第90話 シューゲイザーズ(靴を見る人々)‐3
学院の騎士はいつも暇だ。朝、主人を迎えに寮へ出向く以外はやることもないうえに、それすら断られることがある。催しごとがあれば駆り出されることもあるが、それ以外は常駐戦力としてそこにいることだけを求められている。マリアの場合は少しばかり特殊で、公爵令嬢の騎士である彼女は、催しごとに駆り出されず、学院の戦力とも考えられていない。徹頭徹尾、主人を守るためにそこにいる。
とはいえ、各地から集められた一千人近い騎士のいる学院を襲う人間はいない。精々塀からすぐそこで集まって騒ぐぐらいのことしかできないのだ。そのため騎士舎には、今のような季節は特に、特有の怠惰な空気が生まれている。ボードゲームやら、武勇伝やらで時間を潰し、時折主人の話もする。狡猾な人間は少しの隙も見逃さない。噂話を好む貴族が主人なら、なおさらそういう隙に敏感だが、ここに来れば思わず向こうを心配したくなるに違いない。貴族の騎士である彼らには、まるきり危機感というものが足りていないのである。
騎士舎の中心に鎮座し、そこに存在することで彼らの怠惰を苛むはずの訓練場さえ、今は一人二人の騎士が、だらだらと剣を振り回しているだけだった。こういう時のシニカルさほど、滑稽なものもない。それは言い過ぎだが、真面目にしているのも馬鹿馬鹿しいと思ってしまった人間も、はじめから安きに流れる連中も、等しく見えてしまうだろうというのは、マリアにとってはそれなりに笑えることだった。まあ、そこには自虐的な笑みが隠れているのだが。
”きっと遊び人に見えているだろう”と。
マリアはしょっちゅう、騎士舎を離れる。アイリーンの手伝いのためと、クレアと会うためだ。それから最近は、エリザベートとのこともある。
その、エリザベートとのことについては、マリアはクレアと食事を採っている際に話したことがあった。
リネン室での仕事を任されているところを捕まえて、彼女の上司に”うちの主人が呼んでいる”と言って彼女を連れ出した。
クレアははじめこそ真面目な顔をしていたが、彼女が向かっているのが騎士用の食堂だとわかると、マリアに向けて呆れたような顔をした。
「まさか私をランチに誘ったんですか?」
「半分は、そうかも」マリアはクレアにトレイを手渡した。「まあ難しく考えることはない。ただの食事だ」
「当事者がなにを他人事で……」
「クレア?」
トレイを受け取ったクレアが皿を手に取ろうとしたとき、厨房の中から声がした。見るとコックめいた服装のコンスタンスが皿を持って立っている。
「コンスタンス?」言葉を返したのはクレアではなくマリアだった。「ここで仕事してたのか? 前に来た時はいなかった」
マリアの記憶では、彼女は学院の校舎のほうにいたはずだが。どうもなにかやらかしてこちらに飛ばされたらしい。よく見るとやっている仕事も料理でもなければ皿洗いでもなく、洗い上がった皿を運ぶわけでもない。フォークやスプーンを補充するために立っているだけのようだ。コンスタンスはクレアに「この国にいたの?」と言って、厨房の奥から廻ってクレアたちの前に現れた。そして「ハグしていい?」と訊いて、戸惑いつつも受け入れたクレアを抱きしめた。
「ここで食事をとるの?」
「二人で。ああ。そのつもりだよ」
マリアが返答する。
「私、コックに抜けていいか訊いて来るね」
そして厨房のほうへ引き返して行った。
あの子には悪いが、コックはそれを聞いたら喜ぶに違いない。あれも最近はやれることも増えてきてはいるが、いかんせんそれでも経験が足りないうえ、経験していないならやれなくても仕方ないと思っている節がある。根が少し怠惰なのだ。
マリアはクレアに話しかけた。
「あの子の前でできる話でもない。さっさと席で話そう」




