。
「あなたがたを消滅させたりはしない。コリスさんを必ず『自由』に。きっと、してみせます」