4 行きましょう
翌日の護衛は、ザイダルが買って出てくれた。
夜明け前でもわかる曇天。さすがの法術も天候には効きはしない。それでも、昨日コリスが頑張ってくれたおかげで“知らせ石”の設置は今日の一日で終わりそうだった。多少の雨に降られても決行の予定だ。
じゃあ、と、渋る表情つきのコリスからお弁当をもらい、谷の中心を流れる渓流を渡る。
現在寝泊まりしている“祠の館”はその渓流の西端。
セイカ側にひらかれた東端の関所とは反対方向にある。
川は上流ゆえに幅はあっても深さはさほどなく、あちこちに転がる大岩のうえを飛び伝ってザイダルは進んでいた。
――――いやがるシオンを肩に担ぎ上げてから。
◆◇◆
「ほい、到着」
とん、と対岸の地面に降ろされ、へなへなとその腕に掴まる。心臓がバクバクして、渓流の水音がありがたい。体勢からして頭に血は昇っていたわけだが、心情的には血の気が下がる思いだった。
ザイダルは、そんなことは知らぬげに人の顔を覗き込む。
「? 大丈夫か。すまん、手荒だったか」
「手荒とかそういう…………そうじゃなくて。おれ、言いましたよね? 『人間のおれには飛び移れそうにないから、下流の橋を使う』って」
「言ったな」
「だったら!」
きっ、と眼鏡越しに睨んではみたが、やたらと体格のいい熊獣人ののほほんとした風情は変わらなかった。シオンにしがみつかれた腕だけは動かしようがないらしく、もう片方の手で申し訳なさそうに耳の付けね辺りを掻いている。
「悪かった。お前さんが、今日中に石置きを終わらせたそうだったから。しのごの言う間に担げば早そうだなと……まさか、こんなに怖がるとは」
「怖がってません。あのね、一応おれは『男』で通ってるんです。その辺をもう少し配慮してください。いわゆるお姫様抱っこじゃなくて良かったですが、担がれたときは隣家の山羊獣人のご夫婦に見つかって、『あらまぁ』なんて顔されたじゃないですか!!!」
「そうなのか?」
「〜〜、そうですよ!!」
あんまり悪びれずにきょとん、としているので、つい、真っ赤になって叫んでしまった。
もし彼が足を滑らせて自分を放り出すだけならいざ知らず、彼自身が川に落ちてしまったり、頭を岩で強打したらどうしようなどとさんざん考えてしまった。それゆえの動悸なのに。
二年の歳月が育んだ男装は完璧。
さらしを胸部に巻いているので、体型としても女性的なところはどこにもない。
が、ここに来てザイダルはようやく目をみはり、若干うろたえたように及び腰になった。目もとにさっと朱がさす。
(ん?)
そうすると、谷に帰ってからきちんと髭をあたったり衣服をあらためて髪を整えたこともあって、何だか少年じみてさえ見えた。
――……心臓の動悸が、ちょっと毛色を変えたような気がするのは気のせいだ。うん。
さいわい、対岸では誰も早朝歩きをしていなかった。目撃者がいないことを良しとし、ふう、と息をついて離れる。くるりと背を向けて胸元に手を当てた。目の前の山を目指す。
「帰りは、ちゃんと橋を使うと約束してくれるなら構いません。行きましょう。こっちは、館から遠いぶん察知から対処までがどうしても遅れる。山の麓ぎりぎりまで行かないといけませんからね」
「ん、ああ」
後ろの熊男が歩み出す砂利の音を確認し、すばやく気持ちを切り替える。
昨夜のうちに、頭に叩き込んでおいた経路をなぞった。




