6 覚悟してくださいね
「シオンさんっ!! 良かった、無事で」
目元を赤く腫らしたコリスがみるみるうちに泣き笑いとなる。さすがに胸が痛い。
シオンは、かなりの反省を込めて歩み寄った。
「コリスさん……。ごめんね、心配かけて」
「本当にそうですよ! もうもうもう!」
「ぅわっ」
ぽかぽかと殴られるかと思いきや、ローブの胸元を掴まれて激しく揺さぶられた。
シオンを案じていた馬車の同乗者たちも集まり、周りを囲んでそれぞれ笑顔で頷いている。
峠の関所にほど近い谷のハンターギルドのロビーでは、にわかにほのぼの劇場が繰り広げられた。
◆◇◆
あのあと、手負いのキースドラゴンはすぐに討伐された。
最初に業物の槍を投擲してくれたのがハンターギルド支所長のジェラルド。ザイダルはシオンの安全を優先させたため、戦闘には参加しなかった。
こう言っては何だが、筋肉質な虎獣人と熊獣人の二人が並ぶと壁のようで無条件に圧が凄い。
が、助けてくれた礼を伝えると、ジェラルドはざっくばらんな笑みを浮かべた。
「いいって。間に合って良かった。久々のドラゴン狩りだったから燃えちまって」
「お前、相変わらずだなぁジェラルド。アレだって、敵に当たったからいいもんを……。ちょっと逸れたらどうするつもりだったんだ? シオンは人間だぞ」
めっ、と年下の甥でも叱るようにザイダルが目を細めれば、ジェラルドも素直に謝る。
「あー、うん。すまない。悪かったな」
「!? いえいえ、頭を上げてくださいジェラルドさん。たしかに、おれは獣人のあなた方に比べればひ弱な人間だけど。やばいと思えば避けられました。平気です」
「おっ。そうか? いいなぁ。話のわかる客人で。な? ザイダル」
「うう〜ん」
「ま、まぁまぁ。二人とも」
なおも腕組みで険しい顔の熊おじさんを傍目に、虎青年はにこにことする。
ジェラルドはよほど腕に自信があったのだろう。慌てて仲裁に入った。その場は、そうして事なきを得た。
シオンにしてみれば、二人に助けてもらえたことに違いはない。遅かれ早かれ、あのままではもっと派手な法術を使ってしまうところだった。
谷での立場や隠しておきたい素性もある。よって、ほっと胸を撫で下ろしたのが実情なのだ。――当面は。
帰路、仕留めたドラゴンの死体はざっと血抜きをしてから縄で括り付け、複数の馬でずるずると引き摺ってゆく。滅多にない大物なので倉庫に運び入れて解体し、高価な素材はギルドの流通網を使って売り捌くそうだ。
そんな逞しい話を聞きながら、シオンはザイダルの馬に再び相乗りさせてもらった。
「で? シオンって言ったっけ。祠の館の客人だってな。ザイダルとはどういう縁で?」
馬首を並べて問うジェラルドに、シオンとザイダルは同時に口をひらいた。
「セイカの居酒屋で声をかけられた。谷での仕事を紹介されたんだ」
「なんか、迷子みてぇだったから声かけた。うちは広いから、行くとこがないなら来りゃいいと思って」
「どっちだよ。ていうか、ナンパ?」
「「は??」」
二人、そろってきょとんとする。
ポク、ポクと重なる牧歌的な蹄の音とともに、ジェラルドは呆れたように嘆息した。
「だってそいつ、女じゃん。てっきり、うちの長がようやく嫁さん見つけたんだって思ったけど…………違うの? べつに、それならそれで全然いいんだけどサ」
にっと笑った青年はそのままスピードを上げ、「ゆっくり来な! コリスに無事を伝えてくる!」と、後ろ手を振って駆け去ってしまった。
◆◇◆
(あれからザイダル、何にも喋らないしなー……コリスは泣かせちゃうし。参った。どうしようか)
がくがくと頭を揺さぶられつつ思案していると、ふと彼女の動きが止まった。ピタリ、と振動も収まる。
――気が済んだのかな? と、ホッとして顔を覗き見ると、女性特有の華やかで剣呑な笑顔を向けられてしまった。ちょっと怖い。
「さ、シオンさん帰りましょ。長もです。あのね、今日の荷の中に『すぐ帰る』って、短い手紙が入ってました。――覚悟してくださいね、お二人とも。お説教のあとで、今夜はたっぷり歓迎会と帰還パーティーですからね……!!」




