表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/56

7 食べなよ本日の功労者サン

 持たされた木製のコップに口を付ける。しみじみと目の前の光景を眺める。

 この谷って、じつは、こんなにひとがいたんだなぁ……などと、ぼんやりと酒を味わいながら。


 お説教とはいえ、ぷりぷりと頬を膨らませるコリスは可愛かったし、「そうしてるとやっぱり栗鼠(りす)みたいだね」なんて口走らずに我慢した自分を褒め称えたい。おかげで、早々に解放してもらえた。


「おーい、シオン! こっちこっち。そろそろメインの肉が焼けるぞ! 主役なんだから、もっと真ん中来いってぇの!」

「――ありがとう、いま行きます!」


 館の前庭は急遽飾りたてられ、まるでお祭のよう。木々に雪洞(ぼんぼり)、色とりどりのリボンで結ばれた枝々は灯りを受けてやさしい色あいに染まっている。陽はとっくに西の峰に傾いてしまった。辺りは藍色の薄暗闇だ。


 シオンはもたれていた若木から離れ、今日知りあったばかりの虎獣人の元へと歩んでいった。





 ――――――――


 会場の真ん中では大竈(おおかまど)が組まれ、熱々の鉄板の上では捕れたてのドラゴンが肉厚なステーキと化している。

 じゅうじゅうと肉汁を垂らし、けぶる白煙。うっとりするほど芳しい香りに、祝いに駆けつけた近隣の獣人たちは酒も入ってすっかり出来上がっていた。

 虎獣人のギルドマスター、ジェラルドは嬉々と調理番を請負い、上手に肉をひっくり返している。「ところでさ」


「はい?」


 中央に戻って早々、ふっくらした狸獣人の奥方に並々と麦芽酒を注がれてしまい、片手をあげておざなりに挨拶を済ませたシオンが首を傾げる。

 ジェラルドは、ひょい、と手にしたヘラを使い、やや離れた位置にいる既知を指した。


 既知。

 そこには、草地に直接座らされた谷の長と、金の耳と尻尾をふさふさと風に靡かせる少女がいる。


 ああ(※察し)と唸れば、虎耳の男もまた、神妙な顔で頷いた。


「ザイダル、ずっとああやって怒られてるけど。そろそろ助けてやれば? あんたなら、あの『コリス様』だって怒りを鎮めるだろ」

「うん。飛び火しなきゃいいけど…………って、そっか。やっぱりコリスさん、本当は『様』付けで呼ばれる立場のひとなんだね。『獣神の巫女』だったなんて」



 ――もっと祠守りの数が多かったころは、コリスのような金色大犬(ゴールデンウルフ)の容貌を引き継いだ一族を。とくに女性を『巫女』と呼んで敬っていたらしい。

 いまは、コリス自身がそんな扱いをされるのを好まなかったせいもあり、礼節は簡略化されている。純血のそれではないからと。

 昔の話だけどな、と、ジェラルドは肩をすくめた。


 では、皆には見えていないんだろうか。彼女の両肩にとまるちいさな獅子神(レオニール)鳥神(ガルーダ)が。また、気遣わしげにザイダルの肩に手を乗せる半人半馬神(ケントウリ)が。


(見えないからこそ、皆こうして気にせずどんちゃん騒ぎしてるんだろうけど……。獣神様がた、寂しくないのかな? 見るからに賑やかなことが好きそうなのに)


 シオンの目には、三柱は淡く輝いて見える。

 そのことが切なく、なぜか邪魔したくなく、ジェラルドのいう「助け」を行使できずにいた。




   ◆◇◆




 夕暮れ前に館に到着したザイダルは、その足で祠へと向かった。町で話したときとは違う、きりりとした横顔で片膝をつき、祭壇に(こうべ)を垂れる姿はどこから見ても谷の長。

 三獣神はすぐに具現化したし、気のせいではなく幾分かの“力”を取り戻したように見えた。

 おそらく、ザイダルの帰還によるものだろう。

 こうして、館の外まで彼らが出歩いていることが何よりもの証左だ。


 そのことは喜ばしい。

 喜ばしいのだが。


「あの……ジェラルドさん?」

「呼び捨てでいいぜ」

「じゃあジェラルド。あの。()()が女だってこと、皆には黙っててくれませんか」

「? なんで」

「ずっと、一人旅でした。多分これからも。だから、男のほうが都合がいいんです。そもそもどうして」


 ――バレたのか。

 沈黙は正しく伝わったようで、虎耳の青年は慣れた手付きでステーキを皿に乗せた。

 完璧なる熱々ほかほかミディアム。

 ほう、と思わず目を丸くすると、ジェラルドはいたずらっぽく笑った。


「俺にとっちゃ、なんでほかの奴が気づかないのかわからない。生き物のオスかメスかなんて、匂いですぐわかる。第一、あんたは柔らかそうだ」

「やわ…………っ!??」


 ぎょっとすれば、さも可笑しそうにケラケラと声を上げられた。


「たとえだよ。たとえ。俺は、親戚のなかでも先祖返りって言われてる。大昔の獣人に近いんだってさ」

「先祖返り……」


 差し出された皿を受け取り、言葉の意味を反芻する。

 そういえば、獅子神(レオニール)にも初見でバレていた。



「ま、そんなわけで、食べなよ本日の功労者サン。色々あると思うけどさ。あんたはもっとがっつり食べたほうがいいと思うぜ」





 

コリス「ほら、またよそ見! まったく、どこ見てるんですか。話はまだ終わってませんよ!?」


ザイダル「うぐぐ」

(そうは言っても……いやあれ近過ぎやしないか? 俺だって馬に乗ってる間中めちゃくちゃ戸惑って)


ケントウリ「うんうん」※肩ぽん



〜次話へつづく〜


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >第一、あんたは柔らかそうだ わかる( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ