第94話 シューゲイザーズ(靴を見る人々)‐7
「どうやって見つけた?」
マリアが大量に置かれた武器の箱を前に尋ねる。
二人は先ほどの水晶球のあった部屋の中にいた。厳密に言えば、部屋の中ではなく壁の向こう側だ。部屋の壁の向こうの元の部屋の半分ほどの大きさの隠れたスペースである。
「あなたが水晶玉にそういう――いわゆる処理が施されていると言ったから。それにギミックがあったでしょう。もしかしたら他にも仕掛けがあるのではないかと――そう考えたわけ。それで埃がついていないものがあるとしたら、それはどういうものだろう――この部屋には水晶玉の他には本しかないから、本を一冊一冊見て行ったの。そしたらたまたま、埃の被っていない本を見つけた。そのうち一冊が壁と紐で繋がっていて、ひっぱったら、こう」
アイリーンが完全に開いた壁を指して言った。マリアは半分呆れ気味に制作者をバカにした。ただし慎み深く、頭の中だけで。
(いったいどんな頭をしていたら、こんなところに隠し部屋なんぞつくるんだ? 地下に置いておけばいいだろうに。下まで運ばないといけないだろう)
その辺りは出資者に考えたらずな貴族がいるとすれば、解消できる問題ではあるが。しかしそうでもしなければ、納得のいく問題ではない。マリアの頭ではこうすることの利点は思い浮かばない。
(いや、地下には既になにかあるということも考えられるか。武器庫を見つけたんで忘れてたが、結局あの光がどこまで降りていくのか確認できていない)
そっちは後で確認するとして、今はこの武器庫だ。
「見た感じ、剣ばかりね……」
と、アイリーン。
彼女の言う通り、この隠しスペースには、一見すると剣以外の武器がない。所狭しと上の開いた木箱が並べられ、そこへ無数の剣が挿し込まれている。サーカス小屋のバックヤードにもきっと同じものが一箱あるに違いない。数は揃っているが質は悪く、一本抜いて触れてみたが、柄はがたがたで、刃もこぼれていた。恐らく先の戦争で使われていたものがここに流れ着いてきたのだろう。
「みずぼらしいものばかりだな。ここはどうやら、武器の貯蔵庫としてはあまり重要な地点ではないんだろう。王子様の言う通りカダルーバが裏にいるなら武器はそれなりのものが揃えられているはず」
マリアが言う。知らず知らずのうちに少し皮肉っぽい口調になっている。言っている内容と関係なく、シャルル王子のことを話すときは自然とそうなってしまうようだ。
アイリーンはそれに気づいて、苦笑した。
「それじゃあ、ここはいい収穫とは言えないかしら。でも武器は武器だし、それに……他にもなにかあるかも」
「それはそうだな」
マリアが肯定する。
わざわざこんな隠しスペースに入れている以上、見られたくないものには違いない。それによく見れば、剣の箱以外にもいろいろとある。
例えば大量の無名の剣のほかに、何本かだけしか武器の入っていない箱がある。中身は銘入りの剣だった。ヘンリー・ミリアス、ダグラス・コーンウェル、ジョン・ランド。みんな貴族の名前だ。戦死したか紛失した剣が混じっていたのだ。扱いに困ってここに置いたままになっているのだろうか。
他にもあるのは壊れた民芸品や折れた矢、弦の擦り切れた弓など、ろくなものではない。
「よくない可能性だけども……ここは他の陰謀と関係ないのかもしれない。ただ単に、クーデターを起こそうとしている連中がいる。取るに足らないぐらいの実行力しか持たないやつら。到底、国を覆す力はない奴らだ」
マリアがそう零す。すると、横で同じように部屋を観察していたアイリーンが、少し怒った声で「だとしても、犠牲者は出るわ」と言った。
「きっとすごく少ないとしても、ね」
その言葉には言外に、その少ない犠牲のなかに貴族はいない、と含まれているようにマリアは感じた。
マリアは、生来それほど貴族というものに頓着したことはない。戦争時に兵士として戦場へ出たときも、自分と他の兵士との差を感じるのは、貴族だからと狙ってくる輩と相対したときだけだった。貴族も平民も分け隔てなく、平等に死にゆくものとして関わり合いを持っていた。
だがしかしマリアがいくら差別意識が薄いと言っても、アイリーンほど親身にはなれないだろう。マリアがエリザベートに以前、自分たちは厭世的なロマンチストであると語っていたように、厭世的であるがゆえに他人へ手を差し伸べようとは思っていない。
マリアにはだから、アイリーンほどには、彼女の想いは理解できなかったが、そこに若干の恥は感じる。それがどこでどう獲得したものかは、自分にもわからない。
アイリーンとマリアは一通り部屋を調べ終えた。めぼしいものはなかったが、これだけで蜂起の証拠にはなる。あとはばれないようにここから逃げるだけ。それから、もう一つ。
「あの箱で最後かな」
アイリーンは隠しスペースの隅にあった小さめの箱を指して言った。無造作に剣を放り込んだ木箱と違い、よくニスの塗られた箱で、つやつやとしていて、どこも痛んでいない。マリアが触れてもとくに反応がないことから、本当に上等な箱というだけのようだ。正面に鍵が付いている。
マリアは箱の前にかがんだ。鍵に触れる。持ってきた鞄の中から錠前を開ける道具を取り出す。
「どうせ入っていても葉巻かなにかだろうが……」
マリアは道具を鍵穴に差し込んだ。
がちゃがちゃと作業を始める。錠前をあける技術は、戦時中に部隊にいた”恩赦法”(犯罪人に敵対国家との戦闘に従事することと引き換えに罪を恩赦する戦時のみ適用される法)によって恩赦を受けた元盗人に教わったものだ。戦争のはじめはまだマリアは重要な戦線にいなかったため、それぐらいの余暇があった。
女を扱うように、丁寧に、そして大胆にやるんだ。と、そうその男は言った。あまり賛成はしないが、錠前に関しては的確な物言いで、男はよく資材置き場に侵入して食料をくすねていた。結局、それが見つかって味方に首を刎ねられて死んだが。
あまり時間を潰す話としては適さないため、マリアはその話をしなかった。そのためアイリーンは、マリアが作業する傍らで暇をしていた。
「そういえば、だけど」
「なんだ?」
マリアが話に乗る。
「クレアとはどうなってるの?」
「どうって?」
「少し前に、相談されたから」
マリアの指が震える。汗も滲んでいたが、繊細な作業が原因ではない。
「手を出したんでしょう?」
「出してない」
マリアが否定する。
「でも、キスはしたって」
あの夜のことが思い返される。暗がりで見たクレアは確かに、悩ましく美しい相手に見えたのだ。でも相手はうんと下の年齢の少女なのだ。自分だってまだ若いのに。
「それは……いや、確かにしたが。あの時はトチ狂ってたんだ。6つは下の相手とはしない。おかしいだろ」
マリアが必死になって否定する。互いの口をつけ合ったのも、部屋に行ったのも事実だが、そこから先に進むにはクレアはまだ幼さが残っていたし、そういった行為に対する恐怖心もあった。マリアはそもそも、手を出す気はない。ただ不安そうなクレアを残していくことはできず、一晩部屋で過ごしたのだ。それがあの日起ったすべてだった。
「私はこれでも理性的なんだよ。こういうことについてはな」
「知ってる。あなたっていうほど遊んでないよね。でもクレアとは、もしかしたら真剣になるかもと思ったんだけど」
「気のせいだ。気のせい。そら。開いたぞ。中を見よう」
マリアは急いでそう言うと、箱を開いて見せた。アイリーンが隣から中を覗き込む。
「鍵?」
「鍵だな」
短剣サイズの大きな鍵が一本だけ、箱の底にあった。当然、どこのものかはわからない。
「鍵のかかった箱の中に鍵が一本。出来のいい警句とは言えないな。思わせぶりすぎる」
「警句なんかじゃないわ。これは現実」
アイリーンが鍵をつまんで持ち上げる。
「重い……どこの鍵かしら。なにも書いてないけど……」
「なにも書いてないか?」
と、マリア。
アイリーンが鍵の表面を撫で、じろじろと見る。
「なにも……いえ、うっすらとなにか書いてあるような……」
アイリーンがそれを読み上げようとする。しかし、表面に刻まれた文字はあまりにも薄く、判別することはできなかった。苦笑してマリアの方を向いたアイリーンは、彼女が片手に持っているものを見て、一歩、体を引いた。彼女が闖入者に向けて短剣を投げるのを、邪魔しないためだった。




