3 ダメですよ! 食べられちゃいます!!
見たところ、キースドラゴンはまだ遠い。
シオンはさっそく、さっき読んだばかりの手紙の懸案部分を思い出した。
(……一つの場所を守護する神の“力”の喪失。加護が薄くなることの弊害は、文字通り“守り”が弱まることにある。つまり、こういう――)
なまじっか滋味豊かで自然あふれる谷の立地が良かったのか、いきなり竜タイプの大物の接近を許してしまうとは。獣神たちのことも心配ではあるが、いまは谷を守るためにできることを。
当面は、この場に遭遇してしまった馬車の面々をどう守り切るか……。
ぐっと瞳に気合いを込め、まずは御者に確認した。
「おじさん。谷には、魔物のハンターギルドは?」
「あ、ああ。さっき通った関所の近くに支部がある」
「よし。ひとまず、そこに助けを呼びに行こう。あれは地の竜。キースドラゴンだ。翼はないし、すぐに追いつかれることはないはず。馬首を返して。できる?」
「! わかった」
「――と、いうことだから。皆さんもこのまま静かに。移動中は御者さんの言うことを聞いて、ギルドに着けばハンターの指示に従ってください。来た道を戻ることになりますが、わざわざ魔物の視野に飛び出すことはありません。ですよね?」
「はっ、はい!」
こくこくと何度も頷く山羊獣人夫妻や羊角の老婦人にほほえみ、シオンは、トンッと床板を蹴って馬車から飛び降りた。
片側で縛った長い髪と若草色のローブの裾が宙に広がり、やや遅れて身に添う。
「シシシシオンさんっ!?? なぜ降りちゃうんです!」
ぎょっとしたコリスの声に振り向き、安心させるように笑みを深めた。
「コリスさんは行って。おれは、時間稼ぎに残るよ」
「は? ダメですよ! 食べられちゃいます!!」
「そうだそうだ、兄ちゃん! いいからさっさと乗れ! そんな細っこい腕で丸腰じゃあ、ハッキリ言って通せんぼにもなりゃしねぇぞ!!」
「あははは」
「笑い事ですか!!」
「笑い事じゃねえだろぉー!!!」
「っと、ごめんなさい」
つい、いつものノリで魔物に相対する自分と優しい人たちの温度差が可笑しく、照れとくすぐったさに笑ってしまった。ちょっと反省した。
そこで、やっぱり『いつもの』ちょっとした嘘をつくことにする。
コリスにだけは伝わるよう、軽く片目を瞑った。
意図は伝わるはず。そう信じて。
「おれ、こう見えても少しなら防御系の魔法が使えるから。それに、あいつが何処へ向かうのか、見張りは必要だろう? たしか、沢沿いには集落もある。そっちに行かせるわけにはいかないじゃないか」




