1 ん? あれは。
――見られるとか、見られないの問題じゃない。なるに、なれないときがある。
「ううぅ、朝……?」
まるで二日酔いのような覚醒。
目が覚めて早々に昨夜の一件を思い出し、何ともおかしな気分になった。カーテンをシャッ、と開けると、たなびく暁雲の向こうに澄んだ朝の気配。
いい天気になりそう。森の知らせ石も異常なし。典型的に平和な一日となりそうだった。
(……)
ふと、室内を映す窓硝子に目を細める。
生粋のセイカ人特有のあっさりとした顔。厚みがなく愛想のない口もと。眼鏡で印象を和らげた瞳は、我ながら男女どちらとも受け取れる。
加えて決定的なのは、背ばかりがひょろ長く凹凸に欠ける体型だろう。生国逃亡の際は、持って生まれたこれらの素地にどれだけ助けられたことか……。
汗ばんでしまった寝間着を脱ぎ捨て、考える前にさらしを巻く。――剥き出しの肌は白いほうだと思うけれど、それだけ。
正直、今さら女物の服を着たいとは到底感じない。
あのとき、とっさにコリス経由で『彼』に出した答えは、それらの変化や自己の在りようと根を同じくする気がした。
◆◇◆
「ゆうべは残念であったな谷長よ」
「まーまー。そのうちイイことあるって。悄気てんなよザイダル。もっかい旅に出る?」
「うッッさい! お前らのそういう無神経で無責任なところにこっちは抉られんだよ。もう。ちったぁ知れよ、痛みってもんを」
早朝。
祠を訪れたザイダルに、獣神たちは容赦なかった。とくに鳥神は率先して塩を捩じ込んできた。(※違和感のない比喩)
いっぽう、獅子神は天然ゆえの悪気のなさがかえって核心を突く。祭壇を前に円座であぐらをかく谷長に、これでもかと両側から語りかけてくる彼らは賑やかでしょうがない。
そっと具現化した美少年さながらの半人半馬神は、おっさん風情ただようザイダルの頭を優しく撫でた。
ふわ、ふわ。
癖のある黒髪や熊耳の辺りもお構いなく。まるで幼子に対するような仕草だった。
「すまなかったね、ザイダル」
「うん。お前も半分は人だもんな。わかってくれるか、ケントウリ」
「ちょっとだけなら」
「ちょっとかよ!? くそっ、期待した俺がバカだった。もういい、行くわ」
「旅に?」
「違う」
ライムグリーンの虹彩を煌めかせながらガルーダが問う。
ザイダルは、これをばっさり斬った。(※もちろん比喩)
「昨日、改めてわかった。お前ら、もうそんな余力ないだろ。…………悪かったな。こんなになるまで放っておいて」
「おや」
三獣神は目をを丸くした。
ザイダルは膝をつき、よいしょと立ち上がる。
祠は、成体の熊獣人にとってはやや手狭だった。軽く手を振って退出の合図とする。扉をくぐる際は肩越しに振り向き、に、と笑っておいた。
「こうして俺が朝夕祈るだけでも回復してんのはわかる。魔物くらいは対処できるから。無理すんなよ」
「……うむう。すまぬ」
「いいってレオ。お互い様だろ」
じゃあな、と扉を閉めた。
――――――――
谷に朝日が差すのは、日の出よりも少し遅い。館の外に出て薪割りでも、と、庭の裏手を覗いた。
薪用の丸太を積んだ小屋があり、そのすぐ後ろの斜面を真新しい光が染めてゆく。最初は、それに目を奪われたのだが。
(ん? あれは。シオンか……?)
なんでこんな時間に、とか、ちらっと疑問はよぎったが、月並みに「神々しい」とか「侵しがたい」としか形容できない場面に出くわした。彼女が斜面の上、青い草地で舞を舞っている。
ゆるり。ゆらり。儀礼のためか肩から腕にかけた領巾が白く透けて眼鏡も付けていない。緑がかった焦げ茶の長い髪はつややかで天女のようだった。装束が男物なだけで。
「……!!」
いま、このとき。
あとから振り返っても、ザイダルはそのとき恋に落ちたと自覚する。
シオンは、東――生国のセイカに向けて奉納舞を舞っていた。
かの国の守護神・豊穣の女神に捧げる所作なのだとは、容易に知れた。




