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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
三章 魔術師の演出のもとにロマーニアス王国民並びにカルト教団によって演じられたエリザベート・デ・マルカイツの迫害と暗殺
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第96話 シューゲイザーズ(靴を見る人々)‐9

 剣ではなく素手の戦いとあれば、有利になるのはサビアンの方である。いくらマリアが鍛えているとはいえ、自分より体格のいい男を相手に、力勝負で勝つのは難しい。だがその差は、サビアンが考えたほど大きいものではなかったし、マリアの考えていた範囲を超えることもなかった。


 サビアンはマリアとまともな掴み合いになったことに気づいた。そして驚くべきことに、彼女にはまだ余力があるということにも。均衡を保ったパワーバランスは、そのままこの状態を維持すれば、サビアンが勝つだろうが、マリアもそれを理解している。


「聞いたことがある」マリアが言った。「お前の名前。聞いたことがあるぞ。ファンティオンの方で有名な”人狩り領主”だな。田舎のちゃちな狩人ごっこをやめて今度は都会でクーデターごっこってわけか? ああ?」


 マリアはサビアンの鼻目掛けて頭突きをした。サビアンが上体を逸らす形でそれを避ける。そして今度は前におじぎする勢いを利用して足を引っかけて彼女を倒す。


 背中から地面に強く叩きつけられたことで、形成は断然サビアンが有利となった。戦いというものは概ね上が有利、下が不利だ。基本的にその状況になったら、下は撤退を選ぶしかない。


 しかし、マリアのように体を抑えられていてはそれもできない。幸いなことに、二人の身体はほとんど密着している。そこに活路を見出すのだ。


 サビアンがマリアの顔を床に押し付ける。彼女の腹に乗って有利な立場をより強固なものにしようとするが、彼女がサビアンの足に上手く自分の足を巻きつけ、上手くいかなかった。


 マリアは苛立ってそちらへ視線を向けたところを、自分の顔を抑えている掌を抑え、繋がった腕の肘関節に内側から打撃を加えることで”く”の字に曲げた。一瞬、サビアンの身体が落ちてくるところを逃さず、素早く首元の柔らかい部分を親指で強く押し、残りの指を首の後ろに引っかける。


 サビアンが痛みに低く唸ることで応答し、強く足を引いてマリアの足を離すと、近くに落ちていた彼女の短剣を両手で握ってて彼女の首目掛けて振り下ろした。


 マリアは片手でサビアンの腕を掴み、もう片方の腕をサビアンの両腕を横断する形で止めた。


 サビアンの力が強まり、短剣の切っ先とマリアとの距離が近くなる。それがほんの数センチまで縮まったその瞬間、サビアンは上から現れた新しい脅威を察知し、マリアから飛びのいてその切っ先を避けた。


 アイリーンは二人に割って入るタイミングをずっと窺っていた。ここぞというとき以外に自分が役に立てないことは解っていたため、あらかじめ剣を用意して待っていたのだ。


 アイリーンの振り下ろした剣が勢い余ってマリアまで到達する。マリアは咄嗟に腕をクロスしてこれを防ぐ。


「ごめんっ」


 アイリーンが悲鳴に近い声音でそう言った。マリアはシニカルな笑みを浮かべて「いいよ」と返した。


 マリアが立ち上がる。アイリーンがよこした壊れかけの短剣をキャッチし、サビアンに向けて構える。


「二対一か?」サビアンが二人を交互に見る。疲れはじめているらしく、声が少し上ずった。「いいだろ。でもその前に教えてくれよ。どうやって”そこ”を見つけたんだ?」


「なに?」


 マリアとアイリーンが怪訝な顔をする。サビアンが”ここ”ではなく”そこ”と言ったからだ。まるでこの場所以外を指しているかのようにだ。


 サビアンが短剣を下げる。だが警戒を解いたわけではない。ワンアクションで迎撃できる。それぐらいの距離があると判断したのだ。


「そこだよ。このさい言ってしまうと、俺たちはここをアジトにする気はなかったんだ。お前が下で見つけたあの鏡も、そこの剣も、俺たちは知らなかった。ただ”予言”に従ってここに来たんだ。ここに俺たちの望むものがあるってな……てっきり《《地下のアレ》》のことかと思ったけど……違うなァ……どうやら……明らかにそっちのお嬢さんが持ってる”鍵”だろう」


「鍵ね」


「ああ。だから返してもらわないとな」


 サビアンが言う。それが攻撃の合図だった。アイリーンが剣を振るい、カウンターで切りつけようとしたサビアンをマリアが妨害する。両サイドから来る攻撃をいなし、反撃のチャンスをうかがう。


 いつまでたってもその時は来ない。マリアと違い、アイリーンは剣の心得こそあるが、身体能力がそれについて来ていない。そう何十回も剣を振るうことはできないだろう。明らかに隙が多いのはこちらだ。


 だがそこを突こうとすると、的確なタイミングでマリアが横から邪魔してくる。簡単に対応できない攻勢。攻撃の軌道をとちゅうで変えられる技術があるため、防ぐのに神経を使うのだ。それでもしばらくは攻撃を凌いでいたが、一度、マリアに気をとられてアイリーンの単純な剣の軌道を避けられなかった。肩を軽く傷つけられただけだが、それでリズムが狂う。


 そこを見逃すマリアではない。サビアンの短剣を叩き落とすと、自分がされたのとは逆――うつぶせにサビアンを引き倒し、上から抑えつける。


 マリアはサビアンの頭を掴み、床に何度も打ち付けた。サビアンはそれに耐え、腕に力を込める。無理やりマリアを押しのけ、ふらつきながらも部屋から逃げ出す。


 マリアたちが廊下に出たとき、サビアンはすでに階段をしたに駆け下りるところだった。すぐ追おうとしたが、階下で窓の割れる音がし、ついで何かが地面に落ちる音――外を見ると、サビアンは足を引きずりながら表通りを走っていた。


「チッ」マリアが舌打ちをした。「ダメだな。追いつけない」


「まさか窓から飛び降りるなんて」


 マリアは疲れた息を吐きだし、アイリーンの手から剣を取って隠しスペースまで戻った。


 机の上に座ったマリアを見て、アイリーンは心配そうな顔をした。


「大丈夫?」


「問題ない。ちょっと痛いだけだ。怪我も目立つものはないだろう」


 言ったマリアの髪の間から、血の筋が一本、通って行った。


 アイリーンは無言でその血を自分のハンカチで拭った。


「すまない。ありがとう」


 二人は部屋に残されたものからいくつか持ち出し、外に出た。もちろん、最重要は”鍵”だ。だがあの場所に武器があったというのも、見逃せない事実である。


「これで一歩、進んだかな」


 陽はもうすぐ黄昏に近い位置になろうとしている。


 二人は人通りを避け、しばらく道を歩いた。


「あいつが言ってたのは、多分嘘じゃない」と、マリア。「確かに武器があの状態なのはおかしい。”予言”てのは胡散臭いが、元々私が相手にしたのは予言の民だ。サビアン・カテドラルがどんな流れで加わったのかわからない。でも無関係というのも不自然な気がする」


「当面はこの鍵について調べるべきでしょうね……」


 アイリーンが言う。


 二人ははじめに合流した橋につくと、そこで別れた。アイリーンは鍵をシャルル王子に見せると言い、マリアに次の行き先を尋ねた。


「もう学院に帰るの? それともなにか用がある?」


「髪を洗う。あとは……あまり考えていない」


「そう」


 アイリーンが言う。なぜだか少し寂しそうに。嘘が分かったのかもしれない。マリアは髪を洗ったあとは、エリザベートへの外出の言い訳を現実にしようとしていた。


 武器の手入れのため――厳密には、シャルル王子の取り計らいでアリバイ作りをしてもらったのだ。


 だが、マリアは本当にそこへ行こうとしていた。

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