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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
三章 魔術師の演出のもとにロマーニアス王国民並びにカルト教団によって演じられたエリザベート・デ・マルカイツの迫害と暗殺
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第91話 シューゲイザーズ(靴を見る人々)‐4

「最近お嬢さまのしめつけが強くなってる」


 二人は食堂の端の、二つの観葉植物に挟まれたテーブルに腰を下ろした。食堂の壁は一部がガラス張りで外側に生えた植物が見える構造になっているが、この席は奥側が完全に壁に隠されており、手前の席に座った人間は必然的にあたかも一人で話しているかのように見える席だった。


 マリアが壁の側に腰を下ろすと、まだそっけない態度をとっているクレアが向かいに座った。食事をサラダしかとっていないのはこの誘いに対するささやかな抵抗なのかもしれない。クレア自身、まだこうしてマリアと関わってよいものか悩んでいるのだろう。


”最近お嬢さまのしめつけが強くなってる”


 そんなクレアにマリアが話したのは、そんな、呑気とも、能天気とも言えるような文言だった。


「どういう意味?」


 そうクレアが返す。


 冗談チックな内容のわりに、マリアの顔はシリアスなものである。それゆえクレアもまた、冗談ではない口調だ。


 マリアは「どうもこうもないさ」と言った。


「懇親会の後からだな。厳密に言うとそうなる。ハンスを――アイリーンの騎士を――どうこうして以降という考え方もできるが、違うだろう。お嬢さまは私とこの学院ではあまり関わっていなかったんだが……あの後からよく会うようになった。というより、誘いを受けることが多くなったと言うべきかな。そうでなくともなにかしら用事を頼まれたり、あとはまあ、騎士舎まで来て私にまた模擬戦をさせようとしたり……そんなところか」


 マリアはそこまで話すと、少し疲れたような顔で息をつき、水で喉と唇を湿らせた。


「不安なんだと思う……多分ね。でも今はそう断定してみることも難しいかな。ただアイリーンに並々ならぬ感情を持っているのは確かだろう。私にアイリーンと自分を()()()()()()()()()()()()()()()をさせたのもそういうわけだ。私も実際、それが最善の道だと考えたからそうしたんだ」


 言ってしまえば、アイリーンの周りにはいくらでもいるだろう。その手の人間が。


 マリアは自分の言葉に、自虐的な口調でそう付け加える。


「結局、国の存亡がかかってるとやらで、無理やり断ち切ることも出来なかったがね」


「そうね……それはまあ、確かに……」


 クレアが控えめに同意する。マリアが今、エリザベートとアイリーン、どっちつかずの場所にいると言うのは、クレアのみならず、シャルル王子やアイリーンも認めるところだ。


 マリアはもう一口水を飲むと、遠目にまだ厨房の中にいるコンスタンスへ目をやった。


「実はここのところだましだましやっていたんだ。アイリーンや王子と陰謀について調べることと、お嬢さまに怪しまれないよう、彼女の言葉をだいたい聞き入れるのをね。それも限界が近いと思ってる。必要な情報共有が終わって、いよいよ敵について実地で調査するようになるからな。自ずと私はまた、決断を迫られるだろう」


「……そうなの?」クレアが意外そうに尋ねる。エリザベートとアイリーン、そういう単純な問題でないことは、すでに明らかなのに、まだエリザベートを選ぶ選択肢が、マリアのなかにあるというのが意外だったのだ。マリアもそれがわかっているのか、クレアに向けて小さく頷いて見せる。


「ああ。実際どうするかはさておき、悩みはするだろう。結局目的はどこなんだという話だ。国が救われても彼女が救われなければ意味がないし、国にばかりかまけていてそうできるかはわからない。今のお嬢さまはちょっと不安定過ぎる。奇妙なぐらいだ」


「それで、あなたはなにが言いたいの? そんな話を私にして。ただ愚痴を言いたかっただけ?」


「はっ」マリアがようやく、皮肉っぽく、言ってしまえば彼女らしい笑い声をあげた。「愚痴なら君には言わないよ。自己嫌悪に駆られるだけだろうからね。そうじゃなくて、まあ……あれだ。私のことばかりでなく、クレア、君は今のうちに彼女と関わっておくべきだと言いたかった」


「彼女……。おじょう……さまと?」


 クレアが声を不信で色づける。エリザベートをどう呼べばいいのかわからず、お嬢さまと言いかけ、しかし他の呼び方を知らなかったがために、そのままにしてしまう。そんなクレアに忍び笑いをするマリア。


「そうだ。()()お嬢さまとね。向こうに見つかってからでは遅い。この学院にはいやなやつがたくさんいるんだ。どうやって君のことが伝わるかはわからないし、お嬢さまは君を見れば、まず怒るだろう。賭けてもいいが、いい結果にはならないだろうな。だからその前に君から会いに行くんだ。そして愛を伝えろ。そうすればマシな結果になるはずだ」


「からかわないで。そんなこと……!」


「あながち冗談でもないと思うがね。君の手紙のお陰で私は色々重荷をしょったんだ」そこでマリアは笑いを顔から取っ払う。「それに、私がいないとき、彼女を支えるのは君であって欲しいんだ。個人的な話だけどね」


「それは……そんなこと……」


 クレアが言いよどむ。エリザベートの前から消える決断をしてから、クレアの心にかけられた負担は、後悔と罪悪感だった。エリザベートの元から逃げたことについてのだ。そのなかにエリザベートの問題と向き合うという重荷は、どこにもなかった。


 マリアが搬出口から出てくるコンスタンスの姿を見つけた。時間切れか、と口のなかで呟く。


「私はこのあとでアイリーンと会う。外で。校外学習だ。君はここに残って、決めるんだな。時間はそれほど残されていない」


 シリアスな顔はそこまでだった。マリアが底抜けに明るい笑顔でコンスタンスを迎えると、コンスタンスも弾んだ声でマリアの隣に座り、クレアに話しかけたからだ。クレアも明るくいようと努めた。コンスタンスは役には立たないが、こちらが冷静でいるためには、必要な存在だった。

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