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獣人の谷へようこそ 〜法術士シオン(男装)の旅日誌〜  作者: 汐の音
第四章 ひとの営み、神々の理(ことわり)
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8 ――シオン。助けに来たぞ

本日二話目投稿です。


 緞帳(どんちょう)めいた窓の(とばり)がびっちり下りているせいか、部屋が全体的に薄暗い。それで、今が何時かもわからない。

 だが、素直に尋ねられる雰囲気でもなかった。


 せっかく身を起こしたのに顎を掴まれて。

 ぐっと顔を寄せられて。

 やっぱり、ちょっと顔立ちもジョアンに似ているな、と思ったときには怪訝そうに眉をひそめられた。


 ――なお、距離感は変わらない。睫毛の長さまで見て取れる。


「よく……、ここまで無防備な女が二年も、国を出てぶじに過ごせたものだな。昨夜、配下が『見覚えがあるから』とお前を連れてきた。男物の服だった。ご丁寧に()()()()()()()()()。――つまり、砦からも変装で逃げおおせたということか? 男の格好で」

「!! 見たんですか! ……ぐっ」

「質問だけに答えろ。口ごたえは許さん」

「――……ッ!」


 口ごたえも何も、ふつう、喉を締められては声など出せない。この男おかしい。

 相手が機嫌を損ねると面倒なタイプらしいと直感したシオンは、それでも反抗的なまなざしになるのを抑えられなかった。抗議のためにはくはくと口を開閉する。


 男はそれに、酷薄そうな笑みを浮かべた。

 瞳にはこの上ない愉悦の光。それに、あらためてぞっとする。


(〜〜!?? こいつ、やばい。完全に関わったらだめなやつ……!)


 本能的な忌避感。戦慄が胸をよぎる。

 力加減からして本気ではなさそうだが、ひとを痛めつけて喜ぶのなんか、およそ正気の沙汰じゃない。

 シオンは心でジョアンに謝った。――すみません、全然似ていません。ごめんなさい。


 そうして記憶を探った。 



 王の第二子である高位神官。名前は忘れた。

 二年と数か月前に自分を故郷から攫った張本人で、ジョアンが教育係に付けられるまではやたらと絡んで来た。べたべたされたと言っていい。

 漠然と暇なんだと思っていたが、単にいじめっ子気質だったんだろうか……。


 すると、沈黙(※物理)をどう受け取ってか、王の子ともあろう男が苛立たしげに舌打ちした。


「!」

「余裕だな。もう生娘でもないということか。まぁ、見つけたときも二十歳(はたち)は超えていたようだし」


 容赦なく後ろに倒され、どさりとのしかかられる。

 両腕を拘束され、ようやく喋れるようになったシオンは、思わず「は?」と、素で訊いた。ぎりりと手首に食い込む指の圧に、声音は自然と不機嫌になる。


「いま、それは関係ありますか」

「あまりない。どうせ、やることは変わらんし」

「………………正気ですか? おれ、いや私は単なる元・青霞(セイカ)の民で、はっきり言ってもう戻りたくないと思っています。それに、仰るとおり、とりたてて美人でもない平民の行き遅れですよ。なぜ」

「よく回る口だな……もういい、黙れ」


「!!」



 片手で口を塞がれ、今度こそ言葉を封じられてしまった。その段で気づく。これでは。


 男はにやりと笑った。


「法術を使われては敵わんからな。好みの顔に痕が残るのは嫌なんだが、しょうがない」

「!? 〜〜んぐっ! むぐぐ!??」


 上掛けをはぎ取られ、借り物の寝間着の帯を慣れた手付きでほどかれた。しゅるりと顔の辺りに持ってこられ、瞬時に猿轡(さるぐつわ)をされるのだと悟る。

 冗 談 じ ゃ な い。


「んーーーーッッ!!!!」


 抵抗虚しく、きつく口内に綿の布地を噛まされた。

 こんなことなら、身分なんか(おもんぱか)らずさっさと風圧で吹き飛ばせば良かった……! と、心底後悔するも、もう遅い。

 がむしゃらに叫び、身をよじって逃れようとしたが、かえって機嫌が良くなるだけだった。胸元の(あわせ)に手をかけられて絶望的な気分になる。

 こんなことなら。



(ザイダル……!)



 ――――逃げなければ良かった。

 ちゃんと向かい合えば良かった。神殿からの追手だって、こんな歪んだ私情まみれなのだったら、然るべき手順を踏んで法術士だと名乗り、外国に亡命する手段だってあったのに。


 外国。

 “獣人の谷”にだって。



「っ」

「…………なんだ? 外が騒がしいな」


 ふと、蠢いていた指が止まり、首筋に埋もれていた公子の茶色い髪が離れた。

 息があがり、涙が滲んだせいで、不鮮明な視界に細く光が差す。なんと、両開きの分厚そうな扉がたわみ始めていた。

 間隔を空けた、無視し難い数度の衝撃。それから轟音。



 ドォォォン!!



「!?!? なっ、何事だ!」


「ふーー……。(かっった)い扉つけてんじゃねえぞ。手間取ったじゃねえか」

「ザイダル。お前、それ、無茶苦茶」


(!!!)



 四角く切り取られたような逆光のなか、見慣れたふたり分のシルエットが(あらわ)になった。


 呼べない。声を出せないシオンに、扉を体当たりで粉砕した熊獣人は、無様にうろたえる貴人に一瞥(いちべつ)すらせず、に、と豪気に笑ってみせた。


「遅くなってすまん。――シオン。助けに来たぞ」





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― 新着の感想 ―
[良い点] よしっ! いいタイミングでやって来た! ヒーローはこうでなくっちゃ! まあ、個人的には、もう少し遅くても良か……っ……。 コ、コリスさん。 出刃をファンネル(アムロレイ御用達)の様に使う…
[一言] キターーー!!!!(大歓喜) オイオイオイ、死ぬわアイツ( ˘ω˘ )
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