1 戦うの? 大丈夫??
こちらは間章になります。
館での攻防戦を主に、侵入者視点、コリス視点、神様視点などを描きます。
おそらく最終章になる五章の前の、一休み部分です。さらっと流し見でどうぞ。
――――影が飛んでいる。
少なくとも、移動中の自分たちを暗がりの木立で見かけた人間は、そう感じるはずだと染は思った。今回障害となる相手は、厳密には人間ではないのだが。
(楽勝だな)
枝から枝へと移る身は普段より数段軽い。
神殿の暗部として働くようになって八年。昨夜は予想もしなかった大手柄のおかげで報酬額が倍以上に跳ね上がり、ほくほくしていた。樂公子様々だ。
日を改めての今日。
本来の捕捉対象だった如杏公主の居所は知れている。関所から谷に入った公主たちは、ひどく目立っていた。商人に扮して人混みに紛れれば、すぐ『館』という単語が耳に入るほど。
――祠守りの客人。
――シオンの、とも。
その場所が関所とは反対の谷の端にあり、客分だという『シオン』が郷紫苑を指すというのは、今ならば納得の成りゆきだった。公主は元々「友人に会いに行く」と、置き手紙で明らかにしていたのだから。
……まさか、当の友人がああまで男性になりきっていたとは。
そのことだけは、公子の検分まで半信半疑だったが。
「! 見えた。あれだ」
日中でも木々の繁る山中は薄暗い。そこからほど近く、断崖を背に古びた石造りの館が建っていた。
公主はどこにいるのか。
また、邪魔な獣人はどの程度いるのか。
一行を率いる染の言葉に、黒づくめの男たちは樹上でひたりと動くのをやめた。
そんななか、ひとりの影が尋ねる。
「祠守りってのは? 神官みたいなものか。ケモノの娘が一人らしいが」
「さあなぁ。報告はしたが、公子はそこまで言及されなかった。つまり、俺らの裁量で動いていいんだろう」
「手に余るようなら殺しても?」
「女子どもだぜ? 余るかよ」
「ははっ、そりゃそうだ」
「――与太話はそこまで。まずは如杏公主を探せ。見つけるまでは隠密厳守。把握次第確保しろ。合図は見逃すなよ。以上」
「わかった」
「了解」
総勢五名。全くの無言を通して頷くだけの者もいる。
自分たちは選りすぐりの精鋭という自負もあった。
こうして、染たちは獣人たちがことさら特別視する『祠守り』の聖域へと足を踏み入れた。
――――地を、踏んだ。
◆◇◆
「来ました」
ぴん、とコリスが背筋を伸ばす。朝食の片付けをしているときだった。
客人は真性のお姫様なので、このような作業は慣れないはずだが、警護の観点から言って客室にひとりで戻らせるほうがよっぽど危ない。よって、無難に黙々とお皿拭きを手伝ってもらっていた。
布巾を握った手を止め、ジョアンがきりりと表情を引き締める。
「わたくしは、どうしたらいい?」
「祠にご案内します。ジョアンさんは、昨日のうちに獣神さまがたにお目通りを済ませましたから。多分、お姿も現してくださるんじゃないかなって」
「隠れていればいいのね。でも、あなたは? ザイダル様がお戻りになるまで、一緒に籠もっていれば良いのではなくて?」
「そういうわけには」
「………………何、してるの?」
「獲物の確認を」
「獲物」
コリスは小窓を開けて目を瞑り、こめかみに指を当てて神経を集中させている。金色の犬耳がぴくぴくと小刻みに反応しているので、音を探っているのだとは知れた。しかし、獲物とは。
「まるで、狩りね」
「間違ってはいないと思います」
「――……戦うの? 大丈夫?? わたくしだって、いくらか法術を使えるわ。相手が多勢なら助太刀を」
「平気です。ありがとう、ジョアンさん」
ぱたん、と小窓を閉める。振り向きざまに、さらりと濃い桃色の髪が肩の上で流れた。爛々と光る紅色の双眸はどこか金を帯び、戦いへの高揚を感じさせる。
無意識でジョアンは眉をひそめた。――女神に仕える者の、本能のなせるわざとして。
「コリスさん。あなた、それ……」
「お気になさらず。こういう風に、体ができているんです」
袖から出た娘らしい手の甲。その先端は、ほっそりとした指で愛らしくもあった。ついさっきまでは。
犬歯ののぞく口元をにこりとさせ、コリスがほほえむ。
「昔、シオンさんやジョアンさんの国と谷は、大戦ってほどではないんですが、のっぴきならない事情があって争ってました。わたし、その戦場で何度も駆け回ってたんですよ。ご心配なく」
体格は変わらない。しかし、その右手と爪は伝説のみに姿を伝える金色大犬のそれと化している。
コリスは、まだ人型をとどめている左手を公主に差し出した。
「行きましょう。話し声が聴こえました。あいつら、あと数分で館に侵入ってきます」




