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獣人の谷へようこそ 〜法術士シオン(男装)の旅日誌〜  作者: 汐の音
第四章 ひとの営み、神々の理(ことわり)
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9 古の約

 その後のふたりには、目をみはるものがあった。

 ジェラルドは通路に向けて二種の短槍を突き出し、駆けつけるセイカ兵たちを間合いに入れない。

 ザイダルは普段の大剣ではなく片手剣を装備しており、それをスラリと抜いて寝台へ。いまだにシオンを組み敷いていた(ラク)の顎先へと、迷わず切っ先を向けた。


「降りろ。すぐに」

「この……、賊めが」


 憎々しげな捨て台詞とともに、公子はいちおう指示に従う。

 ザイダルは、シオンの『ぎりぎりの無事』をさっと確認すると、極力見ないように気をつけつつ「動けるか、シオン。できればこっちへ」と呟いた。


「は、はい」


 震えは収まらなかったが、問答の隙に最低限の衣服の乱れは直しておいた。口元の戒めをほどき、頷いて寝台から滑り降りる。はだけた胸元は、両手でかき合わせながら走り寄った。

 そんなシオンに、樂は皮肉げな笑みを浮かべた。


(コウ)。それで助かったつもりか? ――おい、お前。俺が誰だか、わかっているのか」

「もちろんわかってるさ、セイカの樂どの。会うのは初めてだが」

「…………口を慎め。やはり、辺境の獣は躾がなっておらんな」


(!!)


 かちん、と、これにはシオンのほうが頭にきた。

 躾がなっていないのは目の前の男だし、“獣人の谷”は辺境ではない。セイカとは違う豊かさに満ちた、おだやかな里だ。商人だってそこそこ訪れている。

 反論したいのを我慢しながら、シオンは悔しげに口をつぐんだ。同時に(そうそう、そんな名だった)と、ようやく相手の名を思い出す。


 そのときだった。

 バタバタ……と、通路の向こう側が騒然とし始めた。

 膠着状態の兵たちをかき分けて来たのは、ラックベルの町長だった。わずかだが手勢も連れている。


 ジェラルドは、なぜか――――これを黙認した。




   ◆◇◆




 失礼、と断ったあとで、ぶち破られた扉に目を丸くしつつ、町長は恭しく()()()()()頭を下げた。


「お久しぶりでございます、ザイダルどの。此度は申し訳ありません」

「すまない、町長。一刻を争ったので勝手に邪魔をした」

「…………は?? 『どの』? どういうことだ」

「おそれながら、セイカの公子様」


 額の汗を拭いながら、町長はいったん言葉を区切らせた。ひどく緊張しているようだった。


「ご存知なかったのでしょうか。我々ラックベルの民は、有事の際は“獣人の谷”の庇護下に入ります。貴国ではなく」

「??? 盟約があるということか……? だから、こんなくたびれた半獣の肩を持つと? 馬鹿な! お前たちは人間じゃないか!」


「――おそれながら」


 町長は表情をあらため、視線を厳しくして樂へ。同じ台詞を繰り返した。こちらも怒りを感じているようだった。


「セイカと谷に結ばれた、古の約もご存知ないのですか。両国は基本的に不可侵であると」

「約?」


 ぽかん、とした樂に、ザイダルは剣を鞘に収めながら深々と溜め息をついた。


「昔、そっちの人間が勝手に谷の者たちを連れて行った。言うのも(はばか)られるような、家畜や奴隷にするためだった。そこから派手にやりあって締結した、永世不可侵条約だ。ちゃんと学べよ若造」

「なっ……!! どういうつもりだ貴様! 第一、郷は。その女は逃げ出したセイカ人で――……ッ」

「くそったれ。わかっちゃいねえな。『谷の者』と言ったろうが!!! 何人たりとも、うちの領土に()()()()()()()()あるうちは(うち)のもんだ。あんたの妹もな」

「お、お前は」


 とたんに、樂が青ざめた。領土侵犯。条約違反。不法な拉致は国際的に青霞(セイカ)が責められても仕方のない失態だった。

 おまけに、谷にはすでに、再び――――


 わらわらと町長の手勢が樂の両脇に回り、丁寧ではあったが有無をいわさぬ様子で「公子様。ひとまずは別室へ」と促した。樂はまだ呆然としている。


 ザイダルはシオンの肩を抱き、後ろを振り返った。


「帰るぞ、ジェラルド。あとは国同士のことだ」

「了解、長」


 ――長だと、という呻きを無視して、ザイダルは背中から圧を滲ませた。


「今ごろ谷に来てる奴らに関しちゃ、もう無事は保証できない。そこは覚悟しておけ」





これにて第四章を終わります。

次は、五章の前に間章を挟むかもしれません。



※ちなみに、このあとのシオンとザイダルはこんなイメージでした。


挿絵(By みてみん)


 〜つづく〜

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― 新着の感想 ―
[一言] まだまだ終わらんよ……!(※ざまぁが) 何故ならば……ウチのシオンに手を出した者は死あるのみだからだ!!(不穏) 嘘です。満足しました。 まあ公子は許さんけど。 ザイダルスパダリィィィ─…
[良い点] くっ! いい雰囲気だ!(くっそー!) お、おかしい。 熊男さんの横顔が随分と端正に! しかも、スリムボディヴァージョン!! 許せん!(笑) まあ、そんな事は些末に過ぎぬ。 何故に!? 何故…
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