7 やるかよ! たわけ!
昔、逃亡生活も駆け出しだったころ。
やはり同様に魔物の群れに出くわし、同じく迎撃体制をとる羽目になった。あのときはどうやって切り抜けたっけ……と記憶を探りつつ、ちらりとザイダルを盗み見る。
彼は、とくに気負った様子もなく背中の大剣を抜き、片手でぶらりと切っ先を地面に向けていた。
剣の横幅は手のひらほどもありそうだ。それで、立ち回りが始まったとき邪魔にならないよう、そっと離れる。
「――こら」
ザイダルは目ざとく気づき、一歩大きく近寄ると、ぐいっとシオンの腕を引いた。
「わっ」
「あんまり離れるなよ。あいつら、相手が人間の女なら戦闘そっちのけで引きずってくことがある」
心底胸糞悪い、と頬に書いたような顔でザイダルがこぼす。シオンはきょとん、と聞き返した。
「女、ですか」
「違うのか?」
「違いませんが、こんななりですから」
「……旅の都合で男装してた奴も襲われたって話は聞くから、あんまり当てにならんと思うがな…………っと。ほら、来たぞ! 背中任せた。離れんなよ!」
「っ、はい!」
――ギギィ! ギャッ、ギャッ!!
まずは耳障りな声とガサガサと茂みを揺らす音。雑多な気配が近づいて、水滴したたる深緑の木陰を毒々しい赤茶色の小鬼たちが埋め尽くした。その数、十一。
……十一。
(あれ? 六体しかいなかったのに)
首をひねるシオン。半眼になるザイダル。
両者の間には沈黙が落ち、やがて顔を見合わせた。
「増えてっぞ」
「どっかで合流したんじゃないですかね」
「なるほど。よし、斬ってくる」
「気を付けて!」
「うぉらああ!!!!」
苔の生える地面は雨の後で滑りやすい。そのため、迫るゴブリンたちを片っ端から横薙ぎに叩き切るという古典的なスタイルに収まった。
十歩もゆけば樹の密集地帯となるため、逆に言えばこれしかない。洞窟を背にしたシオンは指示どおりにその場を動かず、次々と法術を繰り出した。
「『朽ちよ枝。風化せよ白骨。魔物の使役から逃れよ』」
――ギャッ、……ギャ……ッ!??
「『風の槌、振り降ろせ。小鬼だけが吹き飛ぶほど』」
――!?!? ギャアアア!!!
十一体おのおのが粗末な武器を振り回していたが、ひとまず土に還させる。これで奴らは丸腰。攻撃力一桁状態だ。(※数値化するとすれば)
次いで囮になったザイダルの負担を減らすため、わらわらと群がる五体ほどに圧縮した風をぶつけてやった。
案の定、樹の幹に激突したゴブリンたちは呻きながら水たまりの地面に倒れ伏し、素早くほかの六体を斬り終えたザイダルによって止めを刺されてゆく。
「お見事」
「いえいえ。おつかれ様です」
あっけないほど時間をかけずに戦闘は終了した。
そのまま捨て置いても良かったのだが、せっかくなので討伐完了の証にと、ゴブリンの右耳をナイフで削いでゆく。
それらを専用の小袋に詰めると、あとはゴブリン族と谷の獣人族それぞれへの注意喚起のため、事切れた個体を集めて火をつけた。
「――『燃えよ、骨も残さず。魔物だけ』」
◆◇◆
恙なく最後の知らせ石を置き終えた二人は、関所の隣にある魔物ハンターギルドに寄り道をした。小袋を提出するためだ。
少々の報酬を手にして去ろうとすると、対応してくれたジェラルドは奥に戻らず、苦い顔で帳簿を書いていた。
シオンは、ひょこっと上体を傾けてカウンター越しにその様子を眺めた。
「ジェラルド。そういうのって、事務とか受付嬢の仕事じゃないの? 前の兎耳の彼女はどうしたの」
以前やって来たときは、受付嬢が一人だけいた。なぜ、今日は支所長が一人なのか。
「あー、休みだよ、休み。姪っ子が遊びに来るからって昨日言われた」
「そうですか……」
――――いやべつに、ここではあの白い長い耳がふわふわとカウンター席で揺れるのを見てるのが癒されるからとか、貴方だけでは残念だなとか、決してそういう意味ではないのですが。(※と、如実に顔に出ている)
しょんぼりとするシオンに、ジェラルドはにやりと片頬を緩めた。
「あ、そんなわけだから人手はいつだって欲しい。嬢として、いつでも雇ってやるぜ。シオン」
「御免被り……」
「やるかよ! たわけ!」
「へ?」
淡々と断ろうとした矢先、ぷんすかと怒るザイダルにびっくりする。
なにかを言い募る間もなく腕をとられ、シオンは早々にギルドをあとにした。




