2 なるほど、一理ある
「ふえ? 働く?」
「うん。対外的に。ここで長逗留するだけじゃ居候に見えるからね。当面は、この前声をかけてもらったジェラルドのところにでも」
「!! だめだ、断固反対だ!」
「?」
「えっ」
突然の反対。というか、温厚なザイダルが見せた珍しい完全拒否。
そう言えばギルドでも似たことが……などと思い出しつつ、頭の上にたっぷりと疑問符を乗せたコリスとシオンは、ひたすらまじまじと上背の高い熊男を見上げた。
「どうしてですか」
「いやその。あいつの声がけってあれだろう? 『嬢としてなら』って。いいのか? 女装になるぞ」
「――女装って」
シオンは、ふっ、と笑った。
彼女の他意のない一言が、こんなにも柔らかな色香をまとうとは気が付かなかった。ザイダルは、遅まきながら後悔した。或いはようやく、なぜシオンを谷に誘ったかを秒速未満で悟った。
本能って怖い。そして更に、自分の無自覚な好みどストレートだった彼女におののく。
そう。
もっと早くに気付くべきだった。
――――男だと思っていたときですら、やたらと彼を気に入ってしまった事実に!
しかし、煩悶するザイダルをよそに、シオンはじつに明快に『魔物ハンターギルドで働くこと』の利点を並べていった。
曰く、雇い主のジェラルドがシオンを女だとわかっていること。それにより、何のかんのと融通が利きそうなこと。
また、本来のギルドは谷の外にあり、大陸共通の出先機関であること。ゆえに人間のシオンがいても違和感はない等々。
ザイダルはもちろん渋い顔のままだった。
「でもなぁ」
「あ! じゃあ、こうすれば?」
ぱちん、と手を打ったコリスが、花がほころぶように微笑んだ。にこにこと半身を傾け、客人と長の両方を交互に覗き込む。
「そんなに心配なら、長もギルドに通えばいいのよ。哨戒がてら、関所の外に出ればいくらだって魔物狩りが出来るでしょ? 嫌がるシオンさんに、ジェラルドが無理やり女ものの服を着せないように見張ればいいの。名案じゃない?」
「コリスさん……。言い方がちょっと」
「なるほど、一理ある」
「!!? あるんですか!」
おいおい、と突っ込む体のシオンに、獣耳の二人がほっこりと顔を緩める。
かくして、結局三人で赴いたハンターギルドでは、支所長権限であっさりシオンの雇用が認められた。
◆◇◆
シオンの制服は本人の希望通り、本人の私物で済んだ。受付嬢の制服姿もそれはそれで見てみたかった気がするザイダルとしては、微妙だが安心でもある。
ギルドホールと言うには慎ましいカウンター手前の飲食スペースで、ザイダルはジェラルドと差し向かいに茶を飲んだ。
「いいか。館の大事な客人なんだ。手ぇ出すなよ」
「お前といいコリスといい、オレの扱いって」
「何となく、危険そうだから。虎は肉食獣だし猫科だし、あざとい」
「偏見かよ……!」
やれやれと頬杖をつく虎男の背に、受付嬢の兎獣人――メリルがくすくすと笑う。「賑やかでいいです」
「そう? むさ苦しくない?」
「ふふっ、シオンさんが言うと説得力がありますけど。大型獣をルーツとするひとは、皆あんな感じですから。そのうち慣れますよ」
「そうかなぁ」
カタン、コトンと放置ぎみだった書類のファイルを棚ごとに地味に整理してゆく。シオンはのんびりと見えるものの着実に仕事をこなしていった。
細かいことは苦手らしい、メリルの羨望のまなざしが注がれる。
「手際、いいんですね。ギルドで働いたこと、あるんですか?」
「いや、ないけど」
整理終了の目印に付箋を挟み、くるりと振り返る。
平和っていいな、と如実に語る笑顔で告げた。
「あちこちで、いろんな仕事をしたから。そんな意味なら、こういうのは慣れてるよ。――そうだね。大男にもすぐに慣れられると思う」




