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5 私も(前)

「よお、べっぴんさん! 羽振りがいいね。うちも覗いてきなよ」

「ありがと、おじさん。またね」



 ――――――――


 ラックベルでは三日に一度(いち)が立つ。

 偶然にも今日がその日だったらしく、シオンはジョアンからの賜りものを最初に入った古着屋で脱いでいた。中央広場の入り口だった。

 そこで上下の女物を二、三点ずつと靴を買えば、あっという間に大荷物となる。


 そして、買い物は服だけではない。どうせまだ増えるのだからと、今度は荷運び用のロバを借りた。その手綱をザイダルが引いている。


 ひらひらと青果店の店主に手を振るシオンに、ザイダルは複雑そうな表情(かお)をした。


(シオンの奴、基本的に愛想がいいんだよな……。初見の相手にも垣根がなさすぎるってぇか。こいつ、絶対まだ男の格好のつもりだろ。間違いない)


 悶々と考えていると、前をゆく軽やかな足取りが止まった。振り向きざまにライラック色のロングスカートの裾が靡き、垂らした髪が揺れる。はらりと佳人の頬にかかった。


 古着屋を出る際のシオンはこれに、少しだけセイカ風の趣のある綿のブラウスに薄手のショールを合わせていた。靴は(かかと)が低く、柔らかななめし革を縫い合わせた靴紐がないもの。この地方では一般的な女性の装いだ。


 ――そして。



「眼鏡、持って来てたんだな。目は悪くないんだろ? なんでだ」

「なんでって。……変装してるみたいで落ち着くから?」

「いや、なんで疑問形なんだよ」

「さぁ? 自分でもよくわからない。二年も男のふりをしてたからかな。仕事着でもなく、急に女物をあてがわれると照れるみたいで」


 綺麗な格好は嫌いじゃないんだけどね、と呟き、シオンはまた前を向いた。


 男装のときは体の線を隠すため、補正用の布を上半身に巻いていたという。いまはそれがない。

 だからだろうか。薄い肩に華奢な背中、ほっそりとした腰は服越しでも容易に想像できた。出会ったときの優男っぽさは欠片もない。


 そんな、どこからどう見ても女性である彼女が『落ち着かない』と。

 自然に振る舞うことへの不安を匂わせた。


 ようやく故郷を追われた原因が消え、自由の身となったのに。

 それでもどこか、不安が残るのだとしたら?   

 変装の片鱗(メガネ)に縋りたいのだとしたら。


「シオン」

「ん?」


 声は明るい。今度は振り向かない。

 その背に、ありのままの気持ちで問いかけた。


「――良かったのか? さっきの侍女の話。蹴っちまって」




   ◆◇◆




 会談は、意外にもジョアンの乱入で幕を降ろした。

 真新しい薄紅と花模様の刺繍もあでやかな装いとなった公主は、髪も化粧も完璧。非の打ち所のない美姫に仕上がっていた。

 その彼女に「聞こえましたわ」と、のっけから切り出され、勢いで直接断る羽目になり。


(ちょっと寂しそうだったかな……。でも、たぶん私もあんな顔をしてたかも)


 ザイダルたちが協定内容を記した紙面を取り交わす間、自分たちは再会を約して抱擁した。

 そうしてつつがなく“幸せの音色亭”をあとにし、買い物をしたかったから、帰りの馬車には町の門で待ってもらうことにして。

 だから、これは正真正銘、女の格好になった自分が(ザイダル)とともに歩く初めての機会となる。


 こう言っては何だが、あれやこれやを経ての彼との町歩きなど緊張しかなく、保険に眼鏡を持参して良かったと心底思った。

 分不相応な正装からの解放感と、久しぶりすぎる女性の日常着など、浮き立つなというほうが無理だ。


 ――……良かったのか? さっきの侍女の話。蹴っちまって、と。


 思案げなザイダルに問いかけられたのは、そんなときだった。



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