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8 おかえりなさい

「ううう……コリスめ。ひどい目に遭った」

「お疲れさまでした、ザイダル」


 見下ろせていた熊耳がすっくと立ち上がり、頭上でちょこん、としか見えなくなる。ひとの好さそうな顔をしかめて膝下を払うと、草きれが数枚、はらはらとズボンの布地から剥がれ落ちた。


 コリスは依然としてお説教モードだったが、ステーキを持ってぼんやり立ち尽くすシオンを認めると、大慌てで駆け寄って来た。

 ――それ、今日のドラゴンですよね? ちょっと待っていてくださいね、と、目を輝かせながら。


 滅多に味わえない高級食材にときめいたらしい彼女(いわ)く、地下のワインセラーにはとっておきの葡萄酒が大量に眠っているという。「絶対合いますから」と太鼓判を押して館へと飛んでいった。


 その際、三獣神も一緒に行ってしまった。


 ザイダルは、こうして晴れて自由の身となったわけだが、いったい何をどうすればあんなに怒られる羽目になるのか。


(あとで聞こうっと)


 怖いものみたさで好奇心が疼いたシオンは、ひとまずザイダルとともに簡易テーブルの空席を見つけて移動した。

 二人分のステーキを調達して戻ると、あっという間に谷の住人たちでザイダルを囲む人垣が出来ていた。

 さいわい、麦芽酒をあてがわれた彼の対面には誰もいなかったので「失礼します」とお邪魔した。


 ついでにシオンも物珍しさからか谷の子どもたちに揉みくちゃにされ、簡単な手品などを披露した。(※『法術の無駄使い』と、過去に生国では苦笑いされていたが、小さな子どもたちには大ウケだった。それは獣人の子でも変わりないと実証できた)


 そうして、しばらくは陽気に話し込んでいたが、誰かが自前の三弦を威勢よく鳴らし始めると、皆一斉に踊りの輪に加わってしまった。

 見事に取り残されてしまい、二人は一拍遅れで顔を見合わせる。


「あいつら元気だよなぁ……。あんだけ食って飲んで騒いで、まだ盛り上がるか」

「皆、あなたが帰って来てくれて嬉しいんですよ。余所者のおれが言うのもなんですけど、おかえりなさいザイダル」


 あらためて、にこりと自分の木杯を掲げた。


「乾杯。無事でよかったです。長殿」

「乾杯。えーと、お互いにな」


 コン、と控えめに鳴る器の音は素朴でやさしく、あたたかな賑わいと灯りに埋もれた一隅(いちぐう)には妙に似つかわしかった。卓上では太い蠟燭が半ばまで溶け落ち、ジジジ、と辛抱強く灯心を燃えさせている。


 葡萄酒の瓶を抱えたコリスが戻ってきたのは、そんなときだった。

 着いて早々に唇を尖らせ、「仲良しなんですね?」と拗ねてしまったので、即座に否定しようとすれば、ザイダルが横を向いて盛大に酒を吹いてしまう。

 当然ながら、コリスは新たなお小言の種を見つけてしまった。


「ああっ! もう、何をしてるんですか勿体ない」

「お前がっ、おかしなことを言うからだろう……!?」

「あははは。まぁまぁ」


 くすくすと笑いながら布巾を差し出す。

 笑いの波はいっこうに去らなくて、二人からは怪訝な表情(かお)を向けられたが、笑い上戸なんだと勢いで誤魔化した。


 ――――本当は、故郷を出てからずっと無縁だった『居場所』をぽん、と与えられたようで。

 言えなかったけれど、自分にはそれこそ勿体ないくらい()()()()()瞬間だった。




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