4 もうもう、水くさいかた!!
「のどかだな……」
「両手に事切れたコカトリス。おれに仕留めた一角大兎を抱えさせて言う台詞じゃありませんね、ザイダル」
「まったくだ」
熊耳の大男は神妙な顔で頷いた。のんびりとした応酬は傍目にほのぼのと映る。――それはさておき。
長閑なのは景観。延々と続く大草原。なだらかな緑の起伏の向こうには青く霞む山並みが見える。風は緩やか。まるでピクニックだった。
が、二人は当然親睦を深めに来たわけではなく、ましてやデートに訪れたわけでもない。れっきとした討伐依頼をこなしに、谷の外へ出ている。
腰のポーチから携帯筆記具を取り出したシオンは、ギルド随行員としての達成確認サインを記すべく、手のひらサイズの綴りをめくっていった。
ぺらり、ぺらり――
――・*・――・*・――・*・―――
中級討伐依頼:セオ村の小麦畑を荒らしに来るコカトリス。一羽につき謝礼三銀貨。
下級討伐依頼:ラックベルの町の防具屋より、一角大兎のツノと損傷の少ない毛皮。一羽につき謝礼五十銅貨。
――・*・――・*・――・*・―――
それぞれの頁の隅にペンを走らせ、個体数もメモする。解体費は別途で引かれるが、どちらも肉が売れるし、労働に対して悪くない成果だった。綴りをしまい、にっこりと笑いかける。
「これでよし。お疲れ様です、ザイダル」
「おう。じゃ、街道沿いに戻って谷に帰るか。すまんな。細っこいのに荷物持ちなんかさせて」
「まったくです」
先のやり取りを、ほぼそのまま再現して笑い合う。
二人は、各自の荷を抱え直して方向転換した。
風そよぐ緑の絨毯の向こう側には、白くくすんだ一本の道。寂れた部類ではあるが、きちんと整備された大陸公道だ。
いくらかは人馬の往来が見えた。大半がザイダルのようなハンターの風体であったり、商人の一団だ。
その街道めがけて斜面を下る。
異変には、あとで気付いた。
――……、けて……
(?)
風が運ぶ、誰かの声に眉が跳ね上がった。
おまけに、妙に記憶を刺激される声だった。
きょろきょろと辺りを見回す、目下気になって仕方がない連れの女性(※男装)に、ザイダルは注意深いまなざしを向けた。
「どうした」
「聞こえませんか? 誰か……女のひとだとは思うんですが。助けを」
「ん、待て……………………、! わかった、こっちだ。獲物を頼む。片付けてくる」
「えぇっ!? ちょ、ザイダル!!」
黒いくせっ毛の上で熊耳が何かをとらえたらしく、ぴくりと動く。
それから、縄で括っておいた二羽のコカトリスを躊躇なく放り出した。
大柄ではあってもさすがの獣人族。俊敏さや膂力では、そこらの人間など足元にも及ばない。
遠ざかる背に、シオンは素直に荷物の番をすることにした。ついて行けないし、追いつくこともできない。
ザイダルは本能的に相手の力量も感じ取れるハンターのようだし、魔物であれ野盗であれ、遅れを取ることはないだろう。ぽつねんと待つ。
やがて、直接座った地面からズルズルと何かを引きずるような振動が伝わった。
(え? ズルズル? 何を)
草むらから立ち上がり、ガバっとザイダルが駆けていった方向に目を凝らす。
すると、シオンは二重の意味で顎が落ちそうになった。
「うっそだろ……あれ、大地王蛇……? 上級魔物!!! それに、あのひとは」
風になぶられる髪をよけて、眼鏡越しにその姿をとらえる。まだ声が届くかは微妙な風向きで、距離もあったが、ザイダルが肩にぐったりとした大蛇を担いで運んでいるのはわかった。問題は、ぶじに助け出せたらしい女性のほう。
……どう見ても、セイカの装束なんだが。
それに、どことなく見覚えが。
ぼんやりと立つ眼鏡法術士を見つけ、半泣きの青霞美女が駆け寄るのは、そのしばらくあとだった。
◆◇◆
「見つけましたわ……、紫苑っ! もうもう、水くさいかた!! 助けてくださったザイダル様と女神様のお導きに、心より感謝を」
「へっ!? 如杏?? なぜここに」
しどろもどろと受け止めるシオンの鼻腔に、ふわっと花の香りが掠める。
(うわお)
正真正銘、溢れんばかりのおとなの色気。さすが、公主さまと同名の大貴族の姫君は女子力が違うな……などと、おかしな感心をしていた。
その耳朶に、ジョアンはさっと囁いた。
「うふふっ。期限付きで家出しましたの。どうか、面倒な兄たちから匿ってくださいませね? 『シオン』様」




