3 好きなひとはいる?
息せき切って崖から飛び降りるコリスは、文句なく可愛い。小脇に抱えた籠には、山菜や茸が入っていた。前髪が乱れ、白くすべらかな額が覗く。髪はつやつやでサラサラ。
造作も一級品の、この子が。
(ザイダルより年上……?)
申し訳ないが、にわかには信じられない。
じろじろと眺めるシオンに、ニヤつきを収めないジェラルド。コリスは、もちろんジェラルドのほうに殺気を飛ばした。
「言っちゃったのね。しょうのない。谷の皆でさえ、わたしは永遠の十六歳って認めてくれてるのに」
「お前こそ、そーいうの自分で言うなよ……あいつらはさ、仕方ないって。何だかんだ言って谷から出てない奴らが多い。いちいち話題にするまでもないんだろ。『獣神の巫女』サンなんだから、歳を取らないくらい何でもないって…………よっ! と」
言うや否や、樹の根から降りて軽やかにコリスの側に立つ。
ジェラルドは、まるで年下の少女をあやすようにポフポフと桃色の頭を撫でた。
コリスは、むう、と口角をさげたものの嫌がりはしない。されるがままにヨシヨシされている。
「そういう扱いがいやだから、かなり時間をかけて祠守りのことも有耶無耶にしてきたのに……。やあね、気の利かない男は振られるわよ、ジェラルド」
「知るかよ」
(……)
置いてけぼりな感は否めないが、シオンの頭の中では、凄まじい速さでありとあらゆる「可能性」が導かれつつあった。
――谷の守りのために新たな神を迎えること。或いは谷長のザイダルに神の加護が深い女性を娶せること。ほかにも。
シオンは、当面では一番手っ取り早そうな手段について質問するとこにした。
「はい、コリス先生」
「? 何でしょう、シオンさん」
行儀よく挙手した眼鏡法術士に、コリスはきょとん、と首を傾げる。
「先生に恋人はいますか」
「ふぇっ!!? いいいいませんよ。なんでそんなこと」
「じゃあ質問その二。結婚しないんですか」
「えっ、あ……あの、質問の意図が見えません」
なるほどなるほど、とシオンは頷いた。
つまり、まるで眼中にない。なんて可哀相なザイダル……。
と、そこで純粋な好奇心が芽生えた。また、あらたな可能性も。
(谷長の存在と“力”が谷の守りに。ひいては獣神がたの“力”に直結してるなら、コリスさんが谷長を継ぐことはできないのか……? 年上でも養女とか。作法にのっとった儀式で、正統性の譲渡は出来るはずなんだけど)
セイカの旧友、如杏からの受け売りではあったが、これも視野に入れるべきだと感じた。
そうして、長になったコリスは好きな異性を婿にすればいい。
――なぜ、長の血筋と土地神に仕える血筋が別だったのかは不明だが、状況は想像以上に逼迫している。こうなっては、各々がなるべく実現可能な方法をとるべきだろう。
ここまで考え、顔が赤いコリスに、ぴたりとまなざしを定める。
「よし。三つ目。最後ね。好きなひとはいる?」
「!!! え!? す、好き…………、えええぇっ!?!?」
「うわぁ」
みるみるうちに真っ赤になるコリスに、シオンは(いるな)と直感した。
ジェラルドは一人、傍目には人間の青年と獣人族の少女に見える一対を面白そうに見つめた。
そのことに、コリスだけが涙目で気付き、キッと横目で睨み上げる。「覚えてなさいよ」
「すんません」
「? あの……?」
要領を得ないシオンは、怪訝そうに二人を交互に見比べた。
コリスは、そんな性別詐称法術士に、はい、と手を差し出した。
「シオンさんが、ときどきわからなくなります……。けど、まぁいいです。石、まだあるんでしょう? 分けてください。だいたいの場所さえ教えてもらえれば置いてきますよ。森は、わたしにとっては庭みたいなものですから」
コリス「で、さっさと帰ってお昼にしましょう。シオンさん、茸グラタンと山菜の揚げものとかどうです?」
シオン「あ、いいね。手伝う」
ジェラルド「………………兎でも二、三羽、取ってきてやろうか」※すごくいい笑顔
コリス&シオン「「!! お願いします」」
…………
……
〜その日の昼食と夕食は、ほっこり豪華になりました〜




