4 あの兄ちゃんはどうした
「どいてっ! おじさん。わたしが言ってくる!!」
「お、おうっ。頼む。祠の嬢ちゃん」
コリスは荷の番を老婦人に頼むと、さっと馬車を降りた。紅い裾長の衣を翻して目の前の建物へと飛び込む。
ずいぶんと立派な門構え。大人の背ほどもある石の階段は二段飛びだ。扉を開けるのももどかしい。
――どうして。どうして、あのひとはあんなに無茶なのか。本当は女性なのに、しれっとウィンクを送ってくるあたり性質が悪い。おかげで御者は「それなら」と引き下がり、止めることもできなかった。
魔物ハンターギルドの運営は手広い。支部は主要国家の首都にとどまらず、どの国にも複数ある。
本部は遠いどこかの神聖帝国だそうだが、まったく魔物が現れない平和な谷において、それはあまり必要とされる機関でもなかった。
今、このときまでは。
白い兎耳の受付嬢は、血相を変えて駆けてきたコリスに赤い目をぱちくりさせている。
受付台は一つだけ。ほかに客はいなかった。
「えーと? あなた、谷外れの祠の子ね。どうしたの? 新種の草でも生えた?」
「違うわ!!!!!」
バンッ。
勢いよくカウンターに右手を打ちつける。
可能な限り声を張るため、すばやく息を吸った。そのときだった。
(………………ん?)
ととん、とリズミカルに肩を叩かれ、後ろを振り返る。予想外に見知った顔に、思わず呆けた。
「え。あなた、は」
「どうしたコリス。館になんか出たか? 今日は買い出しか? あの兄ちゃんはどうした」
「……あっ…………あああ!」
感極まり、何が何やらわからないくらいに色んな感情がせめぎ合う。
それは受付嬢ではなく、真摯な顔で問いかけてくれた、目の前の大男に向けられた。ほろり、と涙が伝う。えぐえぐと啜り上げた。
「助けて……! あのひと、シオンさんったら、たった一人で残ったの。ドラゴンが出たのに」
「――何ッ」
「ドラゴン!? 上級魔物じゃないか。なんでこんな……、おいお前、それどこで」
非常事態を察してか、カウンターの奥から男性獣人が現れる。
日に焼けた精悍な顔。砂色の髪。若干千切れた虎の耳。背後では縞模様の長い尻尾がうねり、警戒するようにゆらゆらしていた。
谷出身で、若くして魔物ハンターとなった青年・ジェラルドだ。
彼が着任したとき、谷の若い娘たちがきゃあきゃあ言っていたからよく覚えている。優男の見てくれだが腕っぷしは確かだ。そこそこの賞金は稼いだから郷里に帰ったのだと噂に聞いた。
ジェラルドはカウンタードアを開け、すたすたとコリスに近寄った。
コリスは、キッ、とまなじりを強めた。
「あんた、ここの責任者でしょっ!? 早く救援を寄越して。沢沿いの道よ。ここから見て集落の手前。ほらっ、早く!!」




