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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
三章 魔術師の演出のもとにロマーニアス王国民並びにカルト教団によって演じられたエリザベート・デ・マルカイツの迫害と暗殺
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第80話 第二幕 とても普通のことです。

 懇親会の会場は、学院が出来たとき特別に用意されていた。一年に何度も使わないにも関わらず、第三多目的ホールとシンプルに名付けられたそこは、王城のそれと比べてもそん色ない大きさがある。大理石でできた長めの階段、アーチ形の建造物で、正面の入り口を除いた三方を木々が固めている。エスコート役の騎士に連れられているものもいれば、カップリングになって歩くものもいた。友人同士というのが一番多いか。二百人近い新入生たちが揃って同じ場所に向かうため、どんなに混雑するかと思いきや、混雑具合を見てから外に出る生徒が多いのか、思ったよりもスペースはあった。


 マリアの隣では、エリザベートが会場を見上げ、砂利道のうえで立ち止まっている。彼女は知る由もないが、ここはエリザベートが”未来”にシャルル王子から婚約破棄を告げられる場所だった。出血の流れにも似た血の循環を胸に感じ、一歩あるけば心臓に走った裂傷が大きくなるような気がした。


「ねえ、マリア」エリザベートが弱弱しく言った。「背中をさすってくれない?」


「……こうですか?」


 マリアがエリザベートの背中を軽く摩る。互いに体温がわからないほど、軽く。しかし少しそうするだけで落ち着いたのか、エリザベートは目を閉じ、浅く息を吸い、また歩き出した。


 懇親会の目的は、名目上は生徒同士が仲良くなるためのものだ。しかし実際のところは、学院に入って一か月で、新入生間の勢力図がどうなっているか見るためのものである。そのうえで、どこかにコネクションを築くもよし、誰か標的を見定めるもよし。中にはシャルル王子や、軽い挨拶や入学に至りお祝いの言葉を述べに来てくれた国のお偉方と関係を結ぼうとするチャレンジングな生徒もいた。


 エリザベートはそのどれにも該当しない。彼女の目的は、自分がシャルル王子の隣に立っていることである。ここ一か月ほどで得たものをより強固にし、失ったものを修繕する――そのために来たのだった。


 会場に入り、奥に入った中心地点で、軽く料理をつまみ、飲み物をいただく。誰も話しかけてくる気配はない。遠巻きに眺めて好きかって言っている。言わせておけばいい。ここにいる生徒の中で一番偉いのは自分なのだから。


 エリザベートは、ぶどうジュースを飲む。そして、脇に立つ騎士へ目をやった。


「落ち着かないの? こういうの慣れてないわけ?」


「いや、どうでしょうね。まあこの会場で仕事をしていない騎士は私を含めて少数派ですから? それでそわそわしているのかもしれません。ちょっと気合の入り過ぎている騎士もいるようですから」


 騎士は肩を揺らし、苦笑いをした。


 エリザベートはグラスを片手に、会場を見渡した。令嬢令息の華やかな恰好の間隙、窓際やドアの横に、確かにいかつい恰好の騎士がいる。言われるまで気にも留めていなかったが、確かに立ち姿からすでに緊張しているものもいる。学院に集められた”お付きの騎士”たちが会場警備にあたっているのだ。人種さえ違うことがあるうえ、こういった催しを警備すること自体まったく慣れていないものもいる。統制も取りづらいだろう。


 特にエリザベートが言っているのは、エリザベートらの正面の窓際に立つ金髪の少年のようだ。身なりは騎士だが、射殺すような目であちこち見ているので、怖がってなにもない小空間が出来上がっている。滑稽な姿に、少しばかり愉悦を覚えていると、勇気があるのか一人の令嬢がその騎士に近寄った。


 エリザベートは舌を打った。


「アイリーン・ダルタニャンか……」


 アイリーン・ダルタニャンは少年の顔に手を持っていくと、緊張した顔に触れてほぐして言ったようだった。少年の眼光が殺気だっているとまではいかなくなると、満足げに頷いて、横に並んで立って談笑し始めた。そこへ彼女の取り巻きたちが合流して、小さな空間は埋まってしまう。


 まったく。気に入らない。そんな顔で見ているエリザベートを、マリアは複雑な表情で見下ろしている。


 エリザベートは軽く唇を噛んでいた。唇の皮膚の下で、行き場を失った血脈がどくんと音を立てる。エリザベートはマリアにジュースの半分はいったグラスを押し付けた。


「バックヤードに行くわ。もう少ししたら来賓から挨拶があるはずだから。シャルル様も来ているはず。挨拶をしてくるから、適当にどこかに行ってて」


「失礼ですが、私はどうこうしなくてもいいのですか?」


「こんなとこ襲うやつもいないでしょ。それに来賓の中には教会のやつもいるから、あんたがいると角がたつかもしれないでしょ」


「ああ、それは……」マリアが言いよどむ。その通りだ、とも、そうかもしれませんね、とも言いたくないようだ。


 エリザベートは会話を打ち切ってマリアを残して会場を更に奥へと進んでいった。残されたマリアはグラスを給仕に手渡そうとあちこちに視線をやり、すぐ近くに既知の人間を二人、見つけた。

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