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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
三章 魔術師の演出のもとにロマーニアス王国民並びにカルト教団によって演じられたエリザベート・デ・マルカイツの迫害と暗殺
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第77話 架空の狂気-6 (マリア)

 マリアはそれから暫くの間、アイリーン・ダルタニャンの騎士――ハンス・アーレントの修練に付き合った。他方から疎まれながらも実績のためにいい意味でも悪い意味でも有名なマリアとどこから出て来たかもわからない平民の組み合わせは、傍から見ればかなり珍しいらしい。訓練場の中心で剣に見立てた棒を振るっていると、よく無遠慮な視線を投げかけられた。


 ある時、ハンスがマリアにこんな質問をした。


「あんたはこんなに注目されてて、よくそんなに自然体でいられるよな」


 その質問の通りに金髪の少年は肩に余計な力を入れていた。手に持った棒を強くたたけば、簡単にすっぽ抜けて行ってしまうぐらいに。


 そしてマリアは実際にそうした。思ったよりも握力が強いのか、簡単に落としはしなかったが棒が手の中で揺れ、不安定になる。ハンスは体を引いてそれを避けようとしたが、結局二度目の攻撃で棒は訓練場の地面に落ちてしまった。


 ハンスが棒を拾い上げる。


「簡単な話だ。視線じゃ人は殺せない。視線は攻撃じゃない。攻撃的であろうと。お前が気にするべきなのは、周りの視線なんかじゃなく、目の前の私だ」


 ハンスが肩を落とす。


「アイリーンも似たようなことを言ってた。そういう連中はこっちが少しでも強いところを見せれば勝手に見なくなるから、今は訓練に集中しようって」


「ああ、それは……なかなかどうして、正しいな」


 いつでも余裕ぶりたい連中の多い貴族にしては、珍しい考え方だが。


 改めて普通の令嬢じゃないらしいと考えたマリアだったが、ハンスが本当に言いたいこともわかっていた。そう言われても気になるものは気になると主張したいのだろう。


 マリアはハンスに言った。


「まあ結局、こういうのは慣れと自信だよ。ハンス。慣れれば気にならなくなるし、自分の強さに自信が持てればやはり気にならなくなる。ようは、こっちに胸糞悪い視線を投げてくる連中をみんな殺せるだけの自信を持てばいい」


「今の俺は、どれぐらいの強さだ?」


「今? そうさな、ここにいる騎士の一割弱ぐらいといい戦いが出来れば上等じゃないか」


「そんなに勝てないのかよ!」


「試合形式なら間違いない。ルール無用なら身体能力で上回っている相手なら押し切れることもあるだろうが、ちょっと技術のある騎士なら簡単にいなせる。でも本当に地方のよくわからないところから来ているようなお付きの騎士は、強さより付いている相手のためにいるようだから、それすらもない。だから一割弱だ」


 マリアが言う。率直な意見だった。ショックだったのか肩を落とすハンスにマリアは「ポテンシャルがあるってことだ」とフォローを入れる。


 はじめて二三日は、そんな調子だった。それ以降はマリアの言葉通り慣れてきたのか、肩の力も抜け、まともな修練が出来るようになっていた。マリアはそれに付き合いながら、別にアイリーンのことも考えている。


「アイリーン・ダルタニャンには近づくな」


 主人であるエリザベート・デ・マルカイツから何度も聞かされた言葉。


 アイリーンに対する付き合い方は、ハンスに対するそれよりももっと、慎重だった。騎士としてあまりに未熟なハンスとの修練は、マリアにとってはアリバイ作りだった。アイリーンと関わることに対してのだ。アイリーンは講義の後にいつも騎士舎に寄ってはマリアをお茶に誘ったが、マリアは頑としてそれを了承しなかった。


 アイリーンとの距離の限界はそこにあると、マリアは考えていた。


 でもそれは嘘だ。マリアも頭ではわかっている。きっとエリザベートはマリアが今こうしていることを望まないだろう。


 恐らく自分は、騎士に向いていない。ハンスに”騎士は強いことだけが重要なのではない”と言った。それはハンスより弱い騎士がいることの根拠だったが、マリアのなかの騎士像の一つでもある。


 自分はそれに背いているのではないか? エリザベートと過ごし、かつ、別の時間にでもアイリーンを視界に入れていると、マリアはそこはかとない罪悪感に苛まれるように思えて、怖かった。


 それがヒヤリとするような、まさしく現実の恐怖として現れてきたのは、さらにもう少し時間が経ってからのことだった。

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