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2 なんだ、これ。うそだろ

 早退したシオンは、ジョアンの部屋の扉をノックした。すぐに谷に来たときとは違い、動きやすそうな衣装の公主が顔を出す。


「おかえりなさいシオン。早かったのね?」

「ええ。ザイダルが迎えに来てくれたので。明日、ラックベルで正式交渉だそうですね。私も行かなきゃならないようですが。その――」

「ははあ」


 ぴん、と来たジョアンは、半開きの扉の向こう側に佇むシオンの手をとった。遠慮なく、ぐいっと引っ張る。


「!! うわっ」

「任せなさい。何しろ、峠で籠屋に置いていかれたとき、一緒に運ばせてた衣装箱もザイダル様に見つけていただいたのよ? こう見えてけっこう衣装持ちなの。さぁ入りなさい。似合うのを見繕ってあげる」

「い……ッ、いいえ!? そうではなく!」

「え? なぁんだ。違うの?」


 あわや部屋に引きずり込まれ、ギルドの制服ではなく普段の男物の服をひん剥かれそうになったシオンは、慌ててはだけた襟元を直した。


(……なんか……ご兄妹そろって、似たことをされてる気がする。意図はかなり違うけど)


 (ラク)公子の『アレ』は、思い出すと胸がしくしくするレベルの記憶の闇。つまり、抹消したい黒歴史である。

 ジョアンの『これ』は間違いなく純粋な親切心なのであって、比べるほうが失礼だ。


 シオンは、申し訳無さそうに微笑んだ。


「私の着るものは、明日にでも。ちょうどいいからラックベルの古着屋でも覗いてみます。けど――貴女は、さすがに戻られたほうがいいのでは? あちらの外交官だってそのつもりですよ。ですから、明日はジョアンも同行してくださいね。出発は朝の八時です」

「ええ〜〜?」


 トントン拍子に話を進め、強引に言いくるめた。

 ジョアンはそれでも諦めがたいらしく、衣装箱から一対の衣を取り出してみせる。

 上等な衣擦れの音。

 それは淡い薄荷色の上衣に、金糸の刺繍を施した山吹色の裳(踝まで届く、()()のあるスカート)。「似合うのに」と呟くジョアンは、果たしてこちらの言い分を聞いていたのか、或いは聞かなかったことにしたいのか……。


 シオンは、きりりと表情を改めた。


如杏(ジョアン)様」

「ああもう! わかったわ。わかりましたとも。た、だ、し」

「?」


 ジョアンは拗ねたようにそっぽを向いたあと、にこりと笑みを(たた)えながら流し目をくれた。泣きぼくろの色気が凄い。


「衣装くらいは贈らせてちょうだい。わたくし、もっとここで過ごしたかったわ。貴女や、獣神様がたに何かして差しあげたかった。

 ――あのね。獣神様(あのかた)がたにいま、最も足りないのは民の祈りよ。それもこれも、あのかたたちの強い決心あってのことで、わざと消えてもいいように振るまわれていた感は拭えないけど」

「如杏様……」

「ジョアン、よ」

「うっ」


 どさくさで、人差し指を口に当てられた。

 ジョアンはその後、てきぱきと(かんざし)から予備の領巾(ひれ)、黒い絹張りの(くつ)までもシオンに譲ると言って聞かなかった。


 結果、あざやかに言い負かされたのはシオンのほう。

 心理的に打ち負かされ、清々しく戦利品(?)を持たされたシオンは、自室にそれらを置くためにとぼとぼと続き客間を通った。




   ◆◇◆




 客間には公主への説得を依頼した張本人――ザイダルがいた。ゆったりと長椅子に掛けて腕組みをし、瞑目している。

 眠っていたわけではないようで、目をひらき、ちょっと情けない顔をしたシオンに、もの問いたげに視線を遣った。


「すまん。だめだったか?」

「いいえ、わかってもらえました。明日、青霞(セイカ)の使節とともに帰国されるそうです。交換条件を出されましたけど」

「? どんな」


 きょとん、としたザイダルは立ち上がり、両手の塞がったシオンのために、彼女の部屋のドアを押し開けた。

 礼を告げ、扉が閉まらないよう押さえてくれている隙間を身を屈めて通る。


(あ)


 ――しまった、と思った。

 顔を上げようものなら、また良からぬ雰囲気になりそうな距離の近さに、ハッと身をすくませる。


 が、どうやら、それこそが逆効果なようだった。



「…………それは?」


 額にかかるように落ちてくる、低い、おだやかな声。

 (ザイダル)のことばが、胸元に抱える衣類一式を指しているのはわかったが、耳が勝手に響きを拾ってしまう。反応する。頬が赤らむのを自覚した。脈打って落ち着かない。



 これでは。

 まるで。



「――シオン」

「あっ、あの……!! 交換条件なんです! おれっ、いや私がこれを会談で着るなら帰ってもいいと。それで」

「ふうん? そりゃ楽しみだ。光栄だな。明日は、青霞の美女ふたりのお供ができるってことか。谷中の男どもから()()()()()()そうだ」


「っ! ザ、ザイダル!?」

「おっと。すまん、つい」


 わなわなと震えるシオンの涙目に睨まれ、ザイダルは心底楽しそうに自由なほうの左手で室内を差し示した。ついでに、つむじに落とした口づけの衝撃で、まんまと顔を上げたシオンにとっては、獰猛にも映る笑顔で言ってのける。


「今夜はよく休んでくれ。明日は、あっちの人間に何をどう言われても、お前さんだけは渡さないから。じゃ、夕食で」

「え。あ……、うん???」



 ――――あれ? 会談ってそういう主旨だっけ? などなど。


 扉が閉められ、ザイダルが去ったのは気配で察しつつも混乱の極み。

 シオンは包みを抱えたまま、ふらふらと寝台に歩み寄って倒れた。掠れた声で呟く。


「なんだ、これ。うそだろ」


 収まらない熱。赤面。

 独り言は男ことばのままなのだと、遅まきながら知った。




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