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獣人の谷へようこそ 〜法術士シオン(男装)の旅日誌〜  作者: 汐の音
第四章 ひとの営み、神々の理(ことわり)
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6 何の話だよ。マジ攻めんの?

「眼鏡、だな」

「眼鏡ですね……」


 獣人の谷の関所近く、山中。とっぷりと日は暮れて辺りには虫の音。

 晴天と微風という好条件のもと、月下の明かりだけで谷の者がシオンを捜索した。

 結果、侵入者と思わしき人間たちの痕跡自体はいたるところに。また、決定的な証拠も見つかった。シオンの丸眼鏡だ。


 梟獣人の青年レギトは物腰柔らかに振り向き、背後を疾駆で追いついた長のザイダルに確認を頼んだ。――何となく、触れてはいけない気がしたので。


 三日月の光はおとなしやかで、星明かりのほうが賑々しい。その、わずかな光を弾くレンズと銀縁部分に目を細め、膝をついて手にとる。

 幸い、どこも壊れていなかった。


 立ち上がりつつ付着した落ち葉などを払い、てきぱきと腰のポーチに収めたザイダルは、同行者のコリスにも意見を求めた。


「どうだ? コリス。匂いはわかるか」

「うーん……。焚き火の煙と複数の人間の匂い。それに変な匂いね。多分、薬を使われたんじゃないかしら」

「――だな。争った形跡もない。レギト。上空からの不審点はあったか?」


「ああ〜。強いて言うなら、枝が折れて間もない樹が何本か。コリスちゃんが匂いを把握しきれないってことは、枝伝いにここまで来たのかもしれません」

「……ってぇことは、奴ら、職業暗部か。よし」

「長?」


 自身も、すん、と鼻を鳴らして侵入者たちの匂いを覚えたザイダルは、関所方面に向けて正確に(きびす)を返した。

 白梟を思わせる真っ白な長髪。金の目。背にはやはりふわふわの白。極上の静音(サイレント)機能付きの翼を波立たせたレギトが問う。


 ザイダルはまったく笑わない瞳で、口もとだけを綻ばせた。


「伝令頼む。あ、合図の笛も吹いてくれ。他の奴らは解散。打ち合わせ通り、なんか気づいた奴だけギルドに来るだろ」

「了解。で? どこに伝令を?」


 レギトは首から一本の短笛を紐でぶら下げている。それをつまんだ。

 ザイダルは腕を組み、黒々とした枝葉越しに頭上の夜空を仰いだ。


「ほんと、こんな時のための混血組だよな……。ここからセイカに続く経路はふたつあるが、街道脇にアナグマの親戚が住んでる。木こり小屋に」

「ありますね。ラックベルの近く」

「そうそう。そこまで頼む。谷に用があるセイカ人で、余裕のある奴ならまず間違いなくラックベルに泊まるから。奴ら、閉門には間に合っちゃいないだろうが塀くらい飛び越えるだろ。それか賄賂」

「賄賂……」


 うへえ、と、顔を歪めたコリスが反芻した。

 レギトがそれに、くすりと頬を緩める。


「なるほど。探ってもらうんですね」

「俺たちじゃ目立ちすぎるからな」

「わかりました。ただちに」


「――宜しく頼む! お前も、相当目立つからな!? 気を付けろよ!!」



 羽ばたきのため、やや距離をとったレギトに声をかけた。

 既に笛を咥えたレギトは、ただ、こくこくと頷く。

 翼を広げる反動で前傾。すぐさま宙を一打ち。漕ぐように背の一対をはためかせた。



「……俺たちも行くぞ」

「ええ」


 目配せを交わすふたりの間に数本の羽根が舞い落ちる。

 ふたりは、それらが地に着かないうちに駆け出した。

 魔物ハンターギルドには関所務めの獣人たちや、ギルドマスターの虎獣人ジェラルドが待っているはずだった。



 ――――獣人たちの身体能力と結束力はかなり高い。

 そもそも、衣食住に不足のない限り平和に暮らす彼らだが、いったん飢えたり牙をむかれたりすれば容赦がなかった。それは歴史が証明している。


 だからこそ、軍事大国でもある隣の青霞(せいか)は谷を呑み込まなかった。できなかったのだ。




   ◆◇◆




 明朝。

 一晩がかりで情報収集や必要なやり取りを済ませたザイダルたちは、あっという間にラックベルに逗留中のある一行に目星を付けた。


「くそだな。名前も身分もそのまんまかよ」

「ザイダル、口が悪くなってんぞ」

「う。すまん、つい」

「まあなぁ〜。わからんでもないけどサ」


 徹夜明けとは思えない口ぶり。炯々とした目付き。ジェラルドはニヤリと口の端を上げた。


 ふたり、どっかりとギルドホールのテーブルに掛けている。椅子ではない。テーブルのほうだ。

 夜通し何度も往復させてしまったレギトには礼を言い、帰ってもらった。

 ぴりぴりと殺気だっていたコリスも、ひとまずは館に戻ってもらっている。青霞の公主ジョアンは放っておけない。防衛(ガード)面においても。


「連中、来るかね」

「来るさ。どっちかってえと本命は公主さんだったはずだ。タイミングが良すぎる」

「ふーん。で、どうする? オレは、受けか。攻めか」

「攻めだろうなぁ………………。いや、まじめに。お前、槍使いだし。跳躍力とか戦闘な。超期待してる」

「おいおい、何の話だよ。マジ攻めんの? セイカの王族相手に??」


 業物(わざもの)はさすがにダメだろ、と、ジェラルドが引きつった笑いを浮かべる。

 ふぁ、と欠伸をしたザイダルは、大きく伸びをしながら決定事項を告げた。


「ううう……。仮眠室、借りるな。お前も寝とけよ。いちおう、ラックベルの四門は手勢配備。逃げられっと厄介だ。俺たちは二時間後に出発」

「まじかよ。じゃあ、館は?」


 側に控えていた仲間にさっそく適宣役目を振り分けつつ、ジェラルドが問う。

 今度はザイダルが悪い笑みを浮かべる番だった。


「コリスだけで充分だ。じゃな、おやすみ」

「お、おー……うん。そっか」




 こうしてラックベル一の高級宿“幸せの音色亭”および谷の館は、のちのち語り草となるような大立ち回りの舞台となる。




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[一言] >「ふーん。で、どうする? オレは、受けか。攻めか」 ぶるうちいず先生「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」
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