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2 一緒にいかが?

 コリスが案内してくれたのは、ひんやりとした館の南側二階。彼女たちが“祠”と呼ぶ、いにしえの獣神を祀る巨大岩窟へは、館の北側にある一室から直接向かえるのだという。


「――ここは、わたしたちの神様をお祀りするための一族が暮らす場所でした。今でこそほとんどの部屋を閉鎖していますが、かつてはいくつもの家族が共同で生活していたんです」

「そうなんだ……」


 てきぱきと鞄をクローゼットの脇に置き、およそ一人住まいにしては広すぎる部屋を、メイド姿のコリスが元気に歩き回る。

 カーテンを開け、窓をひらき、光と風を通してからは扉のない続きの間へ。そこはちいさなキッチンスペースらしく、カチャカチャと食器類を取り出す音が聞こえた。


 シオンは、はっと目をみひらいた。


「コリスさん? ひょっとして何か準備を? 台所があるなら使い方を教えて。君は休んでていいから」

「え?」


 ひょこっと顔を出した少女は案の定ポットを手にしており、おもてなしの空気――気合とも呼べそうなもの――に、満ちている。

 シオンは瞳を和ませてやんわりと笑んだ。こういうのは、初手が肝心。行動あるのみだ。

 失礼、と断ってから木枠で縁取られた仕切り壁の出入り口をくぐる。


 水場は青いタイル。上水道という概念はないらしく、奥には水瓶に木蓋。柄杓があり、それで汲むのだろう。壁には数種の調理器具がぶら下がり、食器のたぐいは壁際に棚があった。

 棚の反対側の壁には炭火の炉が一つ。薪を使うオーブンが一つ。中央に置かれた正方形のテーブルは純粋な作業台らしく、椅子がない。

 総合して破格。充分だな、とシオンは頷いた。



「貸して。湯を沸かす?」

「あ、はい」

「了解。……『火よ、()いて』」


「!! きゃっ!」


 把手は木製。注ぎ口と本体は銅製らしい薄手のポットに水が入っていることを確認したシオンは、杖も使わず、ほんの一言“力”を込めて願いを口にした。

 途端に調理場の網の下、真っ黒な炭にオレンジの火が踊る。

 それらはやがて赤々と炭を燃え立たせ、非の打ち所のない熱源となった。ポットを置き、次は茶葉の確認。


「お茶を淹れようとしてたので合ってる? 谷ではどんなお茶を飲むのかな」

「え……ええと。わたしたちは、本来そこまで紅茶だの珈琲だの、嗜好品は口にしないんです。でも、人間のお客様用に、それなりの施設ならば必ず人間用の茶葉を用意してますよ。どれにします?」

「どれどれ」


 身を引いて棚の引き出しを披露してくれたコリスの手は、ハーブ数種と普通の紅茶の茶葉が入った瓶を示していた。なぜか『またたび』と書かれた包みがあるのは気になったが。


(……まあ、客人がいつも人間とは限らないもんな)


 猫とか。猫科のナニカとか、猫獣人そのものだとか。


 一瞬、()()()()に酔ったコリスを想像しそうになって頭をぶんぶんと振ったシオンは、棚から蒸らし用の丸い陶器のポットを取り出した。

 茶葉も適当に計り入れ、着々とミントティーの準備をする。

 すっかり目を丸くしたコリスが感心したように呻るかたわら、シオンは湯が沸くまでの間、とっておきのような顔で木の実のクッキーが入った小袋を取り出した。


 いつか食べようと思い、道中の高級菓子店で買い求めた衝動の一品だ。「一緒にいかが?」と、館のあるじにいたずらっぽく勧めてみる。


 コリスはちょっと膨れつつ、薄紅色の瞳をきらきらとさせた。


「いいですけど……。すごいですね。本当の法術なんてわたし、初めて見ました」


 獣人には無縁のふしぎの力ですから、と、コリスははにかむように笑ってみせた。




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